044 黒い寂しがりやたち
「本当に、アルケロと呼ばれていたのですか?」
「はい、間違いありません……」
カルカスのギルド内部。
街で1番大きな建物なんだけど、中には色々な店が併設されている。
宿屋はさすがに建屋が別だけど、食事処や、武具を取り扱う店、薬や消耗品を売っている店など色々とある。
この街で生活するには、ギルドと大きく関わる必要があるようだった。
「支部長がお会いになるそうです。こちらへどうぞ」
丁寧な対応をしてくれる受付嬢さんに案内され、客間と思しき部屋に通される。
最初はダリアは連れて行けないと言われたが、ここのギルド長さんが許可をくれたとかで一緒に行ける事に。
「ここのギルドを取り仕切っているヴァルケンだ。まぁ適当に座れ、お前らの事はクライムから聞いて色々知ってるつもりだ。特にそこのスライム持った嬢ちゃんとかな」
「え、私?」
「ピ?」
「常にスライムと一緒にいる上に、あのルシアの娘だろう。目立たないわけないがない。何かと話題にあがるしな。各支部でも人気者だよお前さんは」
「へへへ……」
いい意味での人気者って事でいいよね?
悪い意味だったらヤダな……。
「で、とりあえずお前らの依頼の話だ。護衛依頼だったな。これに関しては、依頼人の元従者の証言もあったし、確保した野盗もいたからな。お前らの主張をそのまま信じて大丈夫だろうという結論になった。お咎め無しだ」
「それは良かったです……」
ホーッ!
依頼失敗でちょっとくらい怒られるかと思ってた!
「まぁこれは依頼者をちゃんと確認しなかったクライムの奴が悪い、お前らは気にするな。依頼達成時に支払われるはずのもんもちゃんと出るから安心しろ。当初の達成金だけだがな」
「ええ、構いません」
「次に、お前らが戦闘したというアルケロって男に付いてだ」
「す、すみません……私の判断で取り逃がしてしまいました……」
「いや、気にしなくていい。よく生き残ったと言いたいくらいだ」
正直私もそう思う。
捕まえられなかったのは確かに残念だけど、捕まえられるような相手じゃなかった。
「黒寂の傭兵団って知ってるか? 名前くらい聞いたことないか?」
ないです。
こくじゃく?
「エメロード解放戦線の、ですか?」
「そうだ」
なんですかそれ!
「ローズ殿は知らないでしょうな。どれ、拙僧が説明してあげましょう」
「あ、お願いします……」
例によって知らない私に、ゲイルさんは優しく説明してくれる。
――黒寂の傭兵団。
私たちが住むこのダンダルシアは比較的平和な国だけど、周囲の国々はそうじゃない。
魔物の発生頻度、ダンジョン入口の所有権、農作物の実りやすさ、生活をする上での利便性。
あらゆる要素で利点を持ちたい各国は、今も争いが絶えず、少し前には大きな戦争行為に至っていた箇所もあったという。
正直知りませんでした。
そんな中、『味方に付けた方が勝つ』とまで言われるのが、この傭兵団。
現在各国の争いが小競り合い程度に縮小している原因でもある。
構成人数僅か10人の戦闘狂の集まり。
個々の戦力は凄まじいらしく、それぞれ単体で大規模大隊と渡り合えるのだとか。
勿論これは実績に基づいて語られたもので、最も有名なのが13年前のエメロード解放戦線での活躍。
大陸中央に位置する大国エメロードで、クーデターが発生した際の話。
ほぼ全軍を掌握したひとりの将軍が、そのクーデターを成功させる。
その後の圧政に耐えかねた民衆は一斉蜂起、エメロード解放戦線を名乗りクーデター軍に対してゲリラ攻撃を開始。
武力行使を歓迎したクーデター軍はその悉くを撃破。
完全に鎮圧したと思われた矢先に現れたのが、黒寂の傭兵団だ。
ひとり落ち延びていたという国の王女が、彼らに助けを求め、彼らはそれに答えた。
そしてたった10人でクーデター軍5万を退け、王女を無事に王宮へと返したという。
ここまでなら勇猛な英雄譚に聞こえるが、その中身はただの地獄絵図。
5万の兵のうち、実際に交戦したという4万はほとんどが肉塊に変わり、そこに辿り着くまでの関係ない町々は破壊され、居合わせただけの民まで殺された。
最短距離を行くのに邪魔だった。という理由だけで、クーデター軍も解放戦線も、罪無き民も関係なく。
夥しい数の屍が築き上げられた。
完全な王家転覆は阻止したが、その代償はあまりに大きかったという。
復権後、王女は自責の念に堪え切れず自害。
既に父王も母も無く、ひとり残った王女の弟が、今は国を治めている。
ただの傀儡という噂もあるが、その審議は定かではない。
多くの噂が飛び交い、今の話のどこまでが真実なのかは不明だが、クーデター軍を蹴散らして王女を帰還させたのは間違いないらしい。
その弟が国政を担っているのも。
次に黒寂という名称。
これは、「黒は寂しがり」ということで付けられた名だそうで、その意味については色々な憶測が飛び交っている。
ひとりで死ぬのは寂しいから、死んでいく者がひとりでは寂しいだろうから、という死を連想させるものや。
