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032 小さな英雄

 ローズは、後ろ手に白い液体をハワードに投げつける。

 それは体に染み込んでいき、無くなった腕こそ元には戻らないが、外傷のほとんどはその場で治ってしまった。


「な……」


 そのまま振り返ることなく、ローズは脚を前に出す。

 1歩、また1歩と、まるで挑発するかのように斧を振り上げながら。

 ゆっくりと落とし子へ向かって進んでいく。


「ギァ……!」


 怖気ていた落とし子は逆上し、身を震わせながら前に飛び出す。

 するとすぐローズは横へ距離を取り、その攻撃を受け流し始めた。


 様子がおかしい。

 ローズの動きが、なんというかこう。

 ぎこちなく見える。


 その様子に、クライムが顔を覗かせて口を開いた。

  

「ローズの奴、完治したのか……?」


 違う。


「さっきのはいったい……。ハワードの傷が全部治っちまった。それに落とし子の腕を落とすとは……」


 あれは違う……。


「だが、なんだローズの奴……。精細さに欠けるというか……動きがおかしいぞ……」


「あれはローズじゃないわ……」


 クライムの言葉を、ルシアは否定する。


「なに……? じゃあなんだ……。どう見てもお前の娘だろう」


 確かにそう。

 あの体は紛れもなく娘のもの。

 

 でも今、あの体を動かしているのは娘じゃない。



 ローズの中から絶え間なく聞こえてくる鳴き声。

 泣き出しそうになるほどに悲痛で、優しい優しい叫び声。


 起きて、起きて、と。

 早く、早く、と。


 優秀なテイマーであるルシアにのみ聞こえてきた。

 愛情の念波。



 ――もう全部治ってる。

 早く起きて。

 このままだと大切なものが全部壊されちゃう。


 僕じゃ守れない。

 守れるのはローズだけ。

 

 だから早く。

 お願いだから起きてローズ――。



 落とし子の攻撃を防ぐローズの中から、そんな想いだけが繰り返し聞こえてくる。

 泣きじゃくっているような鋭い感情が伝わってくる。


「ダリア……」


 今の今まで、ルシアは1度もダリアの声を聞いたことがなかった。

 どんな魔物であろうと、言葉を介して意思疎通を図ることができるはずのルシアにとって、それは異常なことであった。

 

 そんな異常な魔物を、当初は受け入れられなかったルシアだったが、ローズが絶対に大丈夫だと言うので押し切られる。

 娘を信じることにし、共に暮らして数年。


 ルシアとハワードだけが、ダリアがレクティであることを知る。

 

 危険ではないのか。

 突然牙を剥かれれば、ひとたまりもない。


 そろそろ野に返そうとローズに提案したことがあった。

 しかし泣きわめき否定され、諦める。

 ローズは頑なに大丈夫だから、と言い張っていた。


 そこから更に数年、今度は娘と共に冒険者に。


 それまで何も無かったし、長い間一緒に居たことで情も移っていた。

 冒険に出ると言うローズの横に、この子が居てくれればきっと大丈夫。


 ダリアがレクティであることを、逆に幸運だったとさえ思った。


 でもそれは、ずっとずっとローズが信じ続けたからだ。

 たったひとり、ただの1度も疑うこと無くダリアと共にあったからだ。 


 そしてそれは正しかった。

 ローズがずっとダリアを守り続けたように、ダリアもずっとローズを守ってくれていた。

 きっとダンジョンの中でも変わらず、今私たちを守ってくれたように。


 従属されているわけでもなく、隷属されているわけでもなく、契約を交わしたわけでもない。

 1匹の魔物が、家族として大切なものを守ろうと、娘のために必死でもがいてくれている。



 何してるのローズ……!

 ダリアがずっと呼んでるでしょう……!

 さっさと起きなさい……!


 ダリアの感情の念波の影響か。

 泣くことのできぬ体で鳴き続けるダリアに代わって、ルシアの瞳からは大粒の涙が溢れだす。


 ダリアの声が、想いがローズに届くことを、ルシアは強く強く祈った。




「ギァガガァァア!」


 防戦一方のローズに、落とし子は徐々に攻め手を大胆に変えていく。

 腕を落とされたことで強く警戒していたはずが、今は勢いづいて攻撃に専念している。


「……」


 無言でそれを捌き、躱し続けるが、苛烈さを増していく猛攻に体がついていかない。

 ついには斧を弾かれ、無防備になった腹部へと落とし子の拳が突き刺さる。


 ――ごめんなさい。


 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 やっぱり僕じゃ守れなかった。


 ごめんなさいローズ――。


「ごめんね」


 腹に突き刺さる寸前で、無数の盾が折り重なって落とし子の拳を受け止めている。

 受け止めた盾はバキバキに破壊されてはいたが、すんでのところで届いていなかった。


 弾かれていた斧を持つ拳に、グッと力を入れる。

 そのまま豪快に振りぬき、落とし子の残った片腕を切り飛ばした。


「ギィァアァア!」


 両腕を失った落とし子は後ずさり始める。

 腕の切断面を見ながら、耳障りな鳴き声を上げ続けている。


「……ごめんねダリア。ちゃんと全部聞こえてたよ。ちゃんと見えてたよ。お母さんたちを守ってくれてありがとうね」


 意識を取り戻したローズが、しっかりとした口調で言葉を贈る。

 その瞳には、いつもの輝きが戻っていた。


「後は任せてって言いたいところだけど、私ひとりじゃ厳しいから、一緒に戦ってくれる?」


 ――ピィ!

