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 中央塔にある、ザシャの仕事場に出向いたレオンは、溢れかえる書物の山に呆気に取られた。

 歴史編纂局というその部署には、ザシャと同僚が二人いるだけで、王族が務めているにもかかわらず、近衛の一人もいない。

 横幅の長い机が窓辺に一つと、壁沿いに三つあったが、それも書物と紙で埋まっていた。

 机の後ろにある書棚は、溢れかえる書物を無理やり詰め込んでおり、縦横てんでバラバラに並んでいる。

 床の上にも書物が所狭しと山積みされ、ザシャはその山の中に座り込んでいた。

 レオンの来訪に、書物の山から顔を上げた彼は、胡乱げに首を傾げる。

 ニーナと話し、お互いに結婚したい意向である、とザシャに告げたところだ。

「……そうなの? ニーナが、君と結婚したいと言ったの?」

「ああ……」

 王宮において、一度として散らかった部屋で過ごした経験がなかったレオンは、若干引き気味に頷いた。

 ザシャは視線を手元に戻し、手にしていた書物のページをぱらりとめくる。

「ふうん。それならそれでいいけど……。彼女、男の趣味が悪いよね」

「……俺はそれに、頷くべきか?」

 ザシャが案外にさっぱりと受け入れ、レオンは意外に感じつつ、半目で問い返した。

 レオンは、その趣味の悪い男である。

 ザシャはくすっと笑い声を漏らした。

「つまらないな。もっと君を焦らせてやろうと思っていたのに……。これほどあっさりと、彼女が君を許すとは。まあ、予想はしていたけれど……」

「……ニーナを娶る気は、なかったということか?」

 眉を上げて尋ねると、ザシャは小ばかにした顔でこちらを見上げる。

「父上は本気だったけれど、僕はそうでもなかったかな……。あの子は可愛いから、妹でも妻でも、どちらでもよかったというのが、本音といったところ」

 それなりに焦らされていたレオンは、渋面だ。しかも未だにギードは彼女の周囲をうろついており、今も心穏やかというわけでなかった。

 その表情を見て、ザシャは笑いながら視線を逸らす。

「……レーゲン王国での暮らしを彼女から聞いてさ、君をいじめてやりたかったんだよ。あの子ばかり辛い目に遭って、君は悠々と彼女を手中に収めようとしていたから。君のやり方は、彼女に残酷だったよ……。気に入らなかった」

「……」

「王族の僕にはわかるよ……。あの子を守るために、敢えて君が別の令嬢と仲よくしてみせているのだろうと。けれど君、自分の考えを彼女に伝えもしていなかっただろう? ――彼女は君の所有物じゃないよ。ものを考える力も、感情もある、一人の人間だ」

 レオンは真顔になる。

 ザシャは眉尻を下げ、ため息交じりに呟いた。

「何も言わず、わかれというのは傲慢だ……。ましてや、理解を求めていなかったのなら、それは彼女を認めていない証左ではないかな……」

「そんなことは……っ」

 レオンは、ニーナを守りたい一心で行動していただけだ。彼女を軽んじたわけでも、認めていないわけでもない。

「そうではないと言うのなら、君の悪い癖なのだろう。自覚をお勧めするよ」

 皮肉げに言ったザシャの言葉に、レオンは顔に出さず、ぎくっとした。今時点でも彼は、ニーナに全てを語っているわけではない。

 レオンの内実など知らぬザシャは、仕方ない、と言って立ち上がった。

「では、父上に報せに行かなくては……。明日は彼女の誕生日だし、儀式もあるから」

「儀式……?」

 怪訝に尋ね返すと、ザシャはにこやかに微笑んだ。

「そう。成人の儀式。ついでに彼女の気持ちが固まっていれば、婚約か兄妹の契りを結ぼうと話していたから、兄妹の契りにすると伝えなくては」

「……ネーベル王国での成人は、十八歳ではないのか?」

 ネーベル王国の成人は十八歳だから、それまでニーナに時間を与えるよう、ベルクマン侯爵に頭を下げられた記憶は新しい。

 ザシャは、不審そうに首を傾げた。

「……? 違うよ、十七歳。……誰の情報?」

 レオンは苦虫を噛み潰したような顔になる。

「……ベルクマン侯爵から、そう聞いた」

 ザシャは失笑した。

「小賢しいね。おおかた君とニーナの結婚を先延ばしにして、己の娘との結婚の機会を探ろうとしていたという感じかな……? 君は素敵な臣下をお持ちだね、レオン殿下。王家を謀るとは、実に優秀(・・)

「……そうだな」

 レオンは嘆息する。

 承知の上で虚偽の情報を出したとあれば、彼の忠誠心も知れようというものだった。

「それに昨日、彼は会うなり、ニーナを打った。あの子を迎えに行った使いは、彼女がこちら側へ来たいと言うまで、姿を消して様子を見ていたから、彼女の日常を見聞きし、報告をしてくれていたけれど……ベルクマン侯爵は、驚くほどに、日常的にニーナに暴力を振るっていたようだね」

「――」

 ニーナとベルクマン侯爵が会っていたと知らなかったレオンは、さっと顔を上げる。

 ザシャは気に入らなそうに、瞳を眇めた。

「いいかい、レオン殿。ニーナが決して口を割らなかったから、対処のしようがなかったのだろうが、僕らは違う。魔力ある我らは、いつでも見れるし、手を出せる。……あの子への暴力は、二度と許さない。覚えておいて……」

 ベルクマン侯爵は、決してレオンの前ではニーナを打たない。だからこそ、今まで手出しができず、手をこまねいていたのだ。

 その場に居合わせていたなら、彼女を打たせはしなかった。

 ベルクマン侯爵とニーナを引き離したいレオンは、悔しさを呑み込み、頷く。

「承知した」

「では、明日のニーナの儀式には、君たちも呼んであげる……」

 ザシャは含みある笑みを浮かべ、するりとレオンたちの横を通り抜けていった。


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