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「……」
ニーナが立ち去ったあと、ザシャは顎に手を添えて、レオンを見る。
レオンの横顔は、一見堂々たる落ち着きを湛えており、何事か思案しているように見えた。
その腕にべったりとくっついた少女は、うっとりとレオンを見つめる。彼の視線が彼女に向かう気配はないが。
「……君さ。多分、女心とかに疎いよね……」
ザシャがぼそっと呟くと、レオンは訝しそうに彼を見返した。
「なんの話だ……?」
返答は求めていないのか、そのまま歩き出そうとしたレオンは、くん、と腕を引かれ、視線を下げる。
自分の腕に抱きつくアメリアに、今気づいたという顔をして、レオンは彼女の手に触れた。
「アメリア。男に抱き着くのははしたないと、何度も言ったぞ。……ベルクマン侯爵にねだって来たと言っていたが、どうやって来た?」
「えっとねー、お父様が、隣国に入国するにはお手紙を送ればいいって、誰かから聞いたらしくて、何通も書いて貰ったの。送っても送っても使いが帰ってこないから、やきもきしちゃった!」
自らの腕からアメリアの手を引き剥がしていたレオンは、はたと動きをとめる。
「――何人送った」
「六人!」
レオンは何かを堪えるように眉を顰めて目を閉じ、カールが「ああ……」と嘆きの声を漏らした。
ザシャは前髪をかき上げ、冷笑する。
「五人も死んでいるのに、また送って来たからさ……。君の国って、人間の命は紙切れより軽いの……? いくらなんでも殺し過ぎたから、六人目で仕方なく門番をとめて、手紙を受け取ったんだよ。君がまだ、ニーナの婚約者だから、特例で。……ただ手紙を渡せばいいだけなのに、皆が刃を向けてくるというのも、どうかと思うけれどね。君の国の人は余程、見た目が違う者を厭うのだね……」
冷え冷えと言うザシャに、レオンは短く息を吐くと、彼の前を横切った。
「恩情に感謝する」
「あん、レオン殿下……っ」
手を剥がされたアメリアが、縋りつこうとするのを、レオンはかつ、と靴音を立てて振り返った。
「アメリア。お前のことだ、一人で来たわけではあるまい」
「うん。使用人とお父様とご一緒よ」
「……ベルクマン侯爵まで、ご一緒ですか……」
カールが、思わずといった雰囲気で口を開く。
レオンは目を眇め、ザシャに顔を向けた。
「我が国の者をお受け入れ頂き、感謝する。ベルクマン侯爵は、ニーナの……」
「縁者なのだろう? ニーナを迎えにやった使いから、ことこまかに聞いているよ……。そしてこちらのお嬢さんは、ニーナのいとこだ」
ザシャはアメリアを見下ろし、ふわっと笑う。
含みある笑みであったが、アメリアは気づかず、彼の美しい造作に呆けた。
「変な髪色だけど、貴方、美形ね……」
「それはありがとう。貴女は思ったことをそのまま口にできる、物怖じしないお嬢さんのようだね……」
「ええ。お父様は素直でいいとおっしゃってくれるわ!」
胸を張った彼女に、ザシャは可笑しそうに笑い声を漏らし、指を鳴らした。
「部屋までお送りさせましょう。貴女のお父上も、私の父王と挨拶を済ませ、部屋に向かっていらっしゃるようだから……」
アメリアは首を傾げる。
「どうしてわかるの?」
「魔法を使って、確認していたからですよ……」
彼女は眉を顰めた。
「まあ、盗み見?」
魔法を使ってベルクマン侯爵の動向を確認していたザシャは、嫌らしいとでも言いたげに返され、呆れた笑いを収められない。
「大丈夫ですよ。案内している最中の会話しか、聞いておりません……。四六時中他人の動向を確認するのも、疲れますしね」
彼は傍らに使用人を二人呼び出し、廊下の先に手を伸べた。
「どうぞ、ごゆるりとお過ごしください。私の父王も、貴女方には、大変興味をお持ちだ……」
「でも、もう帰っていいのじゃない? ニーナは帰ってって言ってたわ。皆、気味の悪い髪色で、私、落ち着かないもの」
アメリアが甘えた顔をしてレオンを見上げる。
不躾の域を超えた物言いだったが、ザシャは柔和な笑みを消さず、緑やオレンジの髪色を持つ使用人たちは、首を垂れ続けた。
レオンは硬い表情で、ニーナが消えた廊下の先に目を向ける。
「帰りたいならば、先に帰りなさい。私はまだ、帰るわけにはいかない」
アメリアには目もくれず、そう応じたレオンは、軽く目を瞠った。
廊下の先に、すうっと黒い影が浮かび上がり、それは音もなく、人型となる。
漆黒のローブをまとった彼は、ニーナの後ろ姿が見えるかのように一度廊下の向こうを見やり、そしてレオンを振り返った。
漆黒のローブを着た神・ギードは、レオンと一度視線を重ねると、口角を上げ、フードを目深に被る。
「もう! ニーナなんて、放っておけばいいのに……っ。あんな気味の悪い髪の子の、どこがいいの!」
五人もの命を代償に入国した少女は、欲しい人形が手に入らない子供のように、ぷうっと頬を膨らませた。
ギードがにいっと笑い、再び姿を消していく。
神の笑みを鋭く見つめながら、レオンは低い声で呟いた。
「――全てだ」




