033 母の腕の中で
最後に残った胸の部分。
それを更に縦に裂かれ、落とし子は完全に沈黙する。
青紫色の体はシュワシュワと音を立て、グズグズに溶けてその質量を失っていく。
へへ……やったぞぉ~……。
ピィピピィ~!
直後、張っていた気が緩んだのか、ローズは背中からその場に倒れ込んだ。
「――!? ローズ!」
横たわる娘に駆け寄る父と母、それとハゲ。
別の方向からも、老け顔の神官と露出の高い女戦士が駆け寄ってくる。
離れた位置でそれを見つめていたのは、赤プレートの魔術師と青い髪の青年だけだった。
◆
――あれから7年。
色んなことがあったけど私は、母親の血を継いでいないのではないかというほどにボンキュッボンになった。
すれ違う男性は必ず振り返り、むせ返るほどの色香はもはや罪としか言いようがない。
今日もひとり街をねり歩き、その美貌で男たちのハートを仕留め続ける――。
「…………キッツ……」
ダンジョンから生還し、無事落とし子を倒してから2日。
現在、私は実家のベッドで療養中です。
目覚めてすぐは酷かった。
お父さんもお母さんも子供のように縋りついて泣くんだもの。
その後は、クライムさんとザミさんがお見舞いに来てくれて、ゲイルさんやミランダさんも来てくれた。
ミランダさんはすごい泣き顔だったかな。
ゲイルさんの泣き顔は汚かった。すんごく。
フィオさんは用事があるとかでいなかったけど。
皆がいなくなった後に、お姉ちゃんがやってきて大量の本を置いていった。
だいぶ泣きはらした跡が顔に残ってたけど、気づかれていないつもりだったのかな。
お父さんとお母さんが私のことで夢中になっている間、ずっとひとりで支えていたみたい。
お姉ちゃんがいなかったら、お父さんもお母さんもとっくに倒れてただろうってザミさんが言ってた。
私も大変だったけど、皆も大変だったんだなぁ。
すごい心配かけてしまってちょっと申し訳ない気持ちになる。
それもこれも全部あの地震がいくない。
あれがなければこんなことにはなっていない。
でもそれと同時に、ここまで強くもなっていない。
こんなに成長することもなかった。
……。
そして今は、本を読んで暇を潰しています。
いま読んでいるのは、お姉ちゃんが持ってきてくれた数冊のうちのひとつ。
これはその、お姉ちゃんの自伝というか、妄想100%の小説みたいなもので……。
薬売りから王子様に見初められて王宮に上がり、即没落した後にひとりで逞しく生き抜くみたいな。
そんな感じの内容。
「著者、リーズ・クレアノット……」
出版するつもりなんだろうかこれ……。
3分の1くらい進んだところで7年も経過しちゃう。
残りは7年後の話なのかな。
7年って割と書くこと多いんじゃ。
てかボンキュッボンて。
色香て、美貌て。
そしてこれを私に見せる意味とは……。
とりあえず続きを読む。
――今日もひとりの犠牲者が私の前に立つ。
顔もまぁ可愛いし、けっこう筋肉質。
夜も楽しめそうね……――。
「…………マジかこれ……」
え、そういうのも書いちゃうの?
妹に何を読ませる気なのか。
感想とか求められたらどうしよう。
これを書いたのがお姉ちゃんでなければ別になんとも思わないんだろうけど。
更に言えば、この主人公がお姉ちゃんとは別人として書かれていれば問題なかった。
でもそうじゃない。
この小説の主人公の名前はリーズ。
完全にお姉ちゃんだ。
正直きつい。
でも一応読む。
喉乾いたからちょっと水飲も。
――暗い路地裏に連れ込まれ、強引に唇を奪われる。
もう、我慢の利かない男の子だこと。
でもそういうの嫌いじゃないわ。
私は腕をゆっくりと男の首へと回していく――。
「――ゲバッハ!」
口に含んでいた水が盛大に飛散した。
「あら、起きたのローズって……なにしてんの」
「ピィ~ピピィ~」
お母さんとダリアだ。
何やら薬草の詰まったカゴを持って部屋の中へ入ってきた。
「あ、うん。ちょっと本を読んでたとこ。むせちゃっただけ。なんか手伝おうか?」
タオルで周りを拭きながらそう答える。
「いいわよ、あんたは寝てなさい。体中傷だらけなんだから」
う、確かに……。
乙女の柔肌だというのに凄まじい量の切り傷。
これやっぱ残っちゃうよね……?
