001 スライムとの出会い
「ほら、ちゃんとお弁当持った?」
「うん! 持ったよ!」
「大丈夫かしら……。あなた、ちゃんと見ててあげてよ?」
「心配しなくていいさ、ただのピクニックだと思っててくれ」
「いいなー。私も行きたいなー」
「あなたはやることがあるでしょ? ほら、支度しなさい支度」
「はーい。じゃあローズ、気を付けてね」
「うん! 行ってきますお姉ちゃん!」
「じゃあ行ってくるよ」
「ええ、気を付けてねあなた」
私はローズ!
優しいお母さんとかっこいいお父さんと、優しいお姉ちゃんとの4人で暮らす8歳の幼女!
8歳にして自分のことを幼女と言うのは変かもしれないけど、それはほら、私が転生者だからよ。
残ってる前世の記憶は、名前と親がいなかったことくらいだけど、特に問題はないよ!
教養は残ってるみたいだし、ちょっと賢い女の子って思われる程度だしね!
こういうのって、何かチートをもらったりするんだろうけど、私は何もなかった。
だから多分、普通に転生しただけなんだと思う。
特に説明があったわけでもないしね。
しいて言えばこの薄い記憶がチートなのかも?
まぁ、前世でやり残したことはいっぱいあった気がするけど、過ぎたことを言っていても何もならないわ。
なので私はローズとして、この異世界を謳歌する!
まったりスローライフとか目指して!
そして今日はお父さんと一緒に森にお出かけなのだ!
いつもはお母さんとお姉ちゃんも一緒なんだけど、今日は別の用事があるとかでふたりはお留守番。
こういう時はお父さんがひとりで狩りに行くのが通例。
でも今日は無理を言って連れてきてもらっちゃった。
薬草採取が主な目的だけど、お父さんがウサギや鳥を仕留めるところ眺めるのが好きなんだよね。
家でのお父さんってデレ顔ばっかでかっこ悪いけど、猟をしている時はかっこいいんだぁ。
前世では両親なんていなかったから、一緒に行動したくなる。
ちょっと不思議な感じはするけど、悪くないよ!
全幅の信頼を寄せられる相手って、こんなに嬉しいものなんだね! って思う!
「ローズ、そろそろ森の中だ。お父さんに掴まりなさい」
「はーい!」
お父さんに抱っこされて森の中を進んでいく。
目線が高い……!
これが父が見ている景色か……!
母の目線よりも高いぞ!
しばらく歩いていくと、開けた空間に出る。
そこは花が咲き乱れて驚くほど綺麗な場所だった。
「ほわぁ……」
「すごいだろうローズ。この時期ここは沢山の花咲き乱れる自然の庭園になるんだ。危険な動物もいないから、少しなら遊んでいても大丈夫だよ」
「ほんと! やったぁ!」
地面に降ろしてもらい、鮮やかに咲く花々を愛でていく。
すごい。
コンクリートジャングルの東京じゃあ見れない光景だ……。
ロマンチックで素敵な場所。
「じゃあ、お父さんは少し周りを見てくるからここで待ってるんだよ?」
「うん!」
お父さんが林の中へと消えていく。
いくら安全な場所だと言っても、8歳の娘をひとりで置いていくのはどうなの?
まぁいっか。
それにしても綺麗……。
これ、摘んでいったら怒られるかな……。
「ピキィ……」
不意に聞こえた何かの声。
振り返った先にいたのは、小さなスライムだった。
え……!?
どうしよう!
これやばいんじゃないかなぁ……。
スライムだよね?
すごく小さいけど魔物だよね?
私食べられちゃうんじゃ……。
「ピキィ! ピッピキィ!」
なに? 何か喋ってるの?
騒いではいるけど、近づいてこないし……。
敵意は無いって言ってるのかも。
嫌な感じはしなかった。
近づいてみたけど、急に動き出すこともしない。
恐る恐る手を触れてみると、プルプルひんやりな体が滑らかさも相まってとっても気持ちいい。
スライムは、私の手に頬ずりでもするように寄り添ってきた。
「か、かわいいかも……」
そのまま抱きかかえてみても、襲ってくる気配はない。
これは……!
飼えるのでは!
「ピィ! ピキィ!」
心無しか嬉しそうに見える。
ああ、今わたし、魔物と心を通わせている……。
「あなた、名前はなんていうの?」
「ピ……? ピィ……?」
「うーん、言葉は通じないよね……」
勝手に名前付けたらダメかな?
いいよね?
「じゃああなたは……スラリンって名前にしましょ!」
「ピィ……」
あら、お気に召さない。
安易すぎたかな。
「じゃ、じゃあライム!」
「ピ……」
これもダメ!?
安直なのはダメなの?
それとも他に何かダメな理由が!?
「どうしよ……。名前付けなんてしたことないしなぁ……」
「ピピ! ピッピピ!」
「ん? 花がどうかしたの?」
花?
