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025 決着と限界

 ほとんど無くなっていた牙。

 肉側に残った部分が、歯茎からズルリと抜け落ちていく。


 すると、鋭く立派な牙がすぐに生えてきた。

 

「おー、すごい便利な牙」


 遠目からも大きな牙が生え変わる様が見える。

 新品ゆえに綺麗だ。 


「ガルォオオ!!」


 準備万端とばかりに巨体を震わせ、猛スピードで突っ込んでくる。 


 ローズは向かってきた狼の牙を斧で受け止める。

 その勢いを潰したと同時に、斧から手を離し姿勢を低く取った。

 そのまま足払いを放ちながら半回転し狼に対して背を向ける。


「イヒ……!」


 首と肩で落ちてくる斧を受け止め、右手で柄の端を掴む。

 立ち上がる勢いと、首を支点にしたテコの原理を利用して斧を振り上げた。

 狼の方を向くよう左に半回転しながら。


 片側の前脚を蹴られ、バランスを崩していた狼は、咄嗟に体勢を立て直すが頭の位置が低い。

 下から襲ってくる斬撃を躱すことができず、下顎が斬り飛ばされてしまう。


「ゴァ……!?」


 怯んだ狼は距離を取るが、ローズの顔が目の前にある。

 斧による薙ぎ払い。

 躱したと同時に飛んでくる剣。

 突然現れては視界を塞ぐ盾。

 意識外から来る蹴りや殴打。


 ボスウルフはこの戦闘で初めての防戦一方となった。


 

 一眼二足三胆四力。


 剣道にあるひとつの教え、あるいは考え。

 これは語る者でその内容が多少異なるが大体はこう。


 四……力とは膂力や技を指し、修練を積むことで得られ、持たぬ者を圧倒しよう。

 三……胆とは精神力や気力、気概を指し、時に力を持つ者をその精神が凌駕する。

 二……足とは間合いを制するための足運びや地の利などの利用を指し、いかに精神力で勝ろうと抗えぬ戦局を作り出す。

 一……眼とは思考や動作を見切る洞察力、予測力を指し、状況を正しく把握することで、あらゆる局面を制する。


 武の要素として大切なものを順に表したものではあるが、だからといって眼だけ良ければいいというものでもない。

 眼を活かしきるだけの足が、足を活かしきるだけの胆が、胆を活かしきるだけの力が必要。

 下があってこそ上が活きる。


 そして今のローズは、一時的にではあるがこれらが上手く作用していた。


 見続けた眼は次を予測し動作を読み切り、それによって有効な空間へと自然に足が運ばれる。

 一時的なトランス状態なのか、失敗する気がしないという胆力でギリギリの死線でそれを実行し、効果的なタイミングで培った膂力、技術をぶつける。


 今のローズは、間違いなく今までのローズの中で一番強いと言えた。



「アハハハァ!」


 見える、分かる、動く!

 思い通りに動く体が、思った通りに状況を作り続ける。


 全身の血が、どんどん流れる速度を上げている。

 全身の筋肉が、凝縮された膂力を絶え間なく解放してくれる。


 とても、とても気分がいい。

 

 この状態が、この時間がいつまでも続けばいい。

 

 楽しい楽しい楽しい楽しいたのしいタノシイたのシィ!



 両の前脚でローズを足蹴にし、宙返りをしながら狼は距離を取り、ローズはすぐに距離を詰める。

 宙返りから顔が見えた瞬間、下顎の無いその口の前には火球が作られていた。


 体で隠し、展開する魔術陣を見えないようにしたのだ。


 僅か2メートルほどの距離から発射される火球。

 それは直撃し、一気に膨張して爆発する。


 着地した狼は、疲労のせいでよろめき、更には目の前の光景に戸惑った。


 直撃したはずのローズが、眼前で斧を振りかぶっている。


「やると思ってた」

 

