029 地上
「お、おおい! なんだこの揺れ! また地震かよ!」
「瓦礫付近の奴は退避しろぉ! 他は地面に目を配れぇえ!」
地鳴りが響くせいでクライムの号令は誰にも届かない。
だがそこは冒険者。
言われなくても分かるといった様子で、ある者は瓦礫から離れ、ある者は姿勢を低くとって周囲の地面を警戒している。
「ま、まずい……! なんで今また地震なんか……!」
やり場の無い憤りを言葉にしたハワードの横で、瓦礫の山が轟音と共に地上へと噴き出した。
岩々が飛び散り、まるで雨のように降り注いでくる。
「じ、上方警戒ぃぃいい! お前ら避けろお!」
巨大な岩石に混じって、小さな砂利までもが降ってくる。
そのせいで上は向けても目を開けていられない。
見なければ回避などできようもない。
今空中を舞っている石には1メートル程度の物もある。
これが頭部に備えも無しに直撃すれば……。
まずい……!
「嘶きなさい」
上方に向かい、1羽の鳥が咆哮を放つ。
その衝撃波は宙を舞う岩々を砕きながら、冒険者たちの頭上から脅威を遠ざけていく。
「ル、ルシアか……」
ローズの母、ルシアがテイムしている鳥獣の咆哮だった。
災害指定されるほど凶悪な魔物に分類される小型の鳥獣クラウン・フォーゲル。
王冠をその名に持つように、鳥獣種としてはトップクラスに危ない魔物。
ローズの動向を監視していたのもこの鳥だった。
「助かったぞルシア。おかげで被害は無い……。……どうした?」
ルシアは俯いたまま真っ青になっている。
傍にいたハワードも同様だった。
「……折れたの……」
「なに……?」
「剣が折れたの……」
折れた?
今までそんなことをハッキリとは言わなかったのに、何故今になってそんな。
「霊装化で消えたんじゃねぇのか……?」
「いいえ……。折れた剣の反応がどうなるかなんて、知らなかったけど……折れたことがちゃんと分かる……」
膝から崩れ落ちていくルシアを、ハワードが受け止めた。
だが、ルシアの足にはもう力が入っていない。
「ダンジョンの岩は微かに魔力があるわ……。そしてこれだけ近ければどういう状況かも分かる……。今、折れた剣の周りは、びっしりと岩で埋め尽くされてる……」
止まらない悲しみの涙で、ルシアの顔は見れたものではなかった。
そしてそれはハワードも同じだった。
「それは……どの位置だ」
「……9階層…………」
状況から考えれば、絶望的かもしれない。
だが、剣の周囲が分かっただけで、ローズの死を確認したわけではない。
「ルシア、それはまだローズの――」
「おおおい!! 誰か来てくれぇ! なんか! なんかが!」
冒険者のひとりが大声で叫んでいる。
ハワードとルシアを数度見た後、クライムは声の方へと向かう。
「なんだ! どうした!」
「そ、そこの部分がなんか! なんか動いてるんですよ!」
瓦礫の山がウゾウゾと動いているのが見える。
地震の影響の余波? その残り?
もしくは流されてきた魔物?
ローズの可能性も……。
「全員、戦闘態勢だ。だが手は出すな、俺の合図を待て」
その場の全員が動く瓦礫を見つめる。
すると、そこから白い円形の魔物が這い出てきた。
「…………だ、ダリア……!!」
ダリアの体の中には、ローズの姿もあった。
だが外から見ても分かる通り重傷のようだった。
「おい! 治癒が使える奴を連れてこい! 今すぐだ!」
「は、はい!」
怒鳴りつけられた冒険者は後ろへと走っていく。
「ダリアァ! ローズを見せろ!!」
「ピピ!?」
先ほどの冒険者と同じように怒鳴りつけられたダリアは、慌ててクライムの前にローズを優しく寝かせる。
ローズはぐったりとして意識がない。
口からはドロッと血があふれ出てくる。
喉に血が溜まってしまったのだろうか、自発呼吸があまりに弱い。
「ダリア! ローズの喉の異物を取れるか!? 恐らく血が固まってる! それを取らないとローズが死んじまうぞ!」
「ピピ!?」
吐き出したばかりのローズを飲み込み、喉の中へと侵食していく。
するとすぐに、大きく開けた口から黒い血の塊が取り出された。
「よ、よし! そのままもう1度こっちに寝かせろ!」
言われた通りにローズを寝かせるダリア。
口元に耳を立てると、弱々しいが先ほどよりも強い呼吸をし始めたのが分かる。
