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004 嘔吐物のローズ

 保護下に入れって……監視するって意味じゃないの?

 ダリアが危険だってことだろうなぁ多分……。


「それは……具体的にどういうことでしょうか……」


「なに、そんな難しい話じゃあない。冒険者になりに来たのだろう? 特別にお前さんに冒険者のライセンスをやる。その代わり、しばらくはギルド住み込みの冒険者になってもらう。どうだ? 悪い話じゃないだろう?」


「でもそれって、監視するためですよね……?」


 気まずい沈黙が広がる。


「……間違いじゃあない。そのスライムを野放しにするわけにはいかんしな。だが、本題はこっちだ」


 クライムが、封の開けられた手紙をこちらに投げてくる。

 差出人の名は――。


 ルシア・クレアノット。


 ――お母さんだ。


「お前のことをよろしく頼むって手紙だ。そして俺はそれを受諾した。お前の母親が俺の友人で良かったな。ついでに父親もな」

「お、お母さんが……」


 手紙を広げて読んでみる。


『 お久しぶりです、クライム。

  私の娘が冒険者になりたいらしいのでそちらに向かっています。

  着いたら、娘の面倒を見てあげてください。

  当面の生活を保障してあげてください。

  費用もそっちで出してください。

  女の子だということをちゃんと加味してください。

  娘に何かあれば、あなたの宝物は塵になります。

  あなたの命も塵に変えます。よろしくお願いします。  』


 ……え、こわ。


「ほとんど脅迫文だ……。要点だけ淡々と伝えてくる感じが、無機質で恐怖を駆り立てやがる。変な方向に文才があるなお前の母親は……」


「な、なんかすみません……」


「まぁそういうわけだから安心しろ。お前を悪いようには扱わん。それでも帰りたいというならそれも構わない。むしろルシアのとこの方が安全なくらいだ」


 お母さんはいったい何者なの……。


「ほれ、これが冒険者の証となるライセンスプレートだ。失くすなよ」


 白い横長のプレートを手渡される。

 首からかけておくタイプのやつだ。

 ちょっとかっこいい……。

 

「じゃあ後はザミの奴に話を聞け。ライセンスは特別にやるが、特別扱いをするわけじゃないからな。勘違いするなよ」

「は、はい!」

「じゃ、行きましょうかローズちゃん」


 1階の受付まで戻り、今度はお姉さんの説明に耳を傾ける。


「はい! じゃあ改めまして! 私は受付嬢のザミ・ノーチルさんよ! 気軽にザミさんって呼んでね?」

「ざ、ザミさん!」

「よろしい! じゃあ新米の冒険者ちゃんに、このギルドの説明をしていくわね」


 要点は大きく分けて3つ。


 ひとつは冒険者のライセンスプレートについて。


 階級ごとに色で分けられたプレートが冒険者の証となる。

 下から順に白、黄、青、赤、黒の5種類で、プレートにはそれぞれの名前が彫られるらしい。


 新米や駆け出しは、名無しの白プレートを支給される。

 今私が持っているのがそれだね。


 2つ以上の依頼を達成することで、プレートに名前を彫ってもらえるようになり、正式にギルドのメンバーとして認められる。

 現在の最高位の黒プレートを持つ人間はふたりだけ。

 ほとんどギルドに戻ってこないらしいけど、今度紹介してもらえることになった。



 次に依頼の請負方法。

 

 クエストボードと呼ばれる板に貼り付けられた紙を確認し、それに書かれた依頼番号を受付で伝える。

 それにより、誰が受注しているかをギルド側が把握するそうだ。

 さらに、希望すれば受注中であることをクエストボードに貼り出してもらえるらしいので、手軽にパーティの募集もできる。

 

 依頼の達成は、基本的に納品となる。

 討伐なら討伐証明部位、採取系ならば目標素材を。

 そうでない場合は、達成報告後に依頼者に確認の連絡が入り、齟齬が無ければ無事達成となる。


 ちなみに、一度に受けられる依頼はひとつまでだ。

 ひとりで何個も同時に受けることはできない。

 管理上の問題らしいけど、下手な混乱を招くよりはシンプルでいいと思う。

 

 そうそう、大事なことを忘れてた。

 貼り出されている依頼書は、受諾可能なランクを示す色ごとに分かれている。

 紙自体が赤だったり黄色だったりするわけだけど、すごく分かりやすい。

 今のところ私は、白い紙の依頼しか受けられないってことだね。



 最後に、ランクアップ規定。


 依頼を順調にこなしていくと、次のランクに上がることができる。

 上がればプレートの色も変わるから、ちょっとやる気が出る。


 で、昇格に関してだけど基本的には実績からの判断になる。

 その実績というのは、実力的な話も勿論あるけれど、一番大切なのは信頼らしい。

 

 どれだけ強くても信用できない奴は昇格させないんだとか。

 いいシステムだね!

