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010 冒険への覚悟

「う……」


 目を開けると、周囲の壁が微かに光っているのが見える。

 上の方には、小さな光が見える。


「え、うそ……」


 周りには平原などない。 

 どうやら穴の中へ落ちてしまったらしい。


 先ほど発見した穴の下は、初めから大きな空洞だったのだろう。

 やたらとだだっ広い空間だが、明らかに崩れたと思われる瓦礫が少ない。


「ピ……」

「え?」


 ダリアが私のお尻に潰されていた。


「あ! ごめんダリア!」


 慌てて上から退くと、スポンといつもの形へと戻る。


「ピピィ~」


 そうか。ダリアがクッションになってくれたんだ。

 じゃなきゃ私……。


 落ちてきた穴はかなり上方に見える小さな光。

 50メートル? 100メートル?

 分からないが、相当な高さだ。

 あそこから落ちてきて無傷だったのは、完全にダリアのおかげだろう。


「ありがとうねダリア……」

「ピ!」


 薄暗い空間で、ダリアが何かに反応を示す。

 感覚を研ぎ澄ますと、何かがカサカサと音を立てていた。

 ダリアがいる先には、低い位置で黒い物体が蠢いているのが見える。


「ピピィ!」


 ダリアが声を発すると、途端に周囲が明るくなっていく。

 これは……あの時ゲイルさんが使っていたライトパルス?

 え、ダリアって魔術が使えるの?


 明るくなったことで、先ほど蠢いていたモノがなんなのかが判明した。


「いぎ……?!」


 ムカデだ。

 体長5メートルほどの巨大なムカデ。

 その大量の脚をワサワサと動かして少しずつこちらに近づいてきている。


「え、えええ……どうしよう……! どうしよう!」


 気が動転している隙に、一定の距離まで近づいたムカデがその体を大きくしならせて立ち上がる。

 そしてそのまま、頭を先頭にこちらへと向かってきた。


「ピィ!」


 瞬間、ダリアがその体を膨張させる。 

 ムカデは私に到達する前にダリアの体の中に突っ込み、そのまま飲み込まれ始めた。


「あ、はぁ……! はぁ……!」


 緊張からか、ローズは呼吸が荒くなっていた。


 暴れるムカデの後ろ側が、周囲の壁や石を叩きつけて激しく音を立てる。

 だが、そんな自由もすぐに無くなった。

 

 体の全てを飲み込まれたムカデは、もう身じろぎひとつしなくなっている。


「は、ははは……ありがとダリア……」


 怖い。

 すごく怖い。


 ここがどこなのかも分からないし、今のムカデも怖かった。

 冒険者になりたいなんて気軽に言ってたけど、命の危険性について軽視しすぎていたかもしれない。


 ここから出られなかったら、いずれ魔物に食べられちゃう。


 考えれば考えるほど怖くなってくる。

 平和だったあの頃に戻りたい。

 地上でのほほんとしていた生活が恋しい。


 現状を正しく飲み込めていなくても、自身の命が危険だという感覚だけは強く警鐘を鳴らしている。

 

 いつもはゆっくり捕食を行うダリアが、ムカデをすぐに消化していつもの大きさに戻る。

 ピョンと跳ねながら、私の傍に寄り添ってくれた。


「ピィ~……」


 ダリアがいなかったら、今ので死んでた。

 いや、そもそも落ちてきた時点で死んでいたかもしれない。

 

 そうだ、私はひとりじゃないんだ。


 ひとりなら無理だけど、ダリアとふたりならきっと大丈夫。

 

「よし、行こうダリア! 地上に戻ろう!」

「ピピ!」


 怖気づいていた自分を奮い立たせる。

 それができたのも、ダリアがいてくれたおかげだ。

 こうして今、不安を感じずにいられるのも、全部全部この子のおかげだ。





 ◆





 しばらくの間、落ちてきた場所から登れないかと試していたが全くダメだった。

 仮に登攀のスぺシャリストだったとしても不可能だろう。

 いつまた地震が起きるかも分からない。

 

 無駄に時間を使ってしまったが、気を取り直して洞窟内を進むことにした。


「ふぅ……ダリアのおかげで明るくなったのは助かったけど、すごい入り組んでるねここ……」


 進めど進めど岩、岩、岩。

 いったいどれほどの広さなのか見当も付かない。


 通路は比較的広く、天井も高い。

 道があるということは通るものがいるということだろう。

 だとすれば、地上に出る道もあるかもしれない。


 あくまで希望的観測に過ぎないが、絶望する要素は少しでも消しておきたい。

 というか、希望を持ってないと心が折れそう。


「ピ……」


 歩き出して20分ほどだろうか。

 ダリアが何かに反応する。


「どうしたのダリア……」


 少し先の方で、影がちらちら動いている。

 岩場に隠れ様子を窺ってみる。


 二足歩行で歩くトカゲのような魔物を2匹ほど確認できた。


「なにあれ……あんなの見たことない……」


 だがここまでは一本道。

 ここを通る以外に選択肢はない。

 

