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7


「……」

 ニーナが立ち去ったあと、ザシャは顎に手を添えて、レオンを見る。

 レオンの横顔は、一見堂々たる落ち着きを湛えており、何事か思案しているように見えた。

 その腕にべったりとくっついた少女は、うっとりとレオンを見つめる。彼の視線が彼女に向かう気配はないが。

「……君さ。多分、女心とかに疎いよね……」

 ザシャがぼそっと呟くと、レオンは訝しそうに彼を見返した。

「なんの話だ……?」

 返答は求めていないのか、そのまま歩き出そうとしたレオンは、くん、と腕を引かれ、視線を下げる。

 自分の腕に抱きつくアメリアに、今気づいたという顔をして、レオンは彼女の手に触れた。

「アメリア。男に抱き着くのははしたないと、何度も言ったぞ。……ベルクマン侯爵にねだって来たと言っていたが、どうやって来た?」

「えっとねー、お父様が、隣国に入国するにはお手紙を送ればいいって、誰かから聞いたらしくて、何通も書いて貰ったの。送っても送っても使いが帰ってこないから、やきもきしちゃった!」

 自らの腕からアメリアの手を引き剥がしていたレオンは、はたと動きをとめる。

「――何人送った」

「六人!」

 レオンは何かを堪えるように眉を顰めて目を閉じ、カールが「ああ……」と嘆きの声を漏らした。

 ザシャは前髪をかき上げ、冷笑する。

「五人も死んでいるのに、また送って来たからさ……。君の国って、人間の命は紙切れより軽いの……? いくらなんでも殺し過ぎたから、六人目で仕方なく門番をとめて、手紙を受け取ったんだよ。君がまだ、ニーナの婚約者だから、特例で。……ただ手紙を渡せばいいだけなのに、皆が刃を向けてくるというのも、どうかと思うけれどね。君の国の人は余程、見た目が違う者を厭うのだね……」

 冷え冷えと言うザシャに、レオンは短く息を吐くと、彼の前を横切った。

「恩情に感謝する」

「あん、レオン殿下……っ」

 手を剥がされたアメリアが、縋りつこうとするのを、レオンはかつ、と靴音を立てて振り返った。

「アメリア。お前のことだ、一人で来たわけではあるまい」

「うん。使用人とお父様とご一緒よ」

「……ベルクマン侯爵まで、ご一緒ですか……」

 カールが、思わずといった雰囲気で口を開く。

 レオンは目を眇め、ザシャに顔を向けた。

「我が国の者をお受け入れ頂き、感謝する。ベルクマン侯爵は、ニーナの……」

「縁者なのだろう? ニーナを迎えにやった使いから、ことこまかに(・・・・・・)聞いているよ……。そしてこちらのお嬢さんは、ニーナのいとこだ」

 ザシャはアメリアを見下ろし、ふわっと笑う。

 含みある笑みであったが、アメリアは気づかず、彼の美しい造作に呆けた。

「変な髪色だけど、貴方、美形ね……」

「それはありがとう。貴女は思ったことをそのまま口にできる、物怖じしないお嬢さんのようだね……」

「ええ。お父様は素直でいいとおっしゃってくれるわ!」

 胸を張った彼女に、ザシャは可笑しそうに笑い声を漏らし、指を鳴らした。

「部屋までお送りさせましょう。貴女のお父上も、私の父王と挨拶を済ませ、部屋に向かっていらっしゃるようだから……」

 アメリアは首を傾げる。

「どうしてわかるの?」

「魔法を使って、確認していたからですよ……」

 彼女は眉を顰めた。

「まあ、盗み見?」

 魔法を使ってベルクマン侯爵の動向を確認していたザシャは、嫌らしいとでも言いたげに返され、呆れた笑いを収められない。

「大丈夫ですよ。案内している最中の会話しか、聞いておりません……。四六時中他人の動向を確認するのも、疲れますしね」

 彼は傍らに使用人を二人呼び出し、廊下の先に手を伸べた。

「どうぞ、ごゆるりとお過ごしください。私の父王も、貴女方には、大変興味をお持ちだ……」

「でも、もう帰っていいのじゃない? ニーナは帰ってって言ってたわ。皆、気味の悪い髪色で、私、落ち着かないもの」

 アメリアが甘えた顔をしてレオンを見上げる。

 不躾の域を超えた物言いだったが、ザシャは柔和な笑みを消さず、緑やオレンジの髪色を持つ使用人たちは、首を垂れ続けた。

 レオンは硬い表情で、ニーナが消えた廊下の先に目を向ける。

「帰りたいならば、先に帰りなさい。私はまだ、帰るわけにはいかない」

 アメリアには目もくれず、そう応じたレオンは、軽く目を瞠った。

 廊下の先に、すうっと黒い影が浮かび上がり、それは音もなく、人型となる。

 漆黒のローブをまとった彼は、ニーナの後ろ姿が見えるかのように一度廊下の向こうを見やり、そしてレオンを振り返った。

 漆黒のローブを着た神・ギードは、レオンと一度視線を重ねると、口角を上げ、フードを目深に被る。

「もう! ニーナなんて、放っておけばいいのに……っ。あんな気味の悪い髪の子の、どこがいいの!」

 五人もの命を代償に入国した少女は、欲しい人形が手に入らない子供のように、ぷうっと頬を膨らませた。

 ギードがにいっと笑い、再び姿を消していく。

 神の笑みを鋭く見つめながら、レオンは低い声で呟いた。

「――全てだ」


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