 そういう人柄を見るシステム好きだよ!


 で、いざランクが上がると、自分のランクよりも低い依頼を受ける場合にペナルティが発生するみたい。

 依頼が無くて仕方なく……という場合はその限りではないみたいだけど、後輩の仕事を取るなってことらしい。

 報酬額が減額されて、ギルドの運営費や新米冒険者の支援費に充てがわれるんだとか。


 なんて親切なギルドだろう。

 ホワイトな優良企業の匂いがする。

 前世社畜だったのかは覚えてないけど。



「はい! ざっとこんな感じ! 何か質問はあるかしら?」

「ないです!」

「おっけー! じゃあローズちゃんは住み込みだから、部屋に案内するわね。ついてらっしゃい!」

「はい!」


 一度ギルドを出て、すぐ横の建物の中へと入る。

 ここは宿屋みたいだけど、中には食堂もあるみたい。


「ローズちゃんは2階のこの角部屋になります! ほら、入ってみて」


 自分の部屋!

 何故かそう思うとワクワクしてくる。

 はやる気持ちのまま扉を開けると、小奇麗な空間に小さな小窓から街並みが見える。


「わぁ……」

「ふふん、角部屋が取れるなんていいラッキーでしょ? 実はね、ギルド長が押さえてくれたみたいなのよここ。後でお礼を言っておくといいわよ?」

「クライムさんが……。後でお礼を言います!」

「うむ! で、ここの宿泊費とかは全額ギルド長負担になってるから、気にしなくていいらしいわよ? VIP待遇じゃない? 正直羨ましいわ! 私のことも養ってくれないかしら」


 おっとぉ?(↑)


「まぁ、あのハゲ頭を好きになるのは到底無理だけどね!」


 おっとぉ?(↓)


「それじゃあ私はまだ仕事があるからギルドに戻るわね。今日のところはゆっくり休んで、明日からに備えるといいわよ! またねローズちゃん!」

「色々ありがとうございました!」

「いいってことよ! ほいじゃね~!」


 ザミさんは足早に去っていった。

 なんというか、すごい元気な人だったなぁ。


 あ、そうだ。この宿の人に挨拶しておかないと……!


 荷物を置いてから、ダリアを連れて1階へと向かう。

 カウンターの中に女性がいたので、話しかけてみた。


「あの、すみません」

「ん? ああ、さっきザミちゃんと入ってきたお嬢ちゃんだね? どうしたんだい?」

「えっと、これからお世話になりますので、ご挨拶をと……」

「あらやだ~。随分しっかりしてるじゃないのさ~。本当にルシアの子なのか疑わしいくらいだわ~」


 頬に手を当てながら女性はそう嘯く。

 この人の中でお母さんの印象はどうなってるんだろ……。


「ああ、そうだ。お腹が空いたなら向こうの食堂に行けばいつでもご飯が食べられるからね。うちは冒険者用の宿屋だから、時間帯は気にしなくて大丈夫だよ。まぁ深夜とかはさすがに寝てるけどね。ははは」


「分かりました!」

「ピキィ!」


「あら、スライム用のご飯もちゃんとあるから安心おし。ルシアがテイマーだったからそういうのも充実してるのよウチは」

「ピィ~」


 ダリアも嬉しそうだ。 


「それじゃあまた後でお邪魔します!」

「あいよ、待ってるね!」



 軽く挨拶を済ませ、部屋へと戻る。



「ふぅ……」


 なんか矢継ぎ早に状況が進んで、少し疲れちゃった。

 でもこうして休む場所があって良かった。


 これもお母さんのおかげだな。

 そんな素振りほとんど見せなかったのに、ちゃんと私のことを心配してくれてたのも分かって、かなり嬉しい。


「ふへへ、お母さんも素直じゃないな~。ダリアもそう思うでしょ?」

「ピィ~」

「へへへへ……」


 そして、これもまたお母さんのおかげだけど、冒険者になれた。

 まだ正式じゃないけど、明日からいっぱい依頼をこなして、どんどん強くなって、色んな冒険に行くんだ!


