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053 再開と別れと別れ

 剣と斧、鞭、小型ナイフ。

 あらゆる武器を使い変態の猛攻を受け流し、斬り返す。


 いつの間にか治っている肩。

 何かがウネリながら、切り裂かれた肩を縫合している。

 だけど、それでも片腕。

 

 片腕を相手に、上手を取れない。

 私の刃とあいつの生身がぶつかるのは私が、拳打や蹴りを防いだ時だけ。


 私の斬撃は、ダリアと一緒になってる今この状態で尚当たらない。

 どれだけ武器を変えようが、直前で間合いを変化させようが、全部全部躱される。


 生物としての次元が違うとでも言うのだろうか。


 こんな……。

 こんな……!


「グボッ……! あっ……ハァッ! ハァ……ッ!」


 どうする……!

 どうすればいい!


 考えろ考えろ考えろ!


 ふと、転げまわった先で触れる麻袋。

 そこにあったのは、私がぶつかった衝撃で麻袋が取れてしまった、哀れなモルモット。


「え……?」


 横たわる男性の髪は青。

 甘い横顔は白く、虚ろな瞳は何も映していない。


 そこにいたのは、消えたはずの知り合い。


 フィオ・ネレクタルだった。


「……知り合いだったかい? よかったね。死ぬ前に一目会う事が出来て……。まぁその子は体中虫だらけで、もう死んでるようなもんだけど」


 虫だらけ……?

 どういう事?

 何を言ってるの?


 落ちている自分の腕を拾い上げ、切断面へとこすりつけ始めた変態。

 その部分を、肌色の触手のような何かが這い出て接合していく。


「1番苦労したのが、その青髪の男の子さ。あんまり抵抗するから、つい注入する虫の量を間違えてね。すぐ動かなくなっちゃった」


 フィオさんが、死んでる?

 虫に寄生されてる?


 目を開けて寝てるだけなんじゃないの?

 嘘でしょ?


「信じられないなら、服を脱がしてごらん。胸のあたりを見ればすぐわかる……よっと……。よしくっついた」


 言われるままに上半身の服を乱暴に脱がす。

 そこには、目を疑うような光景が広がっていた。


 虫、虫、虫。

 ところどころを食い破られ、這い出ている虫。

 皮膚の下で蠢く、大きな流線形の何か。


 知人の変わり果てた姿に、私の思考は真っ黒になる。

 考える事を止めるには、十分な衝撃だった。


「ん~? あ、思考停止しちゃった? せっかく盛り上がって来てたのになぁ。まぁ幕切れは呆気ないって言うしねぇ~」


 取り付けた腕が持っていた小型ナイフを、ローズの喉元へと目掛けて。

 ケランドールは一直線に振り下ろした。








 響く金属音。

 弾かれて飛んでいくナイフ。


 なんだ……!

 何をしたこの娘……!


 身動きひとつしていないはずの少女に、攻撃を弾かれた。


 ケランドールは言い知れぬプレッシャーが広がるのを感じて距離を取る。

 先ほどまで追い詰めていたはずの少女から発せられる空気に、悪寒が走る。


「なんだい……。この、空気が震えてるような……」


 様子を見ていると、少女がゆっくりと立ち上がり振り向いた。

 こちらを見据えているだろう瞳は虚ろではあるが、何かの感情が渦巻いている。


 そして、その瞳の周りを、青い静電気?

 いや雷撃? のようなものが走っている。


「あ、あれは……――!?」


 気づけば少女は眼下。


「いつの間にぃ……!」


 振り上げられた斧は胴体を掠めていく。


 速い……!

 こんなに速かったか……!?


 連続で襲ってくる剣閃。

 辛うじて躱すが、その精度は徐々に上がっていく。

 皮だけでなく、肉を斬り裂かれ始めた。


 だがこの程度……!


 拳打と蹴り、斬撃と刺突の応酬。

 こちらが身を抉られ続けているのに、少女には当たらない。

 当たらないどころか、攻撃するこっちの四肢を斬りつけるサービス付き。


 言霊飛ばしも無視してくる!

 さっきと状況が丸っきり逆だぞ!

 なんだこれは!


 そもそも、ただの小娘が僕の動きについて来れるはずがぁ!


「こっちだよ」


 姿を見失った瞬間、後ろから声がする。


「ばぁはあああ!」


 その声に向かって全力の裏拳を放ったが、そこには誰もいない。


「こっち」

「こっち」

「こっち」


 姿は見えないのに、至る方向から聞こえる声。


 これは……僕の言霊飛ばし……!?


 捉える事の出来ぬ敵に、ケランドールの体は切り刻まれていく。

 だが一息に両断してはこない。


 まるで、少しでも長い苦しみを与えるかのように。

 じわじわとこちらの肉を削いでくる。


 意趣返しのつもりか……!

 僕を相手に遊んでいるつもりか……!


「舐ぁめるなよ小娘えぇぇえ!」


 ケランドールの体から、肌色の蜂が飛び出す。

 数十匹の群体が、守るように周囲を飛び回る。


 これで、全方位索敵を……――!?


