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034 ヘイルヘイムの祭り

 ――ミルドダンジョン中央ブロック38階層。


 食い散らかされ、ダンジョンに吸収されない魔物の死骸。

 移動するだけでひしゃげていく壁や地面。

 無理矢理に広げられた天井。


 1匹の紫色の暴威が、満たされぬ空腹を満たそうと徘徊し続けている。

 それが歩いた後に残るのは、ダンジョンのルールから外されてしまった犠牲者たち。


 地響きと共にそれは歩き続ける。


 出入口が存在するのは大陸の端の方のみ。

 故にダンジョン中央には上層がそもそも存在しない。

 

 最も贄の多い場所を目指して、暴威はその脚を進めていた。





 ◆





「祭りだ~!」


 今日はヘイルヘイムで年に1度のお祭りだ!

 いっぱい食べるぞ~!


 落とし子を倒した事でいくらかの報奨金ももらってある。

 金の貯蔵は万全だ!

 そしてお母さんにしてもらった薄いお化粧!

 

 今日のあたし可愛い。


「ちょっと待ちなさいローズ。ダリアのテイム状態について説明するわ」

「んえ?」


 そういえば、初めて冒険者になるって家を飛び出した時、お母さんがテイム状態にしてくれたんだっけ。

 すっかり忘れてた。


「ダリアいらっしゃい。家を出た時に渡したあれ、分離できる?」

「ピ~ピピ~」


 ダリアがその体を少しだけ分離させ、切り離す。

 床に落ちたそれはやがて硬くなり、石のようになって転がっていく。


「ちゃんと出せたわね。これでダリアはテイム状態じゃなくなったわ」

「え? 大丈夫なの? 街中をスライム連れて歩くのは誤解を招くからって言ってなかった? というか、私と繋がってるんじゃないの?」


「元々繋がってないわよ」


 なんですって。

 どういうことなの。


「この石はね、テイムされている状態に擬態出来る石なのよ。私が若いころにけっこう使い勝手が良くて使ってたの」

「普通にテイム状態にしてくれれば良かったのでは」


「出来ないのよ。ダリアは存在が高位過ぎてテイム不可能なの」


 あーそういう。

 

「クライムとかにはバレてたみたいだけど、結果なんともなかったんだしオッケーでしょ!」


 そういえば、レクティ・スライムって事で警戒してたな最初。

 よくよく考えれば、本当にテイム状態なら心配も警戒もする必要ないのか……。


「でもなんで今になってやめるの?」

「もう必要無くなるからよ。少なくてもヘイルヘイムではね」


 そうなの?

 なんで?


「おい、準備できたか?」

「こっちはもうオッケーだよ~」

 

 お父さんとお姉ちゃんだ。

 右腕の無いお父さんは、いつもの服に着替えるのもひと苦労のようで、お姉ちゃんに手伝ってもらっていた。

 あの腕を見るたびに心が少しざわつく。 


 で、お姉ちゃんだけど……おめかしに気合が入りすぎている。

 あの小説の願望をここで果たそうとでも言うのか。


「ちょっとリーズ……こっちにいらっしゃい……」

「なに~?」


 お母さんがお姉ちゃんを連れて部屋の奥へと消えていく。

 化粧のやり直しをするんだろうな。

 あれは酷いもん。

 美貌も色香もあったものではない。


「全く、女は準備に時間がかかるなぁ」


 デリカシーの無いひと言ですねぇ。

 思ってても言っちゃダメだよお父さん。


「あ、そういえば、お父さんもアイギスさんに会ったって言ってたじゃん」

「ああ、会ったぞ。と言ってもお前たちみたいに会話したわけじゃないがな……」


 アイギスさんが訪ねて来た日、事後処理から帰って来たお父さんは目を輝かせていた。

 あの英雄をこの目で見たんだ。と、まくしたてるように自慢してきた。


 結局、私とお母さんが会話をした事を告げるととてもしょんぼりしていた。

 お父さんも話したかったそうだ。


「お父さんの目標だったんだってね。どんな人なの?」

「……ああ、そうだな。若い頃にな、あの人の剣を遠巻きに見た事があってな。その流れるような剣技に憧れたものだ。どんな人かって言われると少し困るがな。直接の知り合いなわけでもないし……」


