052 害意から殺意へ
小さなナイフ。
まるでメスのような形状の武器を片手に、変態は襲い掛かって来る。
武器によるリーチ差を埋めるためか、その攻め手は非常に強引だった。
「アハー! すごいね! 全然近づけないよぉ!」
間合いの内側に入られないよう、リーチを活かしての斬撃。
だが、無理に踏み込んでくる変態の皮一枚程度しか斬れない。
緩慢な動きにしか見えないのに、直撃させられない。
間近でニヤニヤと、私の動きを観察している。
気持ち悪い視線が、私の体を嘗め回すように見ている。
「こん……の……!」
つい大振りになってしまった。
大きく隙が出来た瞬間、それを躱すと同時に目の前まで変態が迫っている。
「はい、おしまい~」
逆手に持ったナイフを振り下ろしてくる。
でもそれは、私には届かない。
「あえ?」
大振りした剣は確かに、引き戻すには間に合わないだろう。
その剣の質量分の反動があるからだ。
なら一度消せばいい。
抑え込む質量が消え、軽くなった腕はこの変態の想定を上回る。
戻し、再度発現させた剣が、ナイフを持つ腕を斬り飛ばした。
「お?」
腕を失った変態は、切断面を見ながら後ろへと後退していく。
表情に焦りは見えないが、見開いた目がこちらを凝視し始める。
意識を私に向けすぎて、迫って来る触腕に気づかない変態は、大きな打撃音と共に壁へと飛ばされ激突する。
ガラガラと瓦礫に変わった壁が地面へと落ちていく。
かなりのダメージを与えたと思うけど、どうすればいいんだろう。
人体実験とかしちゃう反吐が出るような変態だけで、何人も殺してるような悪い奴なんだと思う。
だけど、殺してしまうのは抵抗がある。
「ねぇ、さっきの」
後ろから突然聞こえる声。
振り返って剣を薙ぐ。
しかしいない。
「あれは何?」
また後ろから聞こえる。
でもいない。
「何かのスキル?」
「ねぇ」
「なんなの?」
上下左右前方後方あらゆる方向から声がする。
ダメだ。声に反応するな。
どういう原理か知らないけど、声だけだこれは!
先ほど叩きつけられたはずの変態を見る。
だが、見えるのは砕けた壁だけだ。
変態の姿はどこにもない。
――がっ!?
突然、横から何かに殴られた。
ブレる視界。
遅れてやってくる痛み。
私を殴ったであろう者に、視線を向ける。
そこには、あの変態が上半身裸で立っていた。
「……ねぇ。そのスキルは、なんなのかな……?」
戦闘モードに入ったであろう時の雰囲気とはまた違う。
残っていた剽軽な雰囲気が完全に消えた変態。
害してやろうという軽いものではない。
害意ではなく殺意。
向けられた殺気が、肌を削ぎ、肉を抉ってくる。
まるで本当に抉られているんじゃないかと錯覚するほどの。
「ぐっ……!」
頬の痛みを無視して斬り返す。
しかし剣筋は綺麗な軌跡を作るだけで当たらない。
そのまま、変態の腕がこちらに伸びてくる。
その腕に、体がビクつく。
何か、とても嫌な何かを近づけれらている。
「う……!」
飛び退いて距離を取る。
変態はその場を動かず、追手は来ない。
「なんで当たらないの……」
「なぜ当たらないのか。それに答えたら、さっきのがなんだったのか教えてくれるかい……」
予備動作もなく、突然間合いを詰めてくる。
残った片腕での徒手攻撃。
受けるのはまずい。
何かは分からないけれど絶対にまずい。
殴る蹴るの単純な攻撃ではあるけれど、動きが独特で統一性が無い。
そのせいか読み切れない。
生身の攻撃を迎撃しようと剣を振っても、かすりもしない。
「うしろだよ」
目の前にいるのに、突然の後ろからの声。
気を逸らされたせいで躱しきれなかった。
だけど、ギリギリ剣で蹴りを防げた。
衝撃で剣が弾かれ、次いで手が喉元へと伸びてきた。
掴まれるのはダメだ!
弾かれた剣を離し、新たに剣を発現させる。
突然現れた剣に、変態は一瞬驚いた様子だったがすぐに対応した。
残った腕の軌道を変え、私が振り下ろした剣を受け流す。
あんたが強いのはもう分かったし、対応してくるのも分かってたよ!
「ふッ……!」
高さ的には胸の位置。
振り下ろした剣をその位置で消し、横向きに別の剣を出す。
消して出せば、その質量に対する慣性は消える。
今度は横へと一気に斬りはらう。
変態の薄皮が斬れた瞬間、腕を斬撃と同じ方向へと引きながら距離を取ろうとしている。
さっきから当たらないのは、武器のリーチを完全に把握してるからでしょう!
翻りながら下がる変態に向けた剣。
しかしもう剣ではなくなっている。
これは、ミランダさんから貰った斧だよ!
「……なに……?」
振りぬいた斧は変態の右肩を切り裂いた。
これで両腕は使えないはずだ……!
「ゼハッ……ハァ……! ハァ……ッ! ハァ……」
呼吸が続かない……。
こいつの攻め手が早すぎるせいだ。
今のうちにいっぱい吸え……!
「……もしやとは思ったけど、まさか本当に霊装化とはね」
!?
こいつ、霊装化を知ってる……!
いや、スキル自体は昔から存在したんだ。知っててもおかしくない。
それよりも、今は次を考えろ。
ダリアとの連携も全然機能してないんだ。
考えろ!
考えろ!
「そのスキルを持つ者はひとりだけでいい。ごめんねお嬢ちゃん。ちょっとやる気を出しただけだったんだけど、絶対に殺さなきゃいけなくなったよ」
うぐ……!?
さっき向けられた殺気よりも、更に強く重い殺気。
肉を抉られてる程度のもんじゃない。
まるで心臓を鷲掴みにでもされてる気分だ。
もう腕が使えないはずなのに、まだ何かあるのが確信できる。
今以上に厄介な何かがまだある。
出し惜しみしてる場合じゃない……!
「ダリア!」
「ピィ!」
ダリアが私の体にくっつき、徐々に小さくなっていく。
私の中へと溶け込んでいってるのだ。
落とし子を倒した時のあれ。
今の私が出せる最強の状態。
これでなんとか……ぶっ倒す!
「へぇ……面白い事をするね。でも、君じゃ僕には勝てないよ」
プレッシャーがどんどん強くなってくる。
でも、こんなところで死んでられない。
何より、こんな奴に負けたくない!
「灰は灰に、塵は塵に……。肉塊は肉塊に……」
変態はそう祈りを捧げると、苛烈な圧力と共に向かってきた。




