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041 見張りの重要性

 ふたりずつの交代で、馬車の横を並走して前後を警戒する。

 ダリアは荷馬車の上に乗って全体を警戒している。


 襲撃後、警戒方法の改善のために馬車や護衛の配置について提案したが、全て却下された。

 前4台以外はあなた方には関係ないから、という理由で。


 相変わらず1列で進んでいく馬車たち。

 視界が通らないったらない。 


「ここも大地が割れておりますな……」


 道としての機能を失ってはいないが、ところどころ隆起した大地によって素直な景観とは言えなくなっている。

 ボコボコと歪になっているせいか、馬車の縦揺れが酷かった。

 おかげでお尻が痛い。


「もうすっかり暗くなりましたな。ゴルム殿はどこまで進むつもりなのでしょうか」

「では私が聞いてきましょう。皆さんは警戒をお願いします」

「分かりましたぞ。と言っても、ダリア殿とローズ殿が優秀過ぎて拙僧らはあまり役に立ちませんが」


 ザトラスさんは先頭にいる依頼人の元へと駆けて行く。


「さて、バタバタしていたせいで完全に失念していましたな。ミランダ殿」

「本当にな。頭に血が上ってるとろくな事にならないな……」


 え、なに?

 

「あ、あの。何かあるんですか……?」

「ローズ殿も、就寝時の周囲警戒には覚えがあるとは思います。夜の見張りというやつです」


 暗闇での警戒は難しいって事かな?

 そういえば、私の場合はダリアが居てくれたから気にした事なかったかも。


「人だけの夜の番でも、かなりの神経を使うというのに……」

「12台の馬車全てに気を配っていたら、いくらなんでも疲弊しすぎるな」


「使用人の方々に協力してもらうわけには行かないんですか?」


「勿論協力してもらうつもりですが、彼らは冒険者ではないですし、本来護衛ですらありません。過度な期待はしない方がいいでしょうな……」


 うーん。

 ここで体力を使い過ぎるのは良くない。

 道中の護衛を交代制にするとか……。

 いやでも馬車が多すぎる……。 


「ピピ! ピーピピピ! ピーッピピー!」

 

 え?

 ダリアさん行けちゃうの?

 まじで?


「ピィピピ!」


 了解しました!

 伝えます!


「あの~……――」


 その夜、5台目以降の馬車は使用人たちにふたりづつの交代制を指示し。

 私達はひとりづつの交代制で見張りをすることになった。


 唯一、ダリアだけが寝ずの番をする。

 接近する敵影を感知した際は、すぐに私達に知らせる手筈だ。


「しかし、その……。宜しいのですかローズ殿……そんなところで、というか……」

「はい! 慣れてますから! それに何かあればすぐ動けますし!」


 荷馬車の上に佇むダリア。

 の中に首から下を埋め込んだ私。


 ダリアナイト再び!


 この状態は何かと都合がいい。

 先に言った通り何か動けるし、この位置なら私も周囲を見渡せて状況把握がしやすい。


 そして何より、風が直接当たらないし寝心地が段違いだ。

 荷馬車の中に出来た狭いスペース。

 そこに簡素な毛布を敷いて雑魚寝するわけだが、ちょっときつい。


 狭いからどうしても体がぶつかるし、ゲイルさんは嫌いじゃないけど男の人だし。

 ミランダさんはよく寝れるな……。



 そんなこんなで初日の夜が過ぎていく。


 慣れない見張りに、使用人たちはコクリコクリと眠そうだ。


 私は1番最初の見張り番なので、気を張って周囲を警戒している。

 2時間ほどでザトラスさんと交代。

 それまで私は頑張ります!

 やり遂げてみせます!


 

 ――30分後。


「な、なぁ……あの人寝てないか……?」

「いやそんな……。冒険者の方々だぞ……? こういうのに慣れてるんだろう。あー見えてきっと警戒はしっかりしてるんだよ」

「そうか。そうだよな……」


 5台目の馬車を見張る使用人ふたりが、ダリアに包まれて顔を上に向けているローズを見ていた。


「くかー……。くかー……」


 女の子とは思えぬ大口で寝息を立てているローズ。

 ダリアの中が心地良すぎて、開始早々に寝てしまった。

 危機感が圧倒的に足りない。


 そしてそのまま、ローズは誰とも交代の言葉を交わす事なく朝を迎えた。


「こ、これは……!」


 出発前に周囲に異常が無いかを確認すると、チラホラと魔物の死骸が転がっていた。

 