「傷跡なら心配しなくていいわよ。ほとんどは治癒魔術で消せるらしいから……」
あ、そうなんだ。
よかったぁ、嫁の貰い手が居なくなるとこだったよ。
「ただ、背中の傷は難しいかもって話だったわ……」
「そ、そっか……」
嫁の貰い手が居なくなったよ。
「そういえば、お姉ちゃんは?」
「リーズなら今は街に行ってるわよ。本業の薬を売りにね」
「ふーん」
よかった。
今はどんな顔で会えばいいのか分からない。
突然、コンコンと開いたドアをノックする音が響く。
見知らぬ女性が部屋の前に立っていた。
「すまない、ここがクレアノット殿のお宅で間違いないだろうか」
「え、ええ。そうですけど、勝手に入ってくるのは非常識では……?」
お母さんが明らかな怒気を混じらせて応対する。
なんの断りも無しに家の中に侵入しているのだ、当然だろう。
と、言いたいが全く気付かなかった。
それこそノックの音がするまで。
怒りを露わにしているというよりは、警戒していると言った方が正しい。
「ああ、そうか。そうだな、そうだった……うん。すまない、やり直させてくれ」
そう言うと、女性は部屋を出て玄関先まで移動する。
その様子を部屋から出て、お母さんと一緒になって見守った。
膝まである長い黒髪をたなびかせながら、玄関の扉を内側からノックする女性。
その所作は少し粗暴ではあったが、どこか洗練されたものを感じさせる。
「すまない、ここがクレアノット殿のお宅で間違いないだろうか」
本当にやり直してる……。
そういう問題じゃないと思うんだけど……。
◆
「うむ、このお茶は旨いな。ありがとう」
結局、クライムさんに聞いてやってきたということだったので、家に上がらせた。
私に用事があるらしく、ベッドの横で椅子に腰かけ、お母さんが出したお茶で喉を潤している。
「あの、それでどちら様でしょうか……。私にいったいなんの用が……」
「ああ、そういえば名乗っていなかったか。いなかったか? ん? どうだったか……?」
いや、今どちら様か尋ねたんだから名乗ってないに決まってるでしょ。
綺麗な人だけど、変な人だなぁ。
「私はアイギス・クロドビクと言う。君に礼と謝罪を言いにきた」
「アイギス……?」
おや?
お母さんは聞いたことがあるのかな?
私は全く聞いた事がないし、この人にも見覚えが無い。
なんで知らない人にお礼と謝罪を言われるんだろう。
「ジャガーノートの落とし子は君が倒したと聞いた。私がもっと早く到着していれば、そのような苦労は掛けなかったというのに、本当にすまない。そして君が倒してくれたおかげで、被害は全くと言っていいほど無かったそうだね。礼を言わせてくれ」
「い、いえ。私ひとりでは無理でしたし……」
お、おおう?
もしかしてどこかの偉い人?
国を代表してとかそういうやつ?
「謙遜しなくていい。単独で強化状態のあれを倒せるものなど、そうそう居はしない」
「ソ、ソウナノデスカ」
やばい、お偉いさんかと思ったらちょっと緊張してきた。
「はは、小さな英雄の無事な姿が見れて良かった。では私は行くよ。見た目通り私は忙しい身でね。君とはまた会えるだろう、その時はゆっくり話そう」
「あ、はい……」
見た目からは忙しい人なのかどうか分かりませんけど。
むしろ、マイペースな感じが多忙さなど感じさせないんだけど。
でももう帰るんだ。
本当にお礼と謝罪のためだけに来たのか……。
変な人だと思ったけど、意外に真面目な人なのかも。
しかし、小さな英雄というのは気恥ずかしい……。
「旨い茶もありがとう。それではな」
女性は立ち上がり、スタスタと部屋を出ていく。
呆然とする私たちを気に留めることも無く、そのまま玄関の扉を閉めていなくなった。
「え、あ!?」
お母さんが慌てて追いかけ扉を開けるが、既に姿は無かったようだ。
……。
戻ってきたお母さんがベッドに腰かけて口を開く。
「はぁ……失敗した。お父さんが来るまで粘ればよかった……」
どゆこと?
「なんで? 知らない人でしょ?」
「まぁ直接会ったのはこれが初めてね。まさかあんな感じとは思ってなかったから気づかなかったわ」
「え? だれなの?」
「この大陸の英雄様よ」
「ふーん……」
……え?
「え……!?」
思わず大きな声が出た。
「ちょ、ちょっと……びっくりするじゃない」
いや、びっくりしたのはこっちなんですけど。
あの人が英雄だなんてびっくりなんですけど。
「けっこう変な人だと思ったんですけど……」
「まぁ私もそう思ったわよ。なんか浮世離れしてる感じだったしね。英雄って皆ああなのかしら?」
英雄になった代償に常識が欠如するとか?
なんじゃそりゃ。
「ま、とにかく名誉なことよ。良かったじゃない。誇るといいわよ、この小娘めが」
お母さんの人差し指が、優しく私のオデコを押す。
「やったな~!」
「きゃ~!」
ベッドの上でお母さんを押し倒し、頬をつねってやった。
お母さんはされるがままだ。
「でも本当に無事で良かったわ……。おかえりなさいローズ」
「……うん、ただいま」
「ピィ!」
ダリアが、自分も帰ってきたよ!
とアピールするかのように横にすり寄ってくる。
「ふふ、ダリアもおかえりなさい」
「ピィ~!」
そんなダリアを右腕で抱え、私はお母さんの胸にボフっと頭を埋める。
そこからは顔を上げられなかった。
2か月近くもダンジョンの中を彷徨い、ついに戻ってきた地上。
ようやく見ることができた家族の顔。
激動に次ぐ激動に、感情が追い付いていなかったのかもしれない。
今になって、戻ってきたという安堵感が広がっていく。
埋もれたまま、私は声を出さずに静かに泣いた。
お母さんがそれを優しく抱きしめてくれて、ダリアが強く寄り添ってくれる。
そのせいか……。
私は、涙の量がほんの少しだけ増えた気がした。
第一章『ふたりの冒険』は完結となります。
ここまで読了頂き、誠にありがとうございます。