 ハワードは、落とし子と戦うローズの姿がアイギスのそれに重なった事を言わなかった。

 言えば、娘が遠くに行ってしまいそうな気がしたから。


「えーとね、どういう英雄なのかなって」

「ああ、そういう事か。あの人は、魔力を一切持たない事で有名な完全物理型の英雄だ。武器適正も多くてな、魔術に対抗するために4種類の武器を使いこなすんだそうだ」


 なんか私と似てるかも。

 いや、私が似てるのか。


「斧に剣に鞭に暗器。特に剣と暗器の扱いに長けているとかでな。複数の武器を使うとか、まるでどこかの誰かさんにそっくりだ」

「私もちょっと思った」


 ふたりでクスクスと笑い合う。


「もしかしたらお前は――」


「ほらー。もう行くわよー」


「あ、ああ。今行く! ほら行くぞローズ! ダリアも行くぞ!」

「え、あうん」

「ピピィ~!」


 何かを言いかけたお父さんは、誤魔化すように私たちを急かす。

 そんな大した話でもないだろうと、特に気にも留めず街へと向かった。




 ◆




「はわわわわわ」


 人、人、人。

 人が多すぎて目が回る! 

 というかこんなに人いっぱいいたの!?


「なにやってんのローズ! ほら! 向こうの屋台に行こ!」

「わわ! 待ってよお姉ちゃん!」


 姉に手を引かれ、駆け足で屋台へと向かう。

 頭の上に乗っているダリアが、ポヨポヨと走る振動で震えていた。


 到着したのは串焼きの屋台だ。 

 よく焼けた肉の匂いが胃袋を鷲掴みにしてくる。


「おじさん? 串焼き5本ちょうだい」


 何故か少し艶っぽく注文する姉。

 やめろ。


「あいよ。銅貨50枚だよ」

「じゃあローズお願いね」


 え、嘘でしょ。

 妹にたかるの?


「ローズはお金持ちでしょ!」


 いやそんなお金持ちなわけではないんだけど。

 まぁいいか。

 心配かけたしね?


「まいどっ」


 渋々払ったけど、1本銅貨10枚って高くない?

 普段なら4枚とかだったと思うんだけど、お祭り効果ってやつかな。


 2本渡され、お母さんとお父さんの場所まで戻る。

 内1本は既にダリアが頭の上で消化し始めていた。


「あら、串焼き? ありがとリーズ」

「お、この串焼き旨いんだよなぁ」


 お父さんとお母さんも串焼きを手にし、それを頬張り始める。

 軽く腹ごしらえをし、今度は5人でゆっくりと祭りの様子を眺めて歩いた。


 途中、屋台という屋台を網羅し、お祭りならではのゲームに興じる。

 見知らぬ男に声を掛けられる母や、それに激怒しては鬼の形相になる父。

 無い色気を全面に押し出す姉。

 暴食を繰り返すダリア。


 いっぱいいっぱい笑った。

 こんなに笑ったのは久しぶりってくらいに。

 こんなに心穏やかに楽しんだのも、本当に久しぶりな気がした。


 平和で優しい時間はあっという間に過ぎていく。



「よぉハワード。時間通りだな」

「やっほーローズちゃん!」


 ザミさんとクライムさんと合流し移動する。

 この祭りの1番のイベントを見るために、特等席を用意してくれているそうだ。


「ここって、ギルドの屋上?」

「ああそうだ。街を救ってくれた英雄には、1番いい場所で見てほしくてな」


 この場所には、私達家族の他にはクライムさんとザミさんしかいない。

 貸し切り状態だ。

 あと、英雄って呼ぶのやめてほしい。


「はいはーい! エールに串焼きにパスタ! 他に沢山食べ物を用意しましたよー!」


 ザミさんが持ってきた食べ物はすごい数だった。

 もうけっこうお腹いっぱいなので食べられる気がしない。


「お、じゃあ俺はエールと串焼きを貰おう」

「私もそうしようかしら」

「じ、じゃあ私も……」


 お姉ちゃんも!?

