023 手負いの因縁
「お、治まったよね……?」
「ピ……」
激しく何かが軋む音を立てていたダンジョンは、いつもよりも静かになっている気がする。
地震も治まり、周囲には崩落の様子もない。
ひとまずは無事だ。
「はぁ……怖かった……」
以前よりも強い地震。
こんなのが何度も続けば、ダンジョン自体が潰れてしまうかもしれない。
のんびりしてられないかも……。
「少し急ごうダリア」
「ピィ」
ミルワームの死骸を横目に、足早に通り抜けた。
◆
地震から2日。
順調に進んで現在58階層。
ダリアの先導もあってか、無駄な寄り道が無くていい。
途中ハチのような魔物に遭遇したけど、おつまみ感覚でダリアが食べるせいで寄ってこなくなった。
それ以外はよく見るトカゲや蛇がいるくらいで、本当に順調だった。
問題があるとすれば……。
「な、長い……なんでこんなに階段長いのぉ…… 」
60階層を越えてからは異常なほど階段が長い。
登り切るまでに10分以上かかっている。
だけど、冷静に考えれば当然のことだった。
下層ゆえか、魔物の種類を考慮してなのか、天井が非常に高い。
正確には分からないが、20メートルかそこらはあるようなフロアばかりだった。
その高さを上がろうというのだから当たり前だ。
では何故、70階層から61階層まではそうでもなかったのか。
答えは単純。
階層と階層は、座標的に重なっていないから。
連続した階層の位置が重なっていないために、フロアの高さを維持できるのだろう。
まるで螺旋階段でも上がるように少しずつ上にあがっている。
だがそれも60階層からは様子が変わってしまい、階層の移動で10メートル前後地上に近づいている。
地上に大きく近づいている、と聞けば少し嬉しくもあるが、階層の数が減るわけじゃない。
それだけ歩く必要があるということ。
先のことを考えると少し気が滅入ってくる。
「ダリアちょっと休も……」
「ピ~!」
階段に腰を落とし、背負っていたリュックから水筒を取り出す。
ガボガボと喉を潤していくが、すぐに水は出てこなくなった。
「ありゃ……。これも空になっちゃったか……」
うーんまずいなぁ。
このペースだと水がもたない……。
食料は途中で狩ればいいけど、水ばっかりはどうしようもない。
魔物の血液でも飲めないことはないけど、どうにも臭くて飲みづらい。
ダリアの持ってるカゴの中身を合わせても3日分……。
このペースだと確実に水が先に尽きる。
既に出発から約5日。
5日で10階層以上進んではいるが、単純計算で出口まで約30日。
それも、これまで強敵と呼べるような魔物が出現していなくてのペース。
実際はもっとかかるだろう。
初めから食料も水も出口まで残るとは思っていなかったが、それでも見積もりが甘かったと言わざるを得ない。
「うぬぬ……」
黙って考えてても仕方ないか。
歩きながら考えよ。
「ま、なんとかなるよね!」
「ピィ?」
「出発しよダリア!」
水筒をリュックに仕舞い、残りの階段を上っていく。
着いた先にはいつも通りの広い空間。
違ったのは、壁の至る所に大きな亀裂が入っているということ。
「うわぁすご……」
見渡しながら足を進めていると、強烈な獣臭が漂ってくる。
歩いていたから感じ取ったわけじゃない。
臭いを放つ何かが近づいてきている。
だんだんと強くなる獣臭が、それを確信させる。
「ダリア……」
「ピピ」
リュックを少し離れた位置へ置き、斧を構える。
ダリアは体の中のカゴをリュックの傍に置き、体を普段の大きさに戻す。
強烈だった獣臭は更に強烈になり、鉄の臭いも混じり始める。
怪我?
手傷を負ってる?
そしてそれは、フロア内へと姿を現した。
薄汚れた銀色の毛に強大な体躯。
左前脚は赤く染まり、背中の一部は青くグジュグジュと炎症している。
だが以前見た大きな牙と獰猛な爪は健在だ。
70階層で唯一リベンジを果たしていない相手。
そう、通称ボスウルフの姿がそこにはあった。
「こんなところに……!」
もう遭うことはないかと思っていた。
手負いのようだけど、油断はしない。
ボスウルフの眼光は既に私を捉えている。
ゆっくりとその距離を縮めてきていた。
1歩、2歩と近づく度に、強烈な獣臭は更に強烈になり、私の背中の傷はうずく。
ボスウルフに付けられた大きな背の傷が、ザワザワと喚いている気がする。
「……」
壁にあった亀裂から、欠けた石が零れ落ちる。
水を打ったような静寂が広がる空間に、石が弾ける音が響く。
それを合図に、ひとりと1匹は一気に間合いを詰め、互いの矛を交えた。




