037 ひとつの才能と父の愛
「ただいま!」
ギルドでの用事を終え、借りていた宿屋の部屋を片付けて家に戻って来た。
長い事空けてけていたために埃っぽく、1度綺麗にしてもらおうという事で一旦引き払ってきた。
帰って来た理由はそれだけではないけど。
「あらおかえり、早かったわね」
「おかえりローズ、ダリア。そうだローズ、あれ、続き出来たんだけど、読む?」
お母さんとお姉ちゃんが迎えてくれた。
姉は真顔であの妄想自伝小説を勧めてくる。
あの時、小説はただ紛れてしまっていただけのようだったのだが、当たり障りない感じの感想を言ったのが間違いだった。
違いが分かる記念すべき最初の読者として認定され、隙を見ては勧めてくる。
寝る前とかはベッドの上にさりげなく置かれる始末。
もうほんと勘弁してください。
「だ、大丈夫……。読まないです……」
「あ、ああ~この薬草はちょっと痛んでてダメねぇ~。お母さんちょっと小屋に行ってくるわね」
お姉ちゃんがお母さんの腕をガシっと掴んだ。
「お母さんも、続き、読む?」
「ま、また後でね! 今はほら! 仕事しないといけないでしょ!」
慌てて手を振りほどき、家を出て薬草を溜め込んでいる小屋へと向かう母。
記念すべきふたり目の犠牲者はお母さんだった。
私から感想を貰った事で味を占めたらしく、直接読むように勧めたらしい。
感想を言い終えるまで離れないお姉ちゃんが怖かったと、後に語っていた。
「なによぉふたりして……。まぁ後でも時間はあるしね」
おっとぉ。
お姉ちゃんが変な方向に進みつつある上に犠牲者を出していくぅ。
これは誰かが言わなきゃならない。
でもそれは私の役目じゃない。
お母さんに託します。
だってお母さんだもの。
母は偉大なり。
まじ頑張って、超応援してる。
「ただいま~。お? なんだローズもう帰って来たのか」
お父さんは何かを担いでいる。
体越しに見えるのは大きな猪の頭だ。
「ちょ、ちょっとお父さん! 狩りに行ってたの!? 無茶しないで!」
「おーなんだぁ心配してくれるのかぁ。そうかそうかぁ。そんなに心配ならお父さんと結婚するべきじゃないかローズぅ……」
「それは無理」
「あ、ああ…………。そうか…………」
ただの冗談だと思って冷ややかに断ったけど、思いのほかショックを受けてる。
まさかガチだったの?
いや、冗談だと思っててもショックなものなのかも。
「ま、まぁあれだ。左腕だけでもお父さんは強いからな。この付近で俺が後れを取る事はないから安心しろ」
ニッと笑って見せる父の顔は、いつもよりも爽やかな気がした。
「でも……」
「お? そんなに心配なら、やっぱりお父さんと……」
「無理です」
◆
そして夜、静かに食事を取る私とお母さん。
お姉ちゃんはお父さんをジっと見つめている。
当のお父さんはと言うと、食事をしながら本を読み進めている。
今まで1度も見たことない眼鏡をかけながら。
頭の上に乗ったダリアも一緒になって読んでるみたい。
文字読めたの?
「待て待てダリア、まだ俺が読み終わってない……」
「ピー……」
読み進む速度が違うせいで、どちらかがページを捲ると、どちらかが戻す。
後で個別に読めばいいのに。
いや読まない方がいい気がするけど。
「あなた、食べるときは本を読むのやめなさいよ」
「すまない、今だけは許してくれ。これは今読まねばならない」
「あ、そう……。ほら、リーズはさっさと食べちゃいなさい」
「はーい」
静かなまま食事は進み、ついに空になった食器たちが片付けられていく。
読みながらも綺麗に食べたお父さんは、そのまま椅子に腰かけ、テーブルに固定した本を左手で捲っていく。
あんなに真剣に読めるものなの!?
吐血しないの!?
後でダメージが一気に来て死ぬんじゃない!?
「お父さん大丈夫かしら……後でダメージが一気に出て死ななきゃいいけど……」
お母さんも同じ事を思ったようだ。
パタンと本を閉じる父。
「リーズ、こっちに来なさい」
「うん……」
お、お姉ちゃんがお父さんに呼び出された!
お母さんとふたり、こそこそと隠れながらその様子を見守る。
ど、どうする気だろう。
「まず、最初の導入が良くない。突然現れた王子様に助けられるのはいいが、ひとりで王子が出歩いている理由が弱い。描写も前半は継ぎ接ぎされたような感じで、前後との関係性が希薄だ。後、同じ事を何度も説明するのもテンポが悪くなるし……――」
ええええええええええええええええ!?
うそだああああああああああああ!?
割と脳筋みたいな感じのくせして!
知的眼鏡で雰囲気だけ出したのかと思ったのに!
難しそうな事を言ってるせいか頭も良さそうに見える!
「あ、あなた……かっこいい……」
お母さんも最初は一緒に驚いていたものの、知的な雰囲気のお父さんに見惚れている。
馬鹿夫婦か!
いや仲良きことは良い事ですけど! そうじゃない!
このままではお姉ちゃんが妄想自伝小説に更に熱を入れてしまう!
「――……で、ここまでは書き方の話だったが、根本的な事を言わせてもらう」
「う、うん……!」
ゴクリ。
何をいうつもりだ……。
「自分を主人公にするのはやめろ。見ていてお父さんは辛い」
言ったああああああ!
まさかの父からの致命のひと言!
「物を書く分にはいいだろう。想像力も豊かだ。だが、お前自身を主人公にするにしても、名前まで一緒で境遇まで一緒にする必要はない。路地裏の話とか、お父さんは意識を失うとこだったぞ」
「ご、ごめんなさい……」
更に言ったあああああああ!!
でも路地裏の話は出すなぁ!
見ろ! お母さんもさすがにその話で目を逸らしてるぞ!
「なに、謝る必要はない。これもひとつの才能だ。次はもっといい作品を書き上げればいい。な? リーズ」
「う、うん! あたし頑張って書く!」
お姉ちゃんの頭を撫でるお父さんの笑顔は、すごく優しかった。
これでお姉ちゃんの小説も良い方向に進んでくれるかな……。
そういえば、ダリアがいない。
どこに……。
――!?
あんなところに!
なんかピクピク震えてる!
しかも徐々に吐き出されているのは晩御飯の猪肉!
消化し切る前にあれを読んだ影響か!
「ピ……ピゴ……」
この雰囲気の中飛び出してはいけない。
耐えて! ふんばって!
ダリアは小さな触腕を作り、吐き出した猪肉のソースを使って床に何かを書き始めた。
『 よゆう 』
どこがだ!
どこらへんが余裕なの!
瀕死のダリアなんて1度も見た事ないけど!?
「じゃあリーズ。また出来たら言いなさい。お父さんは少し休むよ」
「分かった! ありがとうお父さん!」
「ふふ、気にするな」
色々言われはしたが、それでも上機嫌のお姉ちゃんは自室へと駆け戻っていく。
お姉ちゃんの姿が消えたのと同時に、お父さんはその場に崩れ落ちた。
「あ、あなたー!」
「ダリアー!」
私とお母さんはすぐに駆け寄る。
虫の息のダリアはピクピクと痙攣するだけで動かない。
ダリアの様子を見たお父さんは、ダリアが床に吐き出したソースを使い、震える指先で床に文字を書き始めた。
『 ちょうよゆう 』
だからどこかだ!
ふたりして瀕死じゃん!
「あなたー!」
死屍累々のクレアノット家の夜は、ゆっくりと更けて行った。