 斧の柄で頬を殴りつけられ、そのまま壁へと激突する。


 蜂の索敵には全く反応しなかった。

 それどころか、出したはずの蜂はもういなかった。

 全部落とされたようだ。


 だが、壁に激突したおかげで落ち着いた。


 そうだった、僕はすぐ周りが見えなくなる癖があるって言われたな。

 落ち着いてよく見れば、捉えきれないほどじゃないはず……。


「落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け……るかよボケがよぉお!」


 立ち上がってすぐ、ケランドールは体を仰け反らせる。

 腹部から7匹のワームが這い出し、前方へと向かって飛び出していく。

 次に、体を蹲せると、背中からは蜘蛛の脚が6本生えてくる。

 背中中央からは蜘蛛の尻。


 その尻から糸を吐き出し、フロア全体を白く彩っていく。


「アハハハハ! これでどう動かこうが無駄だよぉお!」


 どれだけ速く動こうが関係ない!

 糸に絡め取られてしまえよぉ!


 金属が金属を打ち砕いたような、甲高い音。

 リィンとなる残響のみで、その他一切の音がしない。


「なんだ……何の音……」


 白く染まったはずのフロアに岩肌が露出する。

 張り巡らせたはずの糸は、地面へと次々に落下していく。


 糸を吐かせるため、援護をさせるため。

 そのために出したワームも、全て細切れになっていた。


「こっちだよ……」


 後ろからの声。


「あ、あああああああ!」


 またも裏拳を放つが、案の定誰もいない。

 だが、後ろがすぐ壁だったおかげで、この声の正体が分かった。

 すぐ間近を通った気配。

 衣擦れの音。

 摩耗した金属の匂い。


 それらの音が、壁を跳ね返り今までもよりも鮮明に聞こえたのだ。


 わざわざ攻撃もせずに、後ろに回り込んで実際に囁いている。

 やられた事をやり返すためだけに!


 どこまでも馬鹿にしている!


「こぉのっ――」


 刺突、刺突、刺突。

 振り向いた瞬間、何本もの槍による高速突きが飛んでくる。


 切断が無意味であると察したのか、より苦痛を追求したのか。

 ケランドールの体を穴だらけにしていく少女。



 こ、こいつ……。

 まずい……このままだと核に……。



 

 ――ケランドール・パラケルスス。


 治癒系統を得意とする術師の家庭に長子として生まれ、何不自由なく暮らす。

 非凡な才能に、探求心が協力して頭角を現したのが15歳の頃。

 その頃、彼は治癒魔術の使い方について新たな定説を打ち立てていた。


「お母さま! 治癒魔術の使い手は、その力による改造を行う事でどんな前衛よりも強い前衛職になれます!」


 しかしその話を、まともに聞いた人間はいなかった。

 それどころか、邪教の考え方、非人道的すぎるとさえ言われる。


 ただただ、その才能を家のために使えと。

 治癒は他人を治すだけでいいと。

 通例通りに家を継ぐようにと。

 

 それだけを言われ続けた。


「つまんないよね~。可能性を信じない凡人共にはうんざりだよ~」


 どれだけ周りに否定されようと、彼は自身の考えを変えず、20歳を超えてついに研究に乗り出す。


 数えきれないほどの動物、虫、魔物、そして人間を材料に。

 苛烈になっていく研究。


「治癒しながらやれば、死なずに生命と生命の融合が果たせるはずなんだよ~。誰だって究極の生命になりたいでしょ~」


 ひとりで続けたその研究も、やがては露見した。

 国からの強制捜査により、大量殺人と危険思想を罪に問われ死刑を言い渡される。

 勿論、名家であった家もお取り潰しとなった。


 そして処刑の日、ついに彼の研究は実る事となる。


 処刑人による断頭。

 滞りなく行われたはずの処刑、その直後。


 彼の体は動き出した。


 既に大量の虫との融合を果たしていたケランドールは、多くの虫の集合体になっていたのだ。

 

 首がないままに動き回る彼を殺すために、大量の兵たちが群がるがどれほど斬ろうが刺そうが、絶命させられない。

 しかし、いかに死ななくても、その場から逃げおおせるほどの力はケランドールにはない。


 進展しない状況の中、偶然そこに通りかかったのが黒寂の団長だった。


 黒寂の長は、瞬きの間に兵士を細切れにし、ケランドールを抱えてその場から消え失せた。


 大々的に処刑を公開していたために、王家の失態として語り継がれる事となる大事件。 

 箝口令がしかれ、名前こそ付いていないその事件は、数十年経った今では風化していて覚えている者も少ない。


「俺と来い。好きに生きればいい」

 

 命を救い、誰も彼にも相手にされなかった理論を肯定し、共に来いと言ってくれた団長への恩義。

 それに報いたいと、自らを改造し続け、研究を続け、命を弄び続けた。


 自分の行いに対する罪悪感は存在しない。

 自分の家族が、自分のせいで死んでしまった事に対する後悔もない。

 むしろ、これからの人生を想えば心が躍るばかり。


 狂気に満ちた人生は、彼を更に狂気へと駆り立てる。


 そして今、モルモットとしてしか見ていなかった少女を解剖したいという思い。

 彼と同じ力を持つ者を生かしてはおけないという覚悟。


 この状況下で押し勝った思いは前者だった。


 殺さなければならない。

 そんな覚悟もどこかへと消え失せ、残ったのはそう。


 目の前の少女を解剖できなかった、後悔という名の狂気だけ。



 ――ああ、残念だ。本当に残念だ。


「君ならきっと、とんでもないバケモノになっただろうになぁ」


 ローズの槍が、核と呼ばれるケランドールの弱点を突いた瞬間だった。

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■ 本小説の世界の中で、別の時代の冒険を短編小説にしました。
最果ての辺獄

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