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027 落とし子

 得体の知れない紫色の化け物とすれ違ってから1日。

 構造が単純になっているためか、その進みは更に早くなった。

 あれとの遭遇後、ダリアの速度も驚異的なまでに増していた。

 

 そして案の定、というか予想していたというか。


 魔物どころか小虫1匹見かけない。


 あの紫色の化け物が、全てを食べながら移動していたと考えるのが自然だろう。

 上に行けば行くほど増えると思っていた魔物。

 それが異様なほど少なかったのも、下層に弱い魔物が逃げ延びてきていたのも。


 全部全部あいつが原因だったのだろう。

 

 本当に見つからなくて良かった……。


 そして現在、凄まじい速度で進み13階層。


 ここに至るまでにも、やっぱり魔物の姿は見かけていない。

 つまりあいつはこの上から降りてきたんだ。


 そのおかげで信じられない速度でここまで来られたけど、なんで降りてきたんだろう。

 単純にあのサイズでは上に出られないからかな?


 そんな緊張感あふれる考察をし続けるローズの姿は、相変わらずダリアナイトのまま。

 正直しまらない。

 

 12階層に上がる階段が見えてきた。

 だがそこで、ダリアが立ち止まる。


「あれ、どうしたのダリア?」


 頭だけの状態で疑問を口にし、階段の中腹を見ると立ち止まった原因が分かった。


「え……」


 土や岩、土砂崩れでも起きたのかというような様子で、階段はそれ以上先の空間を閉ざしている。

 これでは上に上がることはできない。


「うそ……どうしよ……」


 ダリアと分離し、自分の足で周囲を調べ始める。

 ふと、目に付いた暗い空間。

 階段とは真逆の方向に、大きな穴が見えた。


 覗き込んでみるが、ライトパルスの効果は及んでいないようで何も見えない。

 だが、斜め上の方には光が見える。

 恐らくこの穴の出口だろう。


「もしかして、あれはここから降りてきたんじゃ……」


 どうする?

 ここを行けば上に行けるかもしれないけど、12階層への階段が使えないほどの崩落があったのだとしたら、当然それ以上先も埋まってるはず。

 仮に空間があったとしても、またいつ崩れるかも分からない場所。

 そしてそこは、きっとあのバケモノがいた場所。


「ダリアどう思う……?」

「ピ~……」


 しばらく考え込んだが、どっちみち進む道はない。


 ローズは折れてしまった斧の代わりに、父から貰った剣を携え、ダリアと共に穴の中を進んでいった。





 ◆





 ダンジョンの入口が閉ざされてから約5日。

 ローズの父ハワードは、あれから毎日ダンジョンの入口へと足を運んでは虚空を見続けていた。


「ハワード!」


 後ろから妻の声がする。

 ああ、いつまでもこうしていられない。

 分かってる。分かってるさ。

 

 でも、まだ諦めきれないんだ。


「ハワードってば!」


 バチィンと凄まじい音と共に正気に戻される。

 首が飛ぶかと思った。

 

 今の殺す気じゃなかったか?


「反応があったの! 近いのよ!」

「な、なにがだ……」

「あんたの剣よ!」


 俺の剣が近い……?

 いやだから何を……。


 ……ローズか?

 ローズのあの剣のことか!?


「で、でも折れたんじゃないかって言ってなかったか!?」

「ずっと反応が無いから折れたのかもって思っただけよ! それが急に反応したんだもの! きっと今まで仕舞ってたのを取り出したかなんかしたのよ!」


 仕舞って……、クライムが言っていた霊装化とかいうやつか。

 そしてそれが突然現れたということは、それがローズだという証拠……! 


「で、で! どれくらい近いんだ!?」

「え、えーと待ちなさい……多分10階層とちょっとくらいだと思うんだけど……」


 眼下に目を向ける。

 娘が、娘がこの下にいる。

 すぐ下だ。10階層なんて大した距離じゃない。


 だが、そこへ通じる道はない。


「どどどうする!? どうすればいい!?」

「わかんないわよ! どうすればいいのよ!」


「掘ればいいだろうが」


 ルシアの後ろには、クライムと冒険者が数人。

 いつの間にか大勢の冒険者が集まっていた。


「クライム……。なんでここに」

「お前らの娘に聞いたんだよ。血相変えて出ていくルシアの様子が気になってな。そしたらローズが生きてるらしいじゃねぇか、しかもすぐ下によ」


「ええ、ですから我々皆で掘り進むことにしようと思いましてね」


 爽やかな笑顔で、クライムの後ろから顔を出したフィオがそう述べる。

 続けて、不愛想な顔の女性と老け込んだ顔の僧侶のような男性が顔を出して口を開ける。


「ローズちゃん……私が助ける……」

「拙僧も手伝いますぞ……!」


「あ、あんたら……。でも既にけっこうな被害が出たはずだ、それこそ死んだ奴もいる……」


 クライムがため息を吐きながら前に出てくる。


「バカかお前は。崩落の事故も、ジャガーノートの犠牲になった奴も、別にお前の娘を助けるためのダンジョンに入ったわけじゃねぇ。異変の調査と、地上への被害を最小限にするためだ。お前が気負う必要はねぇんだよ。勿論ルシアも、リーズって嬢ちゃんもローズもだ」


