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030 倒さねばならぬ脅威

「吹き荒べ、クラウン」


 ルシアの号令に、鳥獣が暴風を呼ぶ。 

 竜巻が直線で落とし子へと向かい、体表前面を切り裂いていく。

 

「【ドゥロ・フィアンマ】!」


 唯一残った赤プレート冒険者のザトラスが、炎の魔術を叩き込む。

 竜巻に巻き取られた炎は落とし子の体に巻き付き、全身をくまなく燃やし始める。


 だが落とし子は意に介さない。

 左腕を地面まで伸ばし、残った右足と交互に前に踏み出してくる。


 体中に付いた眼球が、口の中にある眼球が。

 一点を凝視して動かない。


「何を見て……」


 ――まさか!?


 落とし子の視線の先。


 そこには、横たわり治療を受けているローズの姿があった。

 こいつの狙いは……!


 同時にクライムも気づく。


 やはりあれはローズを追ってここまで来たのだ。

 追ってきた理由など、あの傷を見れば一目瞭然。


 自分を殺しうる存在を消しに来たというわけか。


 落とし子の右手から爪が伸びる。

 一直線にローズへと迫る爪は、残り2メートルほどのところで何者かに切断されて届かない。 


 ハワードだ。

 娘に向かってきた脅威を、父が振り払った。

 それは、1か月以上も祈ることしかできなかった情けない父親の姿ではない。

 少し前までの、全てに絶望した矮小な父親の姿でもない。


 漸く娘のために戦うことができると、闘志に煮えたぎる父親の姿だった。


「やっと帰ってきた大事な娘に……何する気だこのダボがぁあ!」


 怒号をまき散らし一気に落とし子へと詰め寄るハワード。

 鋼色の長剣が、落とし子の四肢を切り落とさんと煌めき舞う。


 右腕の爪だけでそれを捌きながらも、落とし子は徐々に後退していく。


「全くだ」


 背後に姿を現したのはクライムだった。

 落とし子の背中に拳打を浴びせまくる。


 対応しきれない落とし子は、瞬間的に回転し爪を広範囲へと放った。


 だがその爪はハワードにより上から叩き切られ、なんの破壊も作り出せない。

 無防備に伸ばされた右腕は、即座に放ったハワードの2撃目で宙を飛んでいく。


「ギイイイイガアアアアアアアアアア!」

 

 怒り狂った落とし子は咆哮を放ち、大きく後方へと飛んだ。

 着地と同時に右足を地面に突き刺し、自身をその場に固定する。


「おーおー。怒り狂った父親ってのは怖いねぇ」

「茶化してる場合か、それを言ったら母親の方が怖い」

「違ぇねぇな」


「あ?」


 ルシアはまるでチンピラのような反応を見せる。


 戦闘中だというのに、随分余裕だな……。

 ザトラスはひとり魔術陣を構築しながら、目立たないように援護しようと心の中で呟く。


「ギゴ……ギギ……」


 この間、落とし子は自身の中に筋肉を圧縮して続けていた。

 十分な時間があったために、そのまま腕と足の再生を行い始める。

 

 無くなっていた手足は新たに生え、残った四肢も含め全てが歪な形になって強化された。

 首元にあった醜悪な口は消え、代わりに胸の位置にその口は現れる。


 その中にはひと際大きな眼球がギョロギョロと動いているのが見える。


「こっからだぞクライム」

「本気を出したおじさんがどれくらい怖いのか教えてやるよ」

「母親の本気も見せたげるわ」


 ザトラスは少し離れた位置で、俺も頑張るぞっ。と意気込んだ。

 

