021 別次元からの魔獣
「いや~良かったぁ。ごめんねダリア、かっこ悪いところ見せちゃって」
「ピ……。ピィ~……」
「あはは……」
ダリアがジトっとこちらを見ている気がする。
でもいつも魔物を丸々消化するじゃない?
なら大丈夫だと思うじゃない?
まぁでも、なんとかなって良かった。
口から出るものって話だけど、理論上口から出せればってことだから当然と言えば当然だったか。
じゃなきゃ臓器とかもできないだろうしね、うん。
とりあえず、ダンジョンにいる間はそれでなんとかしよう。
正直、他の霊装化している武具が犠牲になっているのでは思うと気分が良くない。
そしてそれを使いたくない。
いや、やめよう。
もうこの話題は終わりにしよう。
これ以上は色々とダメージがある。
主に私の心に。
そして現在、65階層。
順調に地上に近づいている。
だが本当に順調と言っていいのかは分からない。
コアさんと別れてから今日が恐らく3日目。
恐らくというのも、太陽が見えないから正確な時間が分からないからだ。
幸い、ダリアの食事をねだる時間がいつも規則正しいので、それを基準に考えている。
そして3日で進んだ階層は4つ。
ひとつひとつの階層がだだっ広いため、運よく階段を見つけないと延々と彷徨う羽目になる。
だがここもダリアが活躍してくれる。
上へと続く階段へは、ダリアが真っ直ぐと案内してくれるのだ。
何故かは分からないが、ダリアには分かるらしい。
それでも時間が掛かってしまうのは、やはり広すぎるからと言える。
「ピ……!」
突如ダリアの足が止まる。
恐らくは魔物の存在を察知したのだろう。
前方を目を凝らしてよく確認する。
広い範囲で何かが蠢いているが、距離があるためによく分からない。
「ダリア、ゆっくり進もう……」
「ピ……」
進んでいった先にいたのは、大量のミルワーム。
1匹1匹が3メートルほどもある。
そのうちの何匹かはひっくり返って無数の脚をバタバタさせている。
控え目に言ってメッチャ気持ち悪い。
できれば私の戦闘実戦値になってほしいけど、こういう手合いはあまり得意ではない。
「ダリア、お願いしていい?」
「ピ!」
了解! とでも言わんばりにいい返事をし、ダリアはノッシノッシと向かっていく。
後ろからその姿を見ていると、今よりも体を大きく膨張させ、多数の触腕を作り始めた。
「あ、あれ……。捕食するんじゃないのかな……」
膨張が止まると、ダリアは触腕を猛烈な勢いで叩き込む。
ワームたちは抵抗する間もなく次々に潰れていく。
緑色の体液をそこら中にまき散らし、耳障りな声を響かせる。
すると突然、千切れたワームの頭が飛んでくる。
殴りつけられた衝撃で飛んだのだろう。
触りたくないので横へと回避する。
咄嗟のことで大きく避けすぎてしまった。
そして小さな小部屋へと入ってしまう。
正面のミルワームに集中しすぎて気づかなった小部屋。
着地と同時にベチャっと嫌な感触が脚から伝わってくる。
下を見ると、小さな小さなミルワームがいた。
部屋いっぱいに広がるそれらは、ブーツのくるぶしまでを飲み込んでいる。
「ヘケッ!?」
突飛な悲鳴を上げ、私は全身の毛が逆立つのを感じた。
そこからはよく覚えていない。
◆
「は、はは……こりゃあよ、ちっとまずいんじゃねぇか……」
ダンジョン10階層。
ギルドの精鋭たちがダンジョンの制圧初めて既に40日以上。
ローズの母親であるルシアの奮戦で、ようやくここまで辿り着いた。
「なんでこんなのが……」
手傷を庇うルシアの表情は苦痛で歪んでいる。
その前には、四つ足で大地に根差し、コルルと喉を鳴らす大型の異形。
大きさは13メートルほど。
原型はベヒーモスと呼ばれる魔物だろうか。
だが鬣はなく、巨大な3つの複眼はまるで埋め込まれたように痛々しい肉の裂け目に落ち着いている。
顔の皮膚の下は常に何かが這いずりまわっており、時折皮膚を突き破って触手が顔を出す。
紫色の体は、鱗が異様な程生えそろっているかと思えば、触手がうねり溶け掛けているような場所が見える。
4つの脚には無数の口があり、その全てが獲物を捕食可能。
口の無い部分からは、明らかに人間の物と思える小さな腕が生え、千切れては地面に落ちて地面を溶かしている。
それはいるだけで環境に害を及ぼすという魔獣。
呼称、ジャガーノート。
いわく、別次元の魔物。
いわく、悪魔たちの生まれ変わり。
