016 異形との決着
「ルシア! 無茶をし過ぎだ! ペースを考えろ!」
夫の言葉にハッとしつつも、ルシアはその脚を止めようとしない。
「大丈夫、もう少しだけ進みましょう……」
「いいから休め! 何体使役してると思ってるんだ!」
下から次々と上がってくる魔物たちの数が異常に多く、ギルド総出で対応しているが1か月かかってまだ6階層までしか進んでいない。
その進捗の遅さにフラストレーションが溜まり、苛立ちを抑えきれない。
「分かったわ。じゃああれで最後にする」
ルシアが指さす先には、体長4メートルほどのミノタウルスがノシノシと歩いている。
まだこちらに気づいていない様子だ。
「はぁ……」
ハワードは、発見したミノタウルスまでゆっくりと近づく妻の様子を、ため息を吐きながら見守っていた。
ルシアに気づいたミノタウルスが雄叫びを挙げて向かってくる。
その後ろには虫型の魔物が数体。
どうやら異種族で集団を作り、行動を共にしていたようだ。
深く息を吸い込むと、魔物が一定の距離まで近づいた時点で口を小さく開いた。
「…………潰れろ」
すると魔物たちは急に立ち止まる。
ある魔物は壁にぶつかり続け、ある魔物は自身を押し潰すように床に伏している。
最初こそ、奇行に走るその姿は笑えるようなものだったが、それは次第に凄惨になっていく。
壁に激突を続ける虫たちは、体がどれだけ削れようとやめようとしない。
地面に伏したミノタウルスの体は、ところどころが既に平らに潰れている。
今は残った右腕で床に付けた頭を上から押し込んでいた。
頭蓋がメキメキと音を立てて歪んでいく。
一瞬バキっと大きな音を立て、頭は腕に潰されその中身をまき散らしていた。
その場にいた魔物は全て、もう動く気配がない。
ハワード以外にも、その場には冒険者が数名いた。
その誰もが、目の前の光景に冷や汗を流している。
「あ、あれが黒プレートのルシアさん……」
「えげつなさすぎる……」
「絶対死んでると思ってたけど、あの人の娘なら間違いなく生きてるよな……」
「俺もそう思う……」
後ろの小言に気づかないルシアは、俯きながら娘の名を1度だけ口にし、ハワードのもとへと戻っていった。
◆
「おらー! 勝負じゃー!」
ローズとダリアは今、上層へと上がる階段があるフロアへと来ていた。
当然そこには、あの黒い異形がいる。
ローズの声が届いたのか、前回と同様にその体を花開かせていく。
だが今回は、それを待つつもりなどなかった。
「先手必勝!」
即座に変形中の異形へと間合いを詰め、根本から刈り取るように剣を振るう。
軽い手ごたえと共に、斬り別れた上部分は地面へと落下する。
ウネウネと動いていた触手の動きは徐々に弱くなり、動かなくなってしまった。
「あ、あれ……。これで終わり?」
地面に染み込むように異形の体は消えていく。
だが、切り取った際に地面に残っていた根本の部分。
これは消えていない。
今のうちに全部刈り取っておくべきだ。
そう思って剣を構えた。
その瞬間、残った根本がザワザワと動き始め、無数の触手を一気に周囲に伸ばす。
「――!?」
発生源に近かったローズは、触手に押され後ろに押し込まれていく。
咄嗟に発現させた武器と鎧で、体への直撃は避けていた。
勢いが消え、触手は塵となって消えていく。
全ての触手が消えると同時に、中央のそれは再度活動を始めた。
花開くというものでもなく、ただただ質量が増していく。
ドクン、ドクンと脈打つように大きくなったそれは、4メートルほどの大きさでそれ以上の膨張を止める。
今度は小さく、その身を圧縮するように小さくなっていく。
最終的に2メートルほどの人型の姿。
以前見たのと変わりない様相へと変化した。
唯一違うのは、地面に根を張っている状態ではないということ。
2本の脚でしっかりと立っている。
まずい。
ダリアと離れてしまった。
ちょうど直線上で間に異形の化け物、挟み込んだと考えれば悪くないかもしれないけど……。
突然の攻撃にも対応できるように身構えるが、あの奇声をあげられれば回避する手立てがない。
その場合はダリアが近くにいないというのは不安要素でしかない。
なら、やることは最初と変わらない。
先手必勝!