 エールってお酒だよね!?


「ほら、ローズも飲んでいいわよ。もう大人だしね」


 いや、え。

 この世界では大人でも、まだ12歳だよ!

 発育に大きく影響するのでは……!


 でも飲む。


「に、にがぁ……」


「ハハハ! 小娘にはまだ早かったか!」

「この苦みがいいんじゃないれすか~」


 ザミさんが微妙に出来上がっている。

 早くない?

 

 だが、小娘と呼ぶ相手はもうひとりいるぞ!

 お姉ちゃんもエールは苦手なようだぞ!


「お姉ちゃん美味しい?」

「え? ええ! 美味しいわよ!」


「嘘ばっか。全然減ってないじゃん」

「ちょっとずつ飲みたい派なの!」


「無理しなくていいんだよお姉ちゃん?」

「大丈夫だってば!」


 ふふ、そんな事では色香は出ませんぞ?


「お、そろそろ始まるぞ。向こうを見てみろ」


 ん? 何が始まるんだろう?

 花火とか?


 中央広場にある噴水あたりが暗くなっていく。

 すると、なにやらパレード感満載の音楽が流れ始める。


「ピピ~?」

 

 不思議そうにしているダリアを抱きしめながら、それをちょっとワクワクしながら見守った。



 突然、噴水の水が上へと高く舞い上がる。

 それは角度を作り、水の壁を形成し、下から様々な色で照らされては鮮やかな色彩を放っている。

 そして次々と色々な場所から水が上がっていく。

 

 光の当て具合が上手いのだろうか。

 まるで赤い水、青い水、黄色い水が空中で踊っているようだった。


「ふわぁ……」

「綺麗ね……」


 噴水ショーだ。

 水と光を使った噴水ショー。

 

 色とりどりの水が形を作り、生きているかのような動きで観客を魅了していく。

 魔術を用いて作られた形は、さまざまな動物だったり食べ物だったりする。


「お、出るぞ」


 ひと際大きく水が打ち上げられる。

 そこから形作られた物を見て、私は開いた口が塞がらなくなった。


 それは、スライムと一緒になって歩いている女の子。

 彩られた水が魔物を形作り、女の子とスライムがそれを倒していく様子が描かれていく。


 終盤、突然倒れ込む女の子と、それに寄り添うスライム。

 起き上がった女の子はスライムを抱き寄せ、座ったまま眠ってしまう。


 寄り添い合うふたりの姿が、サァーって霧となって消えて行った。 



 ショーが終わったのか、噴水付近は明るくなっていく。


「あ、あの……これって」

「ああそうだ。あれはお前とダリアだ。この街の連中はお前に救われた事を知らない。だが、多くの冒険者たちは知っている。あいつらが、街の重鎮共に掛け合ってこれを計画したんだ。さっきの出し物も、あいつらが自分でやったんだよ」


 噴水の傍で、赤プレートの魔術師と老け顔の神官が息を切らして座り込んでいる。

 ローズからは見えないが、彼らはやりきった感を出しながら誇らしげだ。


「町のほとんどの連中には、なんの意味があるのかは分からないだろうが問題ない、あいつらはお前にさえ伝わればいいんだとよ」


 感動か、感激か。

 一筋の雫がポロっと頬を伝う。


「あ、ははは。ちょっと感極まっちゃった……」


「ハハハハ! お前を泣かせられたんならあいつらも満足だろうよ! おら! まだ酒も食い物も残ってるぞ! 食え食え食え!」


 それからすぐ、ゲイルさんにミランダさん。

 それにザトラスさんっていう赤プレート冒険者。

 他にも沢山の冒険者さんたちが集まってきて、屋上は宴会騒ぎになった。


 知らない人、見た事ない人も。

 みんなみんな、優しく私の手を取ってくれて、口々におかえりと言ってくれる。


 家族におかえりと言われたのとはまた違う暖かさ。

 すごく、すごく嬉しかった。


 でも、ゲイルさんが後で来るだろうと言っていたフィオさんは。


 最後の最後まで、来ることはなかった。


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■ 本小説の世界の中で、別の時代の冒険を短編小説にしました。
最果ての辺獄

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