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「いい買い物をしたね」
ギードがそう言ったのは、ニーナがレオンと仲直りをしたあとの、昼下がりだった。
レオンは自分が先にザシャと話をすると言って部屋を出て、ニーナは私室で彼からの報せを待っていた頃合いである。
ギードがすうっと姿を現した時、侍女のリーザも下がってしまっており、部屋にはニーナとシュネーしかいなかった。
神出鬼没で、必ず人がいない時に会いに来る人だけれど、レオンと気持ちを確認し合ったあとのニーナは、窓辺に現れた彼を見て、よくないわ、と思った。
図書室などでは人の出入りもあるが、私室では完全に二人きりになってしまう。
窓辺の椅子に腰かけて魔法学の本を読んでいたニーナは、すっくと立ちあがった。
「扉を開けてくるから、少しお待ちになってね、ギードさん」
密室に二人きりにならないよう、ニーナは扉を開けに移動する。
ニーナが腰かけていた椅子の左手、出窓に腰を下ろして出現した彼は、小首を傾げ、つまらなそうに唇を尖らせた。
「別に扉なんて開けなくてもいいのに。シュネーもいるんだから」
「シュネーは猫だから、駄目なの」
「だってさ。君は小さくて愛らしいから、駄目なようだよ。触ってもいいかい?」
ギードは、シュネーに向かって声をかけてから、手を出す。
机の上に座っていたシュネーは、ぱたりと一度尻尾を振って、彼の腕の中に収まった。
ニーナはその様子を横目に見て、小さく笑う。
シュネーは、ギードが来ると、澄まし顔になる気がした。異性を意識した、純情なお嬢さんのように。
「……いい買い物というのは、なんの話ですか?」
扉を開けつつ尋ねると、彼はシュネーの額にキスをしてから応じた。
「その髪飾りだよ。この間教えた、ヒルフェ・トーアという魔道具屋で扱っている、髪飾りだ。とても高価で、そして危険だから、買う奴はこれまで一人もいなかったけれど」
「……これのこと?」
ニーナは、こめかみ辺りに挿されたレオンからの贈り物に触れ、ギードを振り返る。
レオンが部屋を出て行ったあと、鏡で見たが、五色の宝石を使った、とても高価そうな髪飾りだった。
ギードはちらっと視線を上げ、頷く。
「レオン殿下が買ったのだろう? よく考えている。彼は賢い子だね」
「……これ、魔道具なの?」
扉を開け、ニーナはギードの元へ戻る。
シュネーもニーナを見上げ、髪飾りに目を向けた。
「そうだよ。それは持ち主を悪運から守る効果がある。運なんて漠然としたものを対象にしているから、色々と条件があって、買うのが大変なんだよ。買う人間が、その魔道具と契約を結ばないといけないし、何があっても文句は言わないという誓約書も、店側に提出しないといけない」
「そうなの……」
城下まで出向き、わざわざ買うのが大変な品を買ってきてくれたなんてと、ニーナは素直にレオンに感謝する。
ギードはシュネーを膝の上に乗せ、満足そうに微笑み、シュネーは彼を見上げて、不満そうに鳴いた。
ギードはシュネーを見下ろし、ふふっと笑う。
「いいじゃないか。僕はこれでいいよ」
「なーお。なうー」
シュネーは尚も不満そうに返し、ニーナは二人の会話を不思議な気分で眺めた。
まだ魔法を学びきれていない彼女には、シュネーの言葉までわからない。楽しそうに笑うギードと、怒っているようなシュネー。
「シュネーは、何と言っているの?」
尋ねると、ギードはいい笑顔で答えた。
「彼女は今、“貴方って最低ね。信じられない。馬鹿じゃないの。ねえ、聞いているの!” って言ってるんだよ」
「…………」
ニーナは額に汗を滲ませる。
何に怒っているのかは知れないが、シュネーの声音は変わらず、彼女は文句を言い続けている様子だ。
しかしギードは余程の猫好きなのか、罵られ続けながらも、幸せそうに彼女を撫で続けていた。