「クライム……」


 10人以上の犠牲者を出したことで、ハワードとルシアはギルドへの協力要請をしなくなっていた。

 勿論、名目上はダンジョンの異変調査ではあったが、先導していたハワードとルシアはその責任を感じている。 

 その負い目から、この5日間ふたりはどうすることもできない状況に歯噛みし、鬱屈した日々を送っていた。


「おらぁ! お前らやるぞぉ!」


 クライムの声に集まった冒険者たちが動き出す。


「どいてくれやハワードさん。瓦礫がどかせねぇ」

「おいお前そのスコップデカすぎねぇか?」

「僕ならこれくらい余裕ですよ」


「ま、まて。掘ったらジャガーノートが……」


「ああ? そんなにでかく掘るわけねぇだろ。いいからお前も掘れや」


 投げつけられたスコップをキャッチし、クライムの顔を見る。

 次第に視界は歪み、大粒の涙がいつの間にか零れていた。


「すまない……。ありがとう、ありがとう……!」






 ◆






 真っ直ぐ斜めに進んだ先は、2階層分だろうか。

 そこはそれなりに広い空間だったが、パッと見、先に続くような道はない。

 見落としが無いかくまなく周囲を見渡すが、その場の異様さが目に付いてそれどころではない。


「なにこの……青い液体……」


 岩々に付着した青いような、紫なような気持ち悪い液体。

 微かにだが動いているような気さえする。

 32階層ですれ違ったあれの体表が擦りついたのだと容易に想像できる。


 そういえば、ボスウルフの背中にもこんな色の炎症があったっけ。

 もしかしてあの時既にやられていたのかな……。


「ピィ……ッピピィ!」


 ダリアの叫び声に、体を翻す。

 すると視線の先には、あの青い液体たちが集まり始めているのが見える。


「え……なに……!?」


 徐々に体積を増やし質量を増大化させていく液体は、サッカーボールほどのサイズの球体になると転がり始めた。

 球体は不自然なくらい真っ直ぐとこちらに向かってくる。

 高低差や、地面の凹凸など関係ない。

 

 真っ直ぐ、真っ直ぐとこちらに向かって転がってくる。


「ピッ!」

 

 触腕でそれを殴りつけるダリア。

 殴りつけた触腕には青い液体が付着し、ジュワっという音を立てて触腕を溶かし始めた。


「ピピ!? ピィピィ!」


 慌てて付着部分を切り捨てる。

 地面に落ちた触腕は、その全てを溶かされてしまった。

 

 殴りつけられた球体はボムボムと壁を跳ね、地面を跳ね、そしてまた壁にぶつかって止まる。


 動きの止まった球体は、花開くように変形していき徐々に姿を変えていく。

 腕や足が生えてくると、無造作に壁から落ちた。

 そして立ち上がると、頭の無い1メートルほどの小さな人型なのが分かる。

 風貌だけはまるで子供だ。頭が無いのを除けばだが。

 首があるべき場所には醜悪な口が付いており、その中には何故か複数の眼球が見える。


 ――ジャガーノートの落とし子。


 悪魔の子とされ、大陸では凶兆の証。

 これが見かけられた国は、数月もしないうちに滅ぶとされている。


「な、なにこいつ……!」


 咄嗟に剣を構えるが、対峙しているだけで嫌な汗が噴き出る。

 

 サイズも小さいし、脅威度は比べようもなく低いんだろうけど。

 あれと同じ存在なのは間違いない……。

 嫌な感じしかしない……!


 落とし子は大きく口を開き、その中の眼球をギョロギョロ動かしてはこちらの様子を見ている。


「ピピ……ピ……」


 ダリアはプルプルと震え始め、ゆっくりと距離を取っている。

 本能的になのか、よほど怖いんだろう。


 ここに来るまで、ダリアにはいっぱい助けてもらった。

 それこそ、私ひとりではこんなところまで来られなかったと思う。


 そんなダリアが怖がっている相手なら、私がなんとかしなきゃ……!


 癒えきらぬ体を奮い立たせ、剣を握る拳はより強く握りしめ、怖気る自分の足を前に出す。


「すぅー……、はぁー……」


 深く呼吸を3度吸い、私は力強く叫んだ。


「かかってこいやー!」

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■ 本小説の世界の中で、別の時代の冒険を短編小説にしました。
最果ての辺獄

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