043 鮮血のアルケロ
凄まじいまでに練り上げられた闘気が圧縮されていく。
肌に突き刺さって来るプレッシャーが、ビリビリと伝わってくる。
「これは……」
魔物たちとは違う、人間からの純粋な敵意。
初めて受けるその圧力に、足が震え始めた。
「ピィイイ!」
茂みから巨大な触腕が飛び出す。
御者の後ろから奇襲を掛けたのはダリアだった。
だが、正面を向いたまま、腕の動きだけで触腕をなます切りにしていく。
御者の鋭い眼光は、こちらを見据えて外れない。
「い、今何をしたんだ!?」
「分かりませんぞ! 動いてませんでしたぞ!」
動いて……?
まさかゲイルさんたちには見えてない……!?
意気込んでいたはずの私たちに向かって来る御者。
動揺のせいかザトラスさんとゲイルさんは浮ついている。
まずい!
金属が金属を打ち付ける音が響く。
「おや、あなたは脚が震えていませんでしたか?」
「震えて……ません! 漏れそうなだけです!」
剣で短剣を弾き返し、距離が出来る。
守らないと、と思って脚を前に踏み出したおかげか、もう脚の震えはなくなっていた。
「ろ、ローズ殿……」
「後方に下がれゲイル! ザトラス! 後ろから援護だ! ボケっとするな!」
ミランダさんの喝がふたりに意思を取り戻させた。
そして斧を構えて私の横に立つ。
「……トイレに行きたいのならばお待ちしますが……?」
「お構いなく!」
「そうですか、では」
初めての、人とのガチ戦闘。
しかも相手はこちらを殺す気満々。
人間を殺してしまうかもしれない。
そんな不安を抱けるほど、簡単な相手ではなかった。
「は、入っていけない……」
剣で短剣を払い、いなし、躱し。
腕や足で押し、飛ばし、隙を作る。
高速で斬り合うふたりに、他3人は付いていけず、援護をするタイミングもつかめない。
途中、ダリアが合流し更に状況は複雑化していく。
「何者なんだあの御者……」
密着状態になると、短剣の小回りに付いていけない。
距離を取ると投擲で機先を取られる。
それに何本持ってるんだ短剣……!
でも投げてくるのは決まって左の短剣。
右のそれはデザインも違う。
大事な物なんでしょうね……!
左腕で短剣の鋭い斬撃を受ける。
あわや、腕を切り落とされるかというギリギリのタイミングで、ローズはそれを行った。
「――!?」
目の前で起きた出来事に、咄嗟に距離を取る御者。
その手には、1度も手から離さなかった短剣が握られていない。
ローズの左腕は深く切り込まれていた。
斬り傷からは白い骨が微かに見える。
小指と薬指も動かない。
神経を切断された可能性がある。
「……私のヴェルガナイフ……あの一瞬で奪い取ったのですか?」
「さ、さぁ……?」
左腕は犠牲になったけど、武器は奪ってやった。
特に切れ味がすごかったあの短剣。
あれがなければ片腕でも……!
「あれは大事な物でしてね。うちの団長に頂いた一点物なのですよ。返していただけませんか?」
両手にナイフを4本ずつ持ち、戦闘継続の意思を見せてくる御者の目は、冷たく私の喉元と見つめている。
投擲に切り替えてくる気か。
それならこっちだって……!
「待て! 荷がどうなってもいいのか!」
突然のザトラスさんの叫び声に、御者は視線を別方向へと向ける。
私は視線を外さないようにジリジリと横に下がり、ザトラスさんを確認する。
「お前の目的は積み荷なのだろう! なら燃やされると困るんじゃないのか!」
その言葉に、御者は戦闘態勢を解いた。
「確かに、そうですね。ですが、燃やした時点であなた方は間違いなく死ぬ事になりますが、よろしいので?」
こいつの言ってる事は嘘じゃない。
それが出来るだけの実力がある。
私とダリアの攻撃を、ただの1度もまともに受けていない。
力量差は明白だ。
「だったら……、この短剣をお返しします。それで手を引いてください……」
奪った短剣を発現させ、後ろから取り出したように見せかけてぶらつかせる。
「……手ぶらで帰るわけには行きませんのでね。半分の6台。それで手を打ちましょう。如何ですか?」
「……分かった。それでいい。ローズさんも、いいかい?」
私は少しだけ考えてから、頷いた。
◆
「あたたた……」
負傷した左腕をダリアが包み込んでいる。
次第に傷は消え、指先も動くようになっていく。
あの御者は、約束を破る事なく6台の馬車を引き連れて去っていった。
「すいません、勝手に決めてしまって……」
「いや、ザトラス殿のおかげで6台も守れたと考えるべきですぞ。結局、まともに戦えていたのはローズ殿とダリア殿だけでしたしな……」
あのまま戦っていたら、どうなっていただろう。
私は死んでたかもしれない。
仮に勝ったとしても、殺していたかもしれない。
あれを、殺さずに止められる自信など無い。
「大丈夫ローズちゃん?」
「あ、はい平気です。ダリアがこうして治してくれますから……」
「ひとまず、カルカスへそのまま行きましょう。ここでは十分な休息も取れない。ギルドの別支部があるはずです。そこで事情を説明して受け入れてもらいます」
「そうですな。ローズ殿、馬車にお乗りください。もうそんなに距離は無いはずですが、その間は我々だけで周囲を警戒しますので」
「はい……」
「ピ!」
ダリアと一緒に馬車へと乗り込む。
とりあえずは、なんとかなったと思っていいのかな。
硬い木の床に寝そべりながら、横にある積み荷を眺めた。
◆
「戻りました」
「おかえりアルケロ~」
「おうアルケロ、何してたんだお前? 1週間も顔を見せねぇで」
「ちょっと暇でしたのでね。色々と貰ってきたんですよ。ついでに食料もあるので適当に食べてください」
「お! まじか~! さすがはアルケロだな~!」
「それで、団長はどこに?」
「んあ~? 団長なら戻って来てないよ~。どこにいるかは毎度分かりませ~ん」
「そうですか」
「なんだよアルケロ。4台も馬車奪ってきたのかよ。よくひとりで率いてこれたな」
「ええそうですね。御者の必要性を学びましたよ」
「あん?」
奪った6台を、伸ばした綱で制御しながらここまで来た。
当然御し切れるものではなく、何かに襲われたわけでもなく転倒した2台は、面倒だったのでそのまま放置してきた。
何人か使用人も貰ってくるべきでしたね。
「そういえば、他の方々は?」
「ん~? アルケロと一緒~。団長から呼び出しがあるまでは皆自由だしねぇ~」
「呼び出したところで、全員集まる事もねぇけどな」
「そうですか……。私は奥で少し休みます」
「はいは~い」
人が近寄らぬ瓦礫の山なった古城。
そんな場所で上着を脱ぎ去るアルケロは、上半身裸で適当な岩に寝そべって休み始める。
肩には、どこか歪な形の、鳥を象った入れ墨が彫られていた。
大量に誤字報告をして下さった方。
誠にありがとうございます。
貴重なお時間を割いて頂いてしまって申し訳ありません。
すぐに適用する前に用途の違いや単純な誤字など、見させていただいて勉強させていただきます。
活動報告では御礼が届かないと思い、後書きに書いてしまいました。
他の読まれている方々、申し訳ありません。
引き続き、愛読いただければ幸いです。