 笑顔でそう言い放ちながら斧を振り下ろす。

 動揺から退避が遅れた狼は、上顎を縦に切り裂かれ大きく仰け反る。


「ギャバゥ!?」


 これが決め手になったのか、狼は背を向けて逃げ始めた。


 ローズは、追いかけながら斧を肩に置き、両手を広げ剣を発現させる。

 そして計6本の剣を投げ付けた。


「まだ終わってないよぉ!」


 投げつけられた剣が後ろ足に直撃し、地面を転げていく狼。

 ローズは倒れ込んだ狼の元へと一気に跳躍し、空中で体をググっとねじる。

 

 ねじりながら溜め込んだ力を、倒れ込んだ敵へと全力で叩きつけた。


 ゴバンッという、鈍い音が響く。


 斧は地面に突き刺さり、柄は耐えきれず折れて分離してしまっている。

 そして斧の刃先の少し先に、倒れ込んだ狼がいた。

 斧の一撃は届いていなかった。


 狼はすぐに立ち上がり、脚の痛みなど気にしないかのように猛然とその場を去っていく。


「あ、あれ……?」


 なんだかぼーっとする。

 なんか目も霞む……。


 なんで今当たらなかったんだろう。

 距離を間違った?


 ん、今度は腕が……。


 ローズの腕や足が激しく痙攣し始めた。

 体中、至るところで筋肉がビクビクと動いている。


「なにこれ……」


 短時間で極度に酷使した筋肉が、限界を迎えている。

 体中をいつもより早く駆け巡っていた血も、その代償を払わせようとしていた。


「うぶっ……」


 鼻から大量の血が流れ出してくる。

 口の中も血まみれで鉄臭い。


 次第に霞んでいた視界は、白く何も映さなくなっていく。


「んあ……」


 まるで死んだかのようにその場に倒れ込んた。

 ローズの動きに圧倒され、途中から見ていただけのダリアが慌てて寄って来る。


「ピィー! ピィー!」


 動かず血を流し続けるローズの体を自身の体の中に収める。

 首から上は体から出た状態だ。


 そのまま彼女が目覚めるまで、ダリアは動かずじっとしていた。





 ◆





「う……あ……」

「ピィ!?」


「あれ……ああ、ダリアの中かこれ……ありがとダリア……」

「ピピィ~!」


 体が動かない……。

 ダリアの肉圧とかじゃないな。

 単純に動かす力がない。  


「ダリア……このまま荷物のあるところまで行ける……?」

「ピ!」


 ローズを体から生やしたまま、ダリアはゆっくりとリュックとカゴが置いてある場所まで向かう。


 途中、黒く焦げ破損が激しい剣や槍、斧、盾の残骸たちの横を通り抜ける。


 特に密集して落ちているのは、ローズが至近距離の火球をやり過ごすために使ったものだ。

 あの時、ローズは3枚の盾で前方を塞ぎ、その更に前に無数の武器を出して火球を防いでいた。

 

 予測していたから防げたものの、火球の威力が想定を超えていれば今頃ここに転がっていたのはローズだっただろう。


「……いっぱい武器ダメにしちゃった……。クライムさんに怒られるかも……」

「ピィ?」


 返却する武器を壊したことを怒られる。

 そんな先のことを考える余裕があった。


 そうこうしているうちに荷物のある場所に到着する。


「ダリア、水筒とってくれない? それで飲ませてくれると助かるんだけど……」

「ピピィ!」


 任せろと意気込むダリアは、器用に触腕を使って水筒をローズの口元まで持っていく。


 口の中をゆすぎたいけど、もったいないしこのまま飲んじゃおう。


「んく……んく……んく……んんん? んんんんんん! んんんんんんんんん!?」

「ピ?」


 離すタイミングが分かっていないダリアは、いつまでもローズに水を飲ませ続けた。

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■ 本小説の世界の中で、別の時代の冒険を短編小説にしました。
最果ての辺獄

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