049 虫の巣窟を行く少女
「ぴぎゃー!」
ダンジョン上層。
第12階層。
お母さん、お父さん、お姉ちゃん。
元気ですか。
私は今、元気に虫と戯れています。
たくさんの虫たちが、私を歓迎してくれていて嬉しい限りです。
「んなわけがあるか!」
「ピィ!」
1度引き返し、1日待ってからの突入。
虫下しの薬とか諸々準備したせいで荷物が多く、入ってからけっこう経つけどまだ12階層。
虫以外もチラホラいるけどやっぱメインは虫!
きもい!
本当にきもい!
誰だ虫を巨大化させたのは!
環境か!
環境のせいか!
酸素が多いから!?
いいえファンタジーだからです!
おのれファンタジー!
「はぁ……はぁっ……。し、しつこい……。しかも数が多い……。勘弁してよぉ……」
あのウネウネと動き続ける大量の足と触覚がやばい。
怖気が走る。
更に飛び回る虫がやばい。
羽の数多すぎじゃない?
なんでそんなに羽があんの!
まだ上層なのにけっこう辛いんだけど!
「ダ、ダリア大丈夫……?」
後ろのダリアを確認すると、体の中に巨大なバッタの頭部が納まっている。
「ギニャー!」
も、もうダメ。
くじけそう。
こんな調子で70階層まで到達できるのかな……。
しかも、霊装化でなんとかなると思ってた寄生虫。
どうやらダメっぽいのよね。
体内に入ったのなら大丈夫だと思うんだけど。
皮膚、つまり肉の部分で止まるタイプだとしたら恐らく無理。
玉のお肌に穴を開けられるのは勿論嫌だけど、寄生されるという事実が耐えられない。
一応、虫下しを飲んでおけば虫が嫌がって寄生しないらしいけど……。
どこまで効果があるんだか……。
あー……帰ろうかな……。
そんなに無理していく必要もない気がしてきた。
準備も足りないと思わない?
まだ上層のうちに帰るべきじゃない?
「ピ!」
「ダリア……」
弱気になっているのを見透かされたのか、ダリアが喝を入れてくる。
うん、まぁはい。
そうですよね。
すいません。
やるって決めたんだしね。
「が、頑張りますとも!」
「ピィ!」
気持ちを引き締めて先に進む。
すると、次の階層への階段が見えてきた。
「あれ、誰かいる……」
ここに来るまでも、何人かの冒険者とすれ違った。
こうしてダンジョン内で人と遭遇するのは、正直なんか嬉しかったりする。
他の冒険者の存在って嬉しいし楽しいよね。
私ひとりじゃないって感じが特に!
で、目の前の人たちはなんか揉めてるみたい。
下に進むか戻るかで意見が分かれたっぽい。
「だーかーら! もう上層に寄生型がいないとは限らないんだから! 一旦戻った方がいいでしょう!? 薬だって少ないんだよ!」
「まだ12階層だぞ! 寄生型が上層にもいるんなら中層行っても変わらないだろうが!」
「準備が足りないって言ってんの!」
え、そうなの?
上層にもいるの?
もしかして、冒険者が戻って来る時に連れてきちゃうって事?
ありえなくはないだろうけど、超迷惑じゃね?
あ、薬飲んどこ。
「そんなに言うなら先に戻ればいいだろ! 俺は下に進む!」
「パーティなんだから意思統一は必要でしょ! 勝手に行動しようとしないで! それに突然明るくなったのよ!? ダンジョン内なのに全然暗くならない! なんかあった可能性もあるのに!」
あ、すいません。
それはダリアのせいです。
ピー。
「明るい今がチャンスなんだろうが! 視界が確保出来て動き回れる! 松明だって節約できるんだぞ!」
「いつ暗くなるか分からないでしょう!」
「あーもう! だったらここで解散すればいいだろうがよ! 今持ってる分の魔石はお前らで分ければいい! こんなダンジョンそもそも俺ひとりで十分なんだよ!」
「あーそうですか。そうですかー! 知らないからね!」
Oh。
解散とな。
気まずすぎて出ていけないんだけど。
あ、やば。
こっち来た。
女の人を先頭に、男性ふたりが後を追う。
私に気づいて一瞬止まったけど、そのまま去ってしまった。
――中層。
第48階層。
ここに来るまで、既に4日が経過している。
代り映えしない虫たち。
少しずつ数が増えてきた食べられる系肉の魔物たち。
中でも特殊な個体がこれ。
魚なんだか虎なんだか分からないような奴。
虎を水の中でも動けるようにしたら強いんじゃない?