 トカゲを倒して進むか、それともいなくなるのを待つか。


「ピィ!」


 ダリアがこちらを見ている。

 その体からはやる気が満ち溢れているような気がする。


「……そうだね。いつまでも縮こまってちゃ駄目だよね。私はもう、冒険者なんだもんね!」


 意を決して岩場から体を晒す。

 

 それに気づいたトカゲは、すぐさまこちらへ向かってくる。


「あ、奇襲にすればよかったかも……」


 先ほどの決意はどこへやら。

 いざ魔物を前にすると、恐怖で体が竦んでしまう。


 ウサギやゴブリン、森の動物たちとは明らかに違う魔物。

 慣れない相手。

 というだけで、どうしても足が前に出ない。


 たじろいでいる隙に、一匹が大きく飛び掛かってくる。

 それを触腕を作ったダリアが迎撃するが、遅れて飛び掛かってきたトカゲはダリアの妨害をスルりと躱す。

 そのままローズの喉元にめがけて真っ直ぐと飛んできた。


「あ、ああ……わあああ!」


 手を前に出し、目を瞑る。

 恐怖のあまりその場にへたり込んでしまった。


 地面を削るような音がするが、何もこない。

 目じりに涙を溜めたまま、恐る恐る目を開く。


「グゲ……ゴ……」


 大量の剣や槍に突き刺さったトカゲが、地面から脚を浮かせて血を流していた。


「え……?」


 咄嗟に発現させた武器、その刃は全てトカゲの方を向いていた。

 勢いよく飛び掛かったトカゲは、突然現れた剣に向かって自ら突き刺さりに行くことになった。

 その衝撃で武器の柄が地面に突き刺さり、空中に浮いたトカゲの串刺しが完成したのだ。


 深々と刺さった刃は全部で42本。

 武器が嵩張りすぎて下半身は見えなくなっている。


「ピィ~!」

「た、倒したの……?」


 寄ってくるダリアの体の中には、トカゲが丸々入っていた。


 ひとまず、出した武器を再度霊装化する。

 ドシャってトカゲは地面に崩れ落ち、体から噴き出る血を周囲に飛び散らせた。


「う……血が……」


 跳ねてきた血が服に付いてしまった。

 それにより、ようやく状況を飲み込み始める。


「…………ハッ……! ハッ……! ハァッ……!」


 また死ぬとこだった。

 その事実に、一瞬動悸が跳ね上がるが、すぐに落ち着きを取り戻していく。


「……ハァッ……! ふぅ……。フゥゥー……。よし!」


 ローズは、目の前に倒れたトカゲの体を解体していく。


「ピ……?」


 その様子に、ダリアは不思議そうに周囲をクルクルと回り始める。


「ちょっと待っててダリア、お肉剥いじゃうから……!」


 ある程度の肉を取り終えると、残りはそのままにしておいた。


 何故いま、肉を剥ぎ始めたのか。

 理由はふたつ。


 いつもしていたことをすることで、精神を通常の状態に戻せないかと思ったから。

 いくら意気込んでも、いざとなると感情の振れ幅が大きくなってしまう。

 少しでも日常と変わらぬ行動を取りたかった。


 そしてもうひとつ。


「ダリア、ここはきっとダンジョンだ……」


 落ちてきた時に見た、微かに光る壁。

 うすうす思ってたけど、ここはダンジョンで間違いない。

 壁の雰囲気とかも、あの時に入ったものとそっくりだ。


 そして落ちてきた距離から考えて、ここはかなり下層の方。

 魔物の強弱は抜きにして、地上へ出ようと思ったらきっと何日もかかる。


 水も食料も多少は持ってるけど、1日分しかない。

 その間何も食べないなんて無理だし、できる限り食料の確保をしておく必要がある。


 一番の問題は水だが、今それを考えていても仕方ない。


 両の手で、自分の頬を叩く。


「よし! 行くよダリア! 今度こそ大丈夫!」


 『適性武具霊装化』に1000を超える武器。

 これがあれば、私も戦えるはず……!


 二度目の決意を胸に、ダンジョンの奥へと進んでいく。

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■ 本小説の世界の中で、別の時代の冒険を短編小説にしました。
最果ての辺獄

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