「楽しみ~!」

「ピキィ! ピィ!」


 ダリアを抱きながら、ベッドの上を転げまわる。


「よ~し! 頑張るぞー!」

「ピィ~!」


 



 ◆




 翌朝、早速依頼を受け薬草を探して森の中を彷徨っていた。


「うぅ……。体が痛い……」


 宿のベッドは最低限のシーツ類があるだけで、実家のベッドとは比べようもないほど硬かった。

 そのせいで体中が凝ってしまってしょうがない。


「ぼ、冒険者として成功を収める前に、寝具を揃えて生活を充実させねば……」


 そんなことをボヤキながら、せっせと見つけた薬草を籠の中に入れていく。

 ダリアはその周りをくるくると回っているだけだ。


「ああ、ダリアの柔らかさだけが唯一の救いだったよ……」

「――ピィ!」


 ダリアが突然動きを止め、警戒を強めている。

 それを見て、私も立ち上がって警戒する。


 草むらがガサガサと葉を揺らしていた。


 黙って見ていると、そこからゴブリンが姿を現した。

 

「うげぇ! うっぷ……」


 あの日、ダリアの中で溶けるゴブリンを見てからというもの、ゴブリンを見ただけで吐き気が込み上げてくる。

 あの映像を思い出してしまってどうしようもないのだ。


 この4年間ゴブリンを見るたびにこの調子だったため、姉のリーズからは『嘔吐物のローズ』という異名を賜った。

 女の子に付ける二つ名ではないと思う。


 でもどうしよう。

 薬草の採取だったから武器を何も持ってない……。

 近くにあった長い木の棒を持って構えてみる。


 ゴブリンも警戒しているのか、睨み合いとなった。


 …………。


「オボロロロロ……」


 ずっと見ていたら吐いてしまった。

 朝食のベーコンが見える。

 恥ずかしい……。


 チャンスと見たのか、ゴブリンが飛び掛かってきた。

 それとほぼ同時に、ダリアが体を伸ばし触腕を作る。

 空中にいるゴブリンはその触腕に叩きつけられると、私の目の前に激しく落下してきた。


 ゴブリンはぴくぴくと痙攣しているが、動き出す気配はない。

 その姿を見ていたら……また……。


「オボボボボボ……」


 ゴブリンに思いっきり嘔吐物がかかる。

 それが止めになったのか。

 完全に動かなくなってしまった。


「え……? 倒した?」


 まさかこんな最期を迎えるとはゴブリンも思わなかっただろう。

 なんて可哀そうなんだろう……。


 動かなくなったゴブリンを、嘔吐物ごとダリアが飲み込んでいく。


「……!?」


 それを見ないように後ろを向く。

 危ない、また吐くとこだった。


≪ 嘔吐物武器類適性を獲得しました ≫

≪ 嘔吐物武器類適性 :B ≫


 え?

 なに?

 嘔吐物って武器なの?

 しかも適性がBて、どのタイミングで使うの。

 というか装備品じゃないと思うんだけど、胃の中の物が武器ってこと?


 乙女になんちゅう適性を持たせんの。

 これ鑑定されて見られたくないな……。

 

≪ 装備適性種数が一定を超えたため、スキル『適性武具霊装化』を獲得しました ≫

 

 お!

 スキルだ! 初めて取得した!

 これは素直に嬉しい!

 効果は分からないけど、後で調べる!


 今は吐き気の余韻がやばい!

 こういう余韻に浸りたくない!


 スキルの取得で少し気持ちが昂ってしまったせいか、ダリアの方を見つめてしまう。

 グチャグチャに溶けかけているゴブリンの死骸が目に映る。

 浮いた目玉としっかり目があってしまった。


 …………。


「オロロロロロ……」

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■ 本小説の世界の中で、別の時代の冒険を短編小説にしました。
最果ての辺獄

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