「ローズ殿、まさかおひとりで……」

「え!? あ! はい! そうなんです! ええ! はい! それはもう! はい! すみません!」


 冷や汗が止まらない。

 辛うじて1番初めに目覚めたはいいものの、完全に眠ってしまった。


「我々を起こさぬよう気を使われたのですね……。ですがダメですぞ。こういうのは皆で協力するべきものです。見張りのあなたがひとりで動けなくなってしまえば、他の者たちは無防備のまま敵に接近されます。大抵はそのまま殺されるでしょう、ひとりで気負い過ぎてはいずれ痛い目を見てしまいますぞ」

「いやあの、その……す、すみません……」


 冷や汗が更に噴き出してくる。

 

 私の居眠りで全滅する可能性は十二分にあったという事。

 それを想像しただけで嫌な汗は止まらない。


 ダンジョンでの経験を経て、どこか上手くやれる、楽勝。などと思っていた。

 考えを改めよう。

 戦闘面では成長したかもしれないが、冒険者としては本当に未熟なままだ。

 

 こんなんじゃ白プレートのままがお似合いだ。


 正直に謝ろう。


「あの――」

「ピィ」


 ダリアの触腕が私の口を一瞬塞いだ。

 私の言葉を遮るように。


「ローズちゃん」


 ゲイルさんとザトラスさんがその場離れ、眠そうな顔のミランダさんが話しかけてきた。


「昨日寝ちゃってたでしょ」

「ひぎ!?」


 体が硬直する。

 冷や汗は更に勢いを増して流れ出てくる。


「す、すみません……!」

「あー大丈夫。怒ってるわけじゃないよ。でも、さっきゲイルが言った事は本当だから、次からは気を付けるようにね」

「は、はい……」


 ど、どうしよう。

 なんて言えば……。


「申し訳ありません。旦那様がそろそろ出発すると言っておりますので、ご準備の方をお願いできますか」


 先頭の馬車を走らせている御者が話しかけてきた。

 焦っていたせいか、全然気づかなかった。


 行商人のゴルムは、初回襲撃時のあれ以降1度も姿を見せに来ない。

 取り次ぎは全てこの人だ。


「ああ、分かった。すぐにでも出れると伝えてくれ」

「畏まりました」


「じゃ、ローズちゃん。行こうか。重大さは分かってるみたいだし、これで許してあげよう」


 優しく両腕で包み込んでくる。

 正面からのハグ、申し訳なさでいっぱいの私の顔を隠してくれている。


「おーよしよし、まだ成りたての冒険者なんだから、これからいっぱい覚えればいいんだよぉ」

「はい……! すみませんでした……!」





「ぬぐ~~~っ! 拙僧がひと芝居打ったというのに! なんでミランダ殿だけハグを~~!」

「ははは、まぁまぁ……」



 ――昨夜、ローズが寝てしまってから更に30分。

 何かの物音にミランダは目を覚ます。


「ん……、なんだ……?」

 

 遠くから何かを叩く音がする。

 確認するために身を乗り出すと、ローズがいるはずの場所から薄白い何かが伸びていた。

 

 ダリアだ。


 ローズをその体の中に収めたまま、ダリアは触腕を伸ばし近づこうとする全てを殴り飛ばしていた。

 その音に、残りのふたりも目覚める。


 起きたふたりにミランダが身振り手振りで状況を伝え、ふたりも何かを迎撃し続けるダリアを眺め始めた。


「ローズさん……あれで起きないんですか……」

「拙僧もそう思いました……まぁ、魔物を追い払う際には1番動き回っていましたし、疲れていたのでしょう」

「そうですね……。では見張りは我々でやりましょう」

「賛成ですぞ。と言っても、我々が感知できる範囲に来る前に、ダリア殿が迎撃しているようですがね……」


 呆然とダリアを眺め続ける。


「これは……どう見張るのが正しいのでしょうか……」

「分かりませんな……」

「ひとまず、ダリアさんの様子を眺めていれば異変には気づけるかもしれませんね」

「そうですな……」


 とりあえず、3人は交互にダリアを見守る事にした。

 勿論自身で察知できる範囲は警戒しながら。

 

「時々揺れて見えるローズちゃんの寝顔、可愛すぎ……」 


 カクンカクンと、ダリアの動きに合わせて首で踊るローズは、どれだけ揺さぶられようと朝まで目覚める事はなかった。

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■ 本小説の世界の中で、別の時代の冒険を短編小説にしました。
最果ての辺獄

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