動きの止まっている異形へと一気に詰め寄り、剣による攻撃を連続で繰り出す。
しかしそれはスルスルと躱される。
しかも異形は、私を見ていない。
さっきからずっとダリアを見ている。
私の剣は見なくても問題ないってこと?
コノヤロウ……!
剣を振り、ヒットのタイミングでリーチの長い斧へと武器を変える。
突然の変化に対応できなかったのか、今度は直撃した。
攻撃を受けたことで異形の顔がこちらを向く。
無感情な丸い目が、何が起こったのかを確かめようと私を見つめ続けている。
見てても躱せませんよ!
斧の大振りを躱されながら右へ半回転。
背を向けた状態から後ろ回し蹴りを放つ。
上体を仰け反らせて蹴りを躱す異形の腹に、同時に出した投擲用ナイフが突き刺さる。
「ギ……!?」
蹴りぬいたことでもう半回転し前を向く。
怯んだ異形の顔に、少し遅れた鞭が当たる。
鞭の直撃で異形の顔が横を向いた。
視線が切れたこの隙に、回転の勢いをそのままにした斧の大振りを下から斜めに放つ。
右腕だけで振りぬいた斧は、異形を両断した。
間髪を容れずに左手の武器で追撃を行う。
手に持った愛剣と、その少し後ろに展開させた4本の剣の斬撃を斜め上から浴びせる。
5つの剣閃が異形の体を切り裂き、斬り飛ばされた体は四方へと飛んでいく。
実に綺麗な連撃だった。
淀みの無い剣筋はひとつの芸術と言って差し支えない。
それほどまでにローズの武器に対する練度は高くなっていた。
地面にベちゃっと音を立てて飛散した異形は、動く様子がない。
しかし消える気配もない。
油断したわけではなかった。
本当に一瞬だったのだ。
残った異形の下半身から、触手が伸びている。
それはローズの腹へと直撃していた。
「うぶっ……おごぇ」
今朝食べたものを吐き出し、胃液までもが飛び出す。
「ピィ! ピィィ!」
慌ててダリアが駆け寄ってくる。
かけられた嘔吐物をそのままに、下半身だけの異形は体を作り始めた。
ローズの腹に直撃した触手は腕に姿を変え、出来上がった顔は至近距離で妖しく嗤いかけてきている。
「う……」
辿り着いたダリアが触腕で殴りつけると、異形は猛烈な勢いで壁へと飛ばされ叩きつけられた。
その衝撃が強すぎたのか、異形の腕だけが千切れてその場に残っている。
刺さってはいなかったはずだが、その腕は徐々に短くローズの体の方へと縮んでいく。
「うう!? ああああああ!!」
服をすり抜け、腕は体の中へと侵入する。
それは激痛となってローズを痛めつけた。
あまりの痛みに耐えきれず、その場に倒れ込んでしまう。
い、痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
「ピ!? ピィイイイイ!!」
激しい怒りを露わにしながら、ダリアは異形へと向かっていく。
動かずその場でただただ嗤っている異形を、延々と殴り続ける。
倒れたローズは、その間痛みに耐えながらも、激しい嘔吐で胃液を吐き出し続けた。
ようやく異形の姿が霧散する。
原因を排除した事で、ローズの容態が元に戻ると思っていたダリアは、依然として苦しみ続けるローズの傍でオロオロしていた。
どうすればいいか分からず、ローズの体を持ち上げ、大急ぎでセーフポイントへと戻る。
ダリアの上で揺られながら、治まらない吐き気と痛みをローズはじっと耐え続けた。