 

 いつもの鳴き声が頭の中に響いてくる。

 ダリアの意思が伝わってくる。


 ふたりであんな奴、ケチョンケチョンにやっつけるよ……!

 ピピィィ……!




 剣が舞い、槍が落ち、鞭が薙ぐ。

 空間に発現し、固定させた武具を足場に、ローズは縦横無尽に動き続ける。

 ダンジョン内での戦闘よりも数段速いその動きに、落とし子は反応が間に合わない。


 動けるし見えるし痛くないし!

 絶好調だ!

 ピィ!


 ダリアは現在、ローズの体内で全身に薄く広がっている。

 その体をクッションに、限界を超えた動作の衝撃を和らげ、ローズと共に受け続けたゲイルの治癒魔術を使い、加速した血の流れによる損傷を治し続ける。

 更に、筋肉に付着しその動作を補助することで、ローズの身体能力を爆発的に上昇させた。


 体への負担を一切気にすることなく、増強された膂力でローズは動き続ける。


 だからと言って油断していいというものではない。

 ダリアには痛覚が無いため、外傷を受けたかどうかが判断できない。

 治癒も、部位が残っているのならば治すことは可能だが無くなってしまえば治せない。

 

 決して無敵になったわけではない。




 腕を失い、攻撃手段を無くしたと思われた落とし子が、上半身から隙間なく小さな触手を伸ばし始める。

 そしてそれは全方位に一気に伸び、捉えきれないローズを3次元的な面制圧攻撃で迎撃する。


 入り込む隙間が無かったために、ローズは後退しながら迫りくる触手を切り裂いていく。

 斧では絡めとられる可能性があったために、剣で。

 その際に動きが止まり、触手は標的を見定め一斉に向かう。


 だが触手は、伸びる速度よりも速く動くローズに追い付けない。

 攻撃は継続しつつも、落とし子は余った触手で自身の体を守るように包み込んだ。

 

 その様子を、ローズは触手を捌きながらジっと観察している。




「うぐ……」


 戦闘を見つめるルシアの腕の中で、ハワードが呻き声をあげて目覚める。


「ハワード!」


 目の前には最愛の妻のクシャクシャの顔がある。

 どうやら俺はまだ生きてるらしい。


「目が覚めたか、体の方はどうだ? 軽く確認したが傷は全部治ってる。腕は無いが命に関わるようなことはないはずだ」

「あ、ああ。そうだな……。それより、落とし子はどうなった……」


 クライムが首と親指で、向こうを見ろ。と言ってくる。


 起きたばかりなためか多少霞む目で言われた方角を見つめる。

 あの落とし子が両腕を失い、たったひとりを相手に防戦一方になっているのが分かる。


 戦っているのは……。

 ダメだ、よく見えない。

 だが、無数の武器を使っているのは分かる。


 そしてその技量の高さも、ここから見て取れる。

 特に斧と剣の軌跡が美しい。

 弧を描く刀身が、まるでひとつの風景のようだった。


 それは、小さいころに伝え聞き、憧れ続けたひとつの伝説と重なって見える。


「だ、誰だあれは! 英雄が来てくれたのか!」


 ルシアに詰め寄るハワードの顔は必死だ。

 

「まぁ、英雄と言えば英雄ね。私たちの小さな英雄さんよ……」

「違ぇねぇな」


「は、はぁ?」





 蠢く触手で尚も分厚くその身を守る落とし子。

 だが、攻撃のためにそれが伸びると、必ず手薄になる部分が存在した。


「下がガラ空きぃ!」


 速度と回転の勢いで、過剰なまでに威力が上がった斧の斬撃。

 攻撃のために手薄になった触手ごと、腰を切り払い切断する。


「アギ……」


 倒れ込みながらも、触手をローズ目掛けて伸ばし続ける。

 しかしそれは地面に突き刺さるだけ。

 標的は既にいない。


 地面に落ち、横になった落とし子は、もう胸の部分しか残っていない。

 増量させ続けた触手のせいで、自身の下方向が全く見えなくなっていた。


「アギィイイ! ギガァァアア!」


 軽い身じろぎしかできぬまま、胸の口は喚き続ける。


「これで終わりだよ」


 落とし子からは見えぬ位置に立ち、上半身を右にくねらせ力を溜める。

 更に斧の周りに6本の剣を羽根のように発現させる。

 

「ふ……ッ!」


 全身のバネを駆動させて放った渾身の薙ぎ払いは、落とし子の胸を隠していた触手たちを蹴散らした。

 がら空きになった胸の口。

 その中の眼球と目が合う。


 その瞳からは、何かを強く憎むような。

 淀んだ光しか見えない。


「ギイィィィイイァアァアァア!」


 新たに触手の防御幕を張る時間などなかった。

 落とし子にできたのは、その瞬間を見つめることのみ。


「ばいばい」


 無防備な胸に、最後の鉄槌が真っ直ぐに振り下ろされる。

 落とし子の眼球は、自身を切り裂く斧の刃を両脇から最後の瞬間まで見つめ続け。


 ついには、瞳の中にある核を両断された。

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■ 本小説の世界の中で、別の時代の冒険を短編小説にしました。
最果ての辺獄

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