 落とし子が再生に時間をかけていた間、クライムたちは何も余裕をかましていたわけではない。

 落とし子を倒すには、今現れた胸の巨大な眼球を潰す必要があった。


 それが出てくるまでは何をしてもほとんど意味が無い。

 あの状態に移行する条件は四肢の半分を失うこと。


 滅することができる状態になるのを待ったのだ。


「ルシア! ザトラス! ぶっぱなせ!」


 クライムが大声で叫ぶ。


「消し炭にしなさいクラウン!」

「【ドゥロ・トネル】!」


 先んじて、ザトラスの放つ雷撃が落とし子に直撃する。

 続いて鳥獣が起こす気流が暗雲を作り出す。


 直後、稲光が落とし子へと飛来。


 凄まじいまでの轟音と衝撃。

 受けた落とし子の状態は如何ほどか。


 確認することもなく、ハワードとクライムは前に出ている。


 距離を詰めた頃には、真っ黒になった落とし子が目に入る。

 左前からハワードが斬撃を。

 右後ろからクライムが拳打を。


 挟み込むように渾身の一撃を見舞う。


 ガイィンッと鈍い金属音が響く。


 ハワードの剣も、クライムも手甲も、落とし子の右腕と左腕に阻まれていた。

 その腕はゴツゴツと歪に尖り、ふたりの武器にヒビを入れてしまうほど硬い。


「なん――」


 武器の損傷に戸惑ったふたりは距離を取る。

 しかし大きく退いたはずのハワードの懐には、落とし子が胸の口をニヤつかせて拳を握っていた。

 焦げたはずの黒い体は既に紫色に戻り、口の中の眼球もイヤらしく嗤っている。


 落とし子の腕が視界から消える。

 それと同時にハワードの体は、くの字に曲がった。


「おぶッ……」

「ハワードォ!」


 離れた木々の中まで吹き飛ばされるハワード。

 大木に衝突すると、衝撃で中腹からその木は折れてしまった。


 衝突した背中は皮膚が裂け、折れた木や周囲の草むらには夥しい量の血が付着する。


「あが……ッ」


 辛うじて腹への一撃を防いでいたハワード。

 だが防ぐために受けた剣は粉々に砕け、右腕はジグザグに折れ曲がっている。


「ちぃ……ッ!」


 拳を振りぬいた落とし子の隙をつき、クライムが後ろから強襲を仕掛けた。

 いや、強襲と言えるものではなかった。


 気づかれていないつもりだったというのに、既に落とし子はクライムに向かって拳を振りかぶっている。


 ああ、まずったな。

 こりゃあ死んだわ――。


 左わき腹に突然の鈍痛が響く。


「おご……ッ」


 落とし子の拳は、タイミングを完璧に捉えクライムの上半身を消し飛ばしているはずだった。

 ギリギリでそれを回避できたのは、ザトラスの機転によるものだ。


「ゲハッ……! ハァ……!」


 小規模の石を群体で飛ばす魔術。

 それを受けたクライムは物理的な衝撃で飛ばされ、致命の一撃から逃れることができた。


「はは……、あいつに借りができたな……」


 だが、状況が変わったわけじゃない。

 まさかここまで差があるとはな……。

 おじさん、もう少しいいとこまで行けると思ってたぜ……。


 自分の力の足りなさを皮肉ってると、ルシアの叫び声が聞こえてくる。


「クライム! ハワードをお願い! 後は私がなんとかするわ!」


 そうか。

 あれをやる気か。

 まぁもうそれしか残ってねぇな……。


 クライムは落とし子を無視し、林の中に飛んでいったハワードのもとへと走った。


「やるわよクラウン……。【従魔同化】……!」


 鳥獣クラウン・フォーゲルが、ルシアの肩へとその脚を付ける。

 すると、ひとりと1羽から湯気のように迸る聖気が放出されていく。


「ギィギ……?」


 落とし子はその様子をただ黙ってじっと見つめていた。

 余裕からだろうか。

 それとも好奇心からだろうか。


 どちらでもいい。

 お前は今、この隙に私を殺さなかったことを後悔する。


 鳥獣の姿が溶けるようにルシアの中へと消えていく。

 漂っていた聖気もなりを潜め、見た目はいつものルシアに戻った。


「ふぅー……」


 手首を鳴らし、同調率を確認するルシア。

 外見からは分からないが、その能力値は爆発的に上昇している。


「ほら行くわよ。旦那を殴り飛ばされた嫁の怒りと、娘を付け狙われた母親の怒り、思い知るがいいわ!」



 ◆



「ゲイル! まだなのかよ! 全然起きねぇじゃねぇか!」

「やっていますとも! でも全然効果が無いんですよ!」


 落ち着きが無くなり、素が出ているミランダはゲイルを急かすようになじる。

 ゲイルはゲイルで、全く容態が良くなる様子を見せないローズに困惑していた。


 なぜ。

 なぜ起きないのですか。

 外傷は治っているのに、内部的なダメージまでは回復できていないということですか。


 拙僧は……!

 こんな小さな少女ひとり救えないのですか!?


 必死に。

 何度も何度も必死に治癒を施すが。


 全く効果が見られない。

 口から流れる血は一向に止まらない。


「クソ! クソクソクソオオ! なぜだぁ!」


 治癒魔術を行使し続けながら、ゲイルは自分の力の無さを呪う。

 それでも、できることはこれだけ。 

 自らを呪いながらローズの回復を祈り続けた。


 見かねたダリアが突如その体を発光させる。

 

「な、なに――」


 優しく光るダリアの体の中に、ローズが沈んでいく。

 中は白く光り続け、飲み込まれたローズの体を確認することができない。


「な、なんですかこれはぁ!」

「知るかよ! お前がやったんじゃないのかよ!」

「違いますよ! どう見てもこのスライムさんでしょう!」


 ふたりは言い争いながらも、ダリアの様子を見守り続けた。

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■ 本小説の世界の中で、別の時代の冒険を短編小説にしました。
最果ての辺獄

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