騒ぎを聞きつけたルシアとハワードが、血相を変えて駆け寄ってきた。
「だ、ダリア! ローズ!」
横たわる娘に駆け寄ろうとしたふたりを、クライムが一喝する。
「下がってろ! 馬鹿どもが!」
先の冒険者やダリアと同様、怒鳴りつけられたふたりはビクついた後、少し距離を置いてその様子を見つめ続けた。
クライムはローズの体の異変を調べていく。
脈拍や臓器の具合。
僅かに戻った弱い呼吸。
腕の傷や筋肉の損傷。
クライムは闘気を主体とする武術家だ。
体内を流れる気を感じ取る事に長けているため、ローズの状態をここにいる誰よりも詳しく見ることができた。
その結果。
「まずいな、さっさと治療を施さないとこのままだと死ぬぞ。中がズタボロだ、どうやったらこんな……」
「そんな……!」
「拙僧にお任せください!」
老け顔の神官、ゲイルが名乗り出る。
「ダリア、お前の上にローズを寝かせる。その上でゲイルに治癒魔術を施させる。いいな?」
「ピ!」
「いいかゲイル、死ぬ気でやれ。こいつが死んだらお前を殺すぞ」
「り、了解であります! 拙僧もこの子には死んでほしくないですから!」
不安定な瓦礫の上から移動し、しっかりとした大地の上で治療を開始する。
その様子を、すぐ横でハワードとルシアが見守っている。
「ゲイルさん……! お願いします……どうか娘を……!」
「はは……は……。お任せください……拙僧の取柄はこれくらいですから……」
ゲイルは急いで治癒魔術を施したが、見た目には効いているのか分からない。
外傷ではないせいで判別が付かなかった。
とにかくローズが目覚めるまで、無我夢中で治癒を施し続ける。
そんな中、ダンジョンの入口があった場所から少し離れた瓦礫の山。
その山が激しく揺れ始める。
いち早くそれに気づいたクライムが、冒険者全員に警戒態勢を取らせる。
「今度はいいもんじゃなさそうだな……」
強烈な爆発音と共に瓦礫を巻き上げてそれは現れた。
左足が無く、肩や胸に切り傷を持ち首から上が無い青紫の小さな異形。
それを見た全員が、身構えたまま硬直する。
……は?
これって――。
「全員下がれええ!」
放心していた冒険者たちは、クライムの声に我に返り後退する。
その中でも、凄まじい勢いで下がっていく冒険者がひとり。
不自然な動きで、まるで飛んでいるかのように真っ直ぐ後ろへと下がっていく。
その冒険者は木にぶつかると、そのまま空中で静止した。
よく見れば肩を貫かれている。
落とし子の手から伸びた爪によって。
「ギィギオ……ギグブ……」
伸びた爪をハワードが切り裂き、負傷した冒険者を避難させる。
次いで、ルシアがクライムの横に現れた。
「クライム……、あれって……」
「んああ、間違いねぇな……。落とし子だ」
「どうする……?」
「ここでこいつを野放しにしたら大変なことになる。それにお前の娘も今は動かせん。ならやるしかないだろが」
「そうね」
落とし子に対して、臨戦態勢に入るふたり。
しかしそれ以外の冒険者は竦んで動くことができない。
辛うじて動けるのは青プレートのフィオとミランダ。
それと赤プレートのザトラスという魔術師だ。
「フィオ! ミランダと協力して動けない奴らを後ろに下げろ! こいつはこっちでなんとかする!」
「わ、分かりました!」
素直に言うことを聞くフィオ。
あの異形がなんなのかは分かっていなかったが、自分が役に立たないであろうことは分かっていた。
ミランダと共に硬直している他の冒険者たちを引きずっていく。
「こっちは3人か、だいぶ心もとないな」
「ハワードが戻ってくれば4人よ」
「たいして変わらねぇぞ。相手はあの落とし子だ……」
「でも手負いみたいよ。どっちみち倒さないとまずいんでしょう?」
「はっ。随分元気になったな。さっきまでの大人しさはどこ行ったんだ」
「今言ってる場合じゃないでしょう。私はあれにローズの治療を邪魔されたくないだけよ」
落とし子相手に4人というのは不安が残るが、ルシアがいるならば……。
手負いであることを加味すれば十分勝算はある。
だがあれは誰にやられた傷だ……。
明らかに刃物で斬られたであろう斬り口。
あれをやったのはまさか……。
「来るわよ……!」
落とし子は全身の眼球を怒りに震わせながら、不揃いな歯をガチガチと鳴らし叫び出す。
「ギギギガガガァアアァア!!」