そう嘯かれるほどに、これまでの魔物たちとは一線を画すほどの存在。
ダンジョン深部に生息するウォータードラゴンすら赤子同然に扱う。
冒険者たちの剣も、魔術も通じない。
ルシアの言霊すら跳ね返し、操ることなどできない。
「い、一旦退きましょう……! ルシアさん!」
「で、でも……!」
「いいから退くぞルシア! 腹いっぱいで動かない今しかないんだよ! それにもう使役している魔物もいないだろうが!」
「だって! ――ッ」
夫のハワードに頬を叩かれる。
初めてだった。
結婚する前も、した後も夫に手を出されたことなど1度も無い。
「いい加減にしろ! 状況を冷静に考えろ! 今は退くしかないんだ! 戻ってから頭をフル回転させろ!」
怒気を孕んだその声に、我に返る。
「わ、わかったわ……ごめんなさい……」
「分かればいい。おい! すぐに撤収だ! 見張りができるスカウトはいるか!」
ジャガーノートの周りには、食い散らかされたであろう魔物たちの破片があちこちに散乱している。
ルシアが使役していたダンジョン内の魔物たちの残骸だ。
向かってくる敵を食べ続け、満足したのか魔獣は動く気配がない。
じっとしている魔獣の傍らには、冒険者の衣服や装備、千切れた指なども落ちている。
何名かの冒険者も犠牲になっていた。
動かない魔獣を刺激しないよう、数名のスカウトたちに動きがあればすぐ知らせるよう指示を出し、ハワードはルシアを連れてダンジョンを後にする。
◆
「まじかそれは」
「ああ、まじだ」
ハワードの報告を聞いたクライムの頭皮には、汗が滲みだしている。
「支部長、出汁が……」
「うるせぇ、お前は黙ってろ」
「はい」
ザミを一蹴し、クライムは言葉を続ける。
「それで、ルシアはどうしてる」
「今は部屋で休ませてる。傷自体は大したことないが、使役していたのを全部食われちまったからな。あいつ自身がちょっとした欠乏状態だ」
「そうか……」
9階層までの制圧では、犠牲者はひとりも出ていなかった。
それが10階層で遭遇したジャガーノート1匹に10人以上の死者。
いやむしろ、それで済んでよかったと思うべきだろう。
国ひとつ潰しかねないほどの魔獣だ。
それこそ英雄に来てもらいでもしなければどうしようもない相手。
「どう思うハワード……」
「お、俺は……」
拳を握りしめながら苦悶の表情を噛み潰す。
その拳はワナワナと震えていた。
「そうだな、まずは冒険者としての意見を聞きたい」
クライムの前に立っていたハワードは、客用のソファに腰かける。
「……英雄への協力要請は?」
「何度も打診はしているが、東側の対処で来られないとそればかりだ。仮に今からこっちに向かい始めても2か月はかかる」
「なら、もう……潰すしかないだろうな……」
「入口をか?」
「いや、少なくとも5階層までの全てを崩落させる必要がある。表層を過ぎれば無理やり出てくる可能性が高い……」
「俺も同意見だ」
「ま、待ってください! そんなことをしたらローズちゃんが!」
クライムが口を挟んできたザミを睨みつける。
「黙ってろと言っただろう」
その鋭い眼光に、ザミはそれ以上言葉を発せなかった。
「そんなことは分かってる。だがまずは選択肢の確認をしている段階だ。次余計な口を挟んだらつまみ出すぞ」
「……」
俯きながらザミは後ろへと下がった。
「で、ハワード。次は親としての意見を聞こう」
その言葉に、俯く顔を更に歪ませる。
「大事な……! 俺の可愛い娘だ……! 出口を潰すなど、俺にはできない……!」
「なら、ジャガーノートをなんとかする方法を考えろ」
「そんなもの……!」
突然クライムの襟首を掴み、食って掛かるハワードは、憔悴しきった顔で睨みつける。
その手には力が入っておらず、痙攣するかのように震えていた。
「俺は……もう冒険者じゃない……。ただの父親だ……。頼む、ローズを助けてくれ……! 頼む……!」
そう言いながら、ハワードはまるで縋るように膝から崩れ落ちていく。
「俺も助けられるのならば勿論助けたい。だが、既に状況は逼迫している。ひとりの少女と街の人間。天秤には掛けられんが、俺はこの街のギルドの長だ。選ばねばならん」
「お、お前には何かないのか……? お前はこういう時にはいつだって――」
「――ない。相手が悪すぎるんだ。すまないハワード」
両手を床に突き、呆然を下だけを見つめるハワードを置いて、クライムとザミは部屋を出ていった。