ああ!
花から名前を取れってことか!
「じゃー……えーと……、うーん……」
この世界の花の名前なんて知らないんだけど……。
あ!
これは知ってる!
「あなたはダリア! ダリアでどお?」
「ピキィ! ピッピキピィ!」
「あははは! 気に入ってくれたのね!」
草むらに寝転がり、ダリアを持ち上げる。
「じゃあ今日から私たちはお友達でいいよね?」
「ピキィ!」
「ふへへへ……」
「ローズ!!」
突然、お父さんの怒鳴り声が聞こえる。
びっくりしてガバっと起きると、猛然とこっちに向かってきてるのが見える。
え? え? なに?
鬼の形相で向かってくる父が怖くて、ダリアを思いっきり抱きしめる。
その様子を見たお父さんは、勢いを失っていく。
「ろ、ローズ……? 大丈夫なのか?」
「え……? 何が……?」
「その、スライムだ。襲われていたんじゃ……?」
「ち、違うよ! ダリアはお友達だよ!」
「しかし、魔物だろう?」
危なかった。
どうやら私が襲われていると勘違いして、ダリアを攻撃しようとしていたみたい。
抱きしめなかったらこの子殺されてたかも。
「大丈夫だよ! 全然平気だよ!」
「うーん、まぁお前が平気だって言うなら……。後でお母さんに判定してもらうからな? お母さんがダメって言ったら、ダメだからな?」
「うん!」
お母さんは元々冒険者で、テイマーという職だった人だ。
だから邪悪な魔物かどうかはすぐに判断できる。
でもダリアは大丈夫だよねー。
悪いスライムなんかじゃないもんねー?
ぷるぷるぅ。
「じゃあまぁとりあえず移動だ。薬草のあるところまで行かないとな?」
「分かった!」
左手でダリアを抱え、右手を広げてお父さんに抱えられるのを待つ。
「えーと、それも一緒に抱えないとダメか?」
「うん! ダリアも一緒!」
「そ、そうか……」
渋々ながらも抱きかかえてくれた。
さすがお父さん!
頼りになるぅ!
ダリアもお父さんにすり寄っている。
「すべすべでしょ!」
「お、おお……」
ふふ、この肌触り……夢中になってもおかしくなかろう……ククク。
このボデーでお母さんも篭絡してしまえば、ダリアを正式に飼える!
いや、飼うって表現は違うかな。
家族にしてもらうんだ!
「着いたぞ、ローズ」
優しく降ろされると、お父さんの肩に乗っていたダリアがピョンっと跳ね、私の腕の中へと飛び込んできた。
か、可愛すぎるぅ……。
「ほらローズ、これを」
お父さんがちっちゃい石の付いた首飾りを付けようと悪戦苦闘している。
器用な父だと思ってたけどそうでもなかったみたい。
「ん……よし。これで大丈夫だ。それは魔除けみたいなものでな、悪意を持った魔物は嫌がって近づいてこなくなるんだ」
へー!
便利な物があったもんだね!
さすがは異世界って感じ!
「お母さんが普段使ってた奴だから、効果には問題ないはずだ。今も光ってるしな!」
「ダリアは大丈夫なの?」
「ん? ああ、悪意を持ってないなら大丈夫だ。お母さんも一緒に来るときには、鳥さんが一緒だったろ?」
ほえー。
益々便利なアイテムだ。
というかあの鳥さん魔物だったの?
「じゃあローズはここで薬草の採取を頼むな。その石の傍だと狩りができないから、お父さんはちょっとだけ離れるぞ。えーと、ダリアだったか。ローズが転んで怪我しないように見ていてくれよ?」
「ピキィ!」
移動中のスキンシップで、少し仲良くなったみたい。
お父さんの問い掛けにもちゃんと答えてるみたいだし、かなり賢い子なのかな?
「まぁ何かあってもすぐお父さんが駆けつけるけどな! はっはっは!」
そう言うと、お父さんは駆け足で消えていった。
またひとりで置いていくの?
いや今はひとりじゃないけど……。
狩りも見たかったのに……。
「まぁいいや、ダリア。一緒に薬草を集めよう?」
「ピィ!」
「ふふ」
返事をしてくれるだけで嬉しくなっちゃうなぁ。
ああ、こういうの本当にいいよね……。
黙々と薬草を摘み、背負っていた鞄に詰め込んでいく。
ダリアは薬草を集めているというより、食べているように見える。
その体で包み込んだ薬草が次々と溶けて消えてしまっている。
「まいっか。いっぱいあるし」
・狩りに付いて行く。という内容が、今回が初なのか否かが明確でなかったため「いつもは家族皆で行く」という形に明確化しました。
・父親が離れる前に渡したものを、「父を呼びつける笛」から「魔除けの石」に変更しました。
上記に伴い、前後の会話や描写を修正しました。