という安易な発想の上に作られた失敗作。
そんな説明が似合う小粋な魔物だ。
でもサイズはデカイ。
7メートルくらい。
食べられるのか分からなかったので無視しました。
そして私は、ここに来るまでの間に変形しています。
寄生虫の巣窟にいる。
それを考えるとむず痒くなる。
体中を掻きむしりたくなる。
なのでこの形態に落ち着いた。
「ばばーん! ダリアナイト再び!」
ダリアの中に体と荷物も全部埋めて、完全防備!
これ本当に最強だよ!
眠る時も安心だしね!
ここに入る冒険者は、虫除けのお香っていうのを使って休むのが基本らしいけど、私には要りません!
ダリアナイトこそが最強だから!
「はーっはっはっはっは! 何も怖くないぞー! いけー! ダリアー!」
「ピ~~~!」
雄叫びを上げつつ、より深くへと潜っていく。
成長のおかげか、それともダンジョンの構造が比較的単純なせいか。
かなり進みが早い。
途中揉めていた冒険者、ひとりになって進む男性も、17階層目で追い越している。
このまま進めば、後2日か3日で到達できると思う。
あー早く帰りたい。
到達したらここのブロックマスターに文句言ってやる。
なんで虫メインなんだって!
◆
「集まり悪くね?」
フードを被った痩せた青年がそう言うと。
「え~? 7人も集まればいい方じゃない~?」
猫耳の娘がそう返す。
「あれギルバじゃねーか?」
短髪の男が仲間の来訪を告げ。
「あいつまた頭増えたのか? どんだけ寂しいんだよ」
その仲間の状態を揶揄しだす大柄な男。
「人それぞれ、だよ」
前髪で顔が見えない女がそれをフォローしだす。
「よ~久々だな~元気だったかよ~? 会いたくなかったぜ~。俺は会いたかったぜ~。」
到着した長髪の男の頭が再会を嫌がり、もうひとつの頭が再会を歓迎する。
後ろについた3つ目の頭は喋らない。
大陸中央に存在するエメロードと、その南東に位置するイシュバル選民国の間にある廃村。
過去激化した戦争により、人どころから魔物すら生息しない不毛の地。
その村の廃れた教会の中に、8人の男女が集まっている。
そこには、半年前にローズと剣を交えたあのアルケロもいた。
それぞれが適当な場所に腰かけている。
「これで8人ですね。もういいのではないですか? 団長」
「……ああ、そうだな」
団長と呼ばれた男は、持っていたナイフを眺めるのをやめて喋り始めた。
「お前ら、よく集まってくれたな。寂しかっただろう」
先ほどまでお喋りに興じていた者たちが男の言葉に耳を傾ける。
こういう時に決まって出てくる言葉を、黙って待ち続けている。
「長い事待たせて悪かったな。……仕事だ」
「やった~久々の仕事~!」
「ははは! ようやくだなぁ!」
「待ってた。待ってた」
「で、内容はなんですか?」
「……イシュバルとレグレスの戦争。明日、イシュバル側が大規模な作戦を展開するそうだ。そこに介入する」
「どこそれ~?」
「知らね」
国の名前を言われても分からない。
そんな無教養な仲間に多少呆れながらも、アルケロは口を開く。
「……確か、レグレス側が劣勢だと聞きましたね。とすれば、救援依頼ですか?」
「いや違う。エメロードの依頼だ」
「んあ? なんで別の国が出てくんの?」
フードの男は石を弄りながら疑問を口にした。
「んなこたぁどうでもいいんだよ! 団長! オーダーはぁ!」
「イシュバル、レグレス。両軍へ壊滅的なダメージを与える」
「ああ!? どのくらい殺せばいいんだよ!」
「……全部だ。戦場に立つ者全て、向かってくる人間も、思考を放棄した馬鹿も、逃げ惑う腰抜けも、命乞いをする腑抜けも、ふんぞり返った間抜けも。……全部殺せ」
男が放った皆殺し宣言。
それぞれがそれぞれのやり方でその言葉を咀嚼している。
歓喜に湧く大柄な男。
笑みを隠そうとしない青年。
戦場を想像して恍惚となる女。
唾液を垂らしながら目を見開く娘。
その中に混じり、アルケロは釣り上がった口角を手で隠している。
恍惚としていた女が、その表情のまま男へと言葉をねだる。
「では団長、いつものように……」
団員全員が、戦う前そして終わった後に紡ぐ言葉。
団長と呼ばれる男が広めたその言葉を、最終的な指令とする。
「灰は灰に、塵は塵に。……その場にある全てを土へと還せ」