寂しいから賑やかな戦場に来る。というちょっと可愛いものまで。
で、1番有名なのがこちら。
『皆と違うと寂しいから』
ちょっと意味が分からなかったけど、これを吟遊詩人たちがこう詠っているそう。
固まって黒くなった返り血、それは鮮血を飛ばす者たちとは違う色。
仲間外れになりたくない。
だから新たな返り血で、我らは己を赤く染める。
彼らは赤く、我らは黒い。
仲間外れになりたくない。
寂しいからって人を殺して回っても、寂しさは消えないんじゃないかと思う。
なんて真面目に考えても仕方がないか。
「で、だ。アルケロってのはまぁまぁ有名でな……――」
今度はヴァルケンさんが話し始めた。
元『戯曲の鷹』傭兵団の団長で屈指の短剣使い。
戦場を渡り歩いた際に周囲に付けられた異名が鮮血。
『鮮血のアルケロ』と呼ばれ、戦場ではとにかく目立つ猛者だったらしい。
構成人数50人ほどの規模で、ある時、黒寂に対して喧嘩を売った。
商売敵ゆえに目障りだったとか。依頼があって襲撃しただとか。
色々言われているけどこれも真偽は不明。
分かっているのは、完膚なきまでに返り討ちにされたという事。
そして、その際に黒寂に引き抜かれて入団したという事。
有名と言っても私は勿論、ザトラスさんもゲイルさんも、ミランダさんも知らなかった。
「まぁお前らが知らないのは仕方ねぇ。アルケロが引き抜かれたってのは20年も前の話だからな」
「20年……? では今は一体いくつなんですか?」
「戯曲の鷹が話題になった時は、25くらいだったはずだ。間違ってなければ今45だな。ちなみにお前ら今いくつだ。ああ嬢ちゃんはいい。12だろう」
改めて言われるとちょっと恥ずかしい。
「私は26です」
ふむ、ザトラスさんが26歳。
「21」
ミランダさんが21歳。
「拙僧は17です」
ゲイルさんが17歳と。
ん?
「待て、ゲイルだったな……。いくつだって……?」
「ほ? ですから、17歳ですぞ……?」
――!?
思わず噴き出すとこだった。
ミランダさんは知っていたみたいで、特に驚いた様子はない。
それ以外の全員が目を点にしている。
私も含めて。
ダリアに至っては震え始めた。
正直30後半だと思ってました。
「そ、そう……か……。お、お?」
「なんでしょうか。拙僧の顔が、何か?」
「い、いや! なんでもない! なんでもないぞ!」
「本当ですか? 拙僧の顔が、どうかしたのですか? ヴァルケン殿? ん?」
「なんでもないと言っているだろう! 年齢の話はもういい! それよりもだ!」
強引に話の軸を戻すヴァルケンさん。
今更だけど、髪の毛がフサフサなクライムさんみたいな人だな。
「一応その短剣使いの調査はするが、もしも本物だった場合は死人が出る可能性が高い。慎重にならざるを得ん事を承知しておいてくれ」
「え? え、ええはい。それで構いません」
ザトラスさんの返事が遅れる。
原因は視線の先のゲイルさん。
信じられないのだろう。
私だって信じられない。
「とりあえず今日のところは休め。部屋はある。受付に行けば誰かしらが案内してくれるだろうよ」
「はい、ありがとうございます」
「それと、この事はあまり他言するな。無用な混乱を招きかねん」
「心得ています。それでは」
部屋を後にし受付の元へと向かうと、最初に案内してくれたお姉さんが待ち構えていた。
「お部屋の方にご案内します。こちらへ」
ギルド内部に宿屋はないが、ギルドメンバーが臨時に寝泊まり出来る部屋があるとの事。
そこに案内されるが、正直清潔とは言い難かった。
「う、まさかの4人同部屋……」
まじかー!
まじかー!
……。
まじかー!!
「ふむ、とりあえず掃除しますかね」
ゲイルさんが掃除を提案してきた。
やばい。
17歳という衝撃についていけない。
おっさんに17歳というステッカーを無理矢理張り付けたような、なんとも言えない違和感が!
「あ、あはは……。ゲイルさんって年齢の割に落ち着いてらっしゃいますよね……」
「ザトラス殿も落ち着いてらっしゃいますぞ? 拙僧の場合は大人びた雰囲気が顔にも出てしまうようでしてな……。ダンディ過ぎて申し訳ありません……」
顔に出過ぎだよって叫び出したい!
もどかしい!
入れてはいけないツッコミのなんともどかしい事か!
というかこれツッコミ待ちじゃないの!?
どうなの!?
バッとミランダさんを見る。
するとすぐに顔を逸らされた。
関わらないようにしているのが雰囲気から伝わってくる。
あ、これダメなやつかも。
ツッコんだら心に傷を作るやつっぽい。
喉のすぐそこまでこみ上げていた何かを抑え込み、ひとり喋るゲイルさんに相槌を打ちながら、私たちは静かに掃除を始めた。
「いや~年齢の話になると女性の皆さんによく顔を見られる事がありましてな。ギャップがきっと直撃しているのでしょうな? 拙僧としては、あまりモテす……――」
本当にずっとひとりで、上機嫌に喋り続けていた。




