表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/37


 レオンは窓辺の書棚脇に立ったまま、話を始めた。

「まず、国で君を守り切れず、恐ろしく感じさせたこと、本当に済まなかった」

「……」

 謝罪されるとは考えていなかったニーナは、瞳を大きくして、彼を見上げる。

 レオンは、心からすまなそうにニーナを見つめていた。

「俺が不甲斐ないばかりに、兵は剣を抜いた。俺では頼りにならないと判断されても、仕方ない」

「……いいえ。レーゲン王国の方は、魔力を持つ者を恐れていらっしゃるもの。あの混乱では、どうしようもなかったと思います……」

 ぽかんとしながらも、彼の言葉を否定すると、レオンは眉根を寄せる。

「ニーナ。それでも俺は、あの場を鎮めねばならない人間だった。俺はいずれあの国を統治する者だ。臣下が命令を聞かぬなど、あってはならぬ。俺はまだ、臣下の信頼を獲得しきれていない、未熟者なんだ」

 ――だってレオン。貴方まだ、十八歳よ。それはこれからじゃないの……?

 ニーナが思うよりもずっと、レオンは迅速に統治者になろうとしていた。それは頼もしくもあり、無理をしているようにも見える。

 レオンは苦しそうにため息を吐き、俯いた。

「愛想をつかされたとしても、俺に引き留める術はないとわかっている。だが誤解だけは解いておきたい。俺は……。アメリアとのアレは、違うんだ」

 言い難そうにするレオンが、何について話そうとしているのか、すぐにわかった。

 聞きたくない、という気持ちが立ってしまい、ニーナは眉を顰める。

 その表情を見て、レオンもまた顔を歪めた。

「俺が悪かったのは承知している。言い訳など、男らしくないとも。責任を取れと言われてもおかしくない。だが――聞いてくれ」

 ニーナが黙っていると、彼は了承と受け取り、話を続ける。

「……俺はあの日、気分が悪いというアメリアにつき合って、庭園に出た。ベルクマン侯爵が、自分は手が離せないから頼むと言って、体調が悪いのを無下にするのも悪いと思い、テラスまでなら、とつき合ったんだ。だが彼女は案外に元気で、もっと奥が見たいと、どんどん人気のない場所へ向かう。他に人を呼んだ方がいいとは思ったが、彼女は呼びとめても聞かず、足場の悪い庭を歩いていたアメリアは、躓いた」

「転んで唇が当たったとおっしゃるの? そんな風には見えなかったわ。貴方とアメリアの唇は、しっかり重なっていたもの。――意志を持って」

 ニーナは自分でも驚くほどはっきりと、そして冷たくレオンに反論していた。

 自覚していなかったけれど、彼女は怒っていたのだ。もうずっと――とても長い間。

 彼の浮気は、一度だけではない。

 彼は六度も他の女性に目を向け、そして直前の人生では、浮気相手を妊娠させていた。

 今世のレオンを前にすると、恋心で忘れかけてしまうけれど、やっぱり許せないものは許せない。

 レオンは、ニーナとの婚約期間中に、他の女の子を抱いた。

 沸々と怒りが湧き、でもそれを見せるのは憚られ、感情を堪えようとするニーナの瞳は潤んだ。

 レオンは驚いたようにニーナを見返し、すぐに口を開く。

「違うんだ。転んだ彼女を抱き留めたのは確かだ。しかし唇は偶然当たったのではなく……その……」

 レオンは言い淀み、口惜しそうに拳で額を押さえた。

 そして大きくため息を吐き、ぼそぼそと言った。

「転びそうなところだったから、若干焦っていた。だから、転ばせずに支えられ、ほっとした次の瞬間に……彼女が自ら唇を重ねてこようとは、考えていなかったんだ……」

「…………」

 ニーナは無言でレオンを見つめる。

 何を言えばいいのかぐるぐると考え、しばらく言葉が出なかった。

 ――アメリアったら、大胆ね……とか? でも人が見てるとはわからなかったでしょうから、彼女としては、一世一代の告白まがいの行動だったのかしら。それにしても、あっけなく唇を奪われるレオンもどうなのかしら。お姫様じゃないのだから……。ううん、レオンは十分肉食獣っぽいから、これはアメリアがより肉食獣だったということ……?

 何も言わないでいると、レオンが顔を上げる。

「許してくれとは言わない。俺が悪かった。だが今一度考えて欲しい。俺は――君のために、国を変えると約束する」

 ――国を変える。

 その一言に心が浮足立ちそうになり、すぐにニーナは、現実を思い出した。

 これは愛の告白なんかじゃない。

 彼はかつてから、国交締結の計画を立て、それを推し進めているだけに過ぎない。

 それに、レーゲン王国には、ベルクマン侯爵がいた。

 内務大臣という要職に就いた、ニーナを厭い、殺せと命じていた彼がいるのに――どうやって変えると言うのか。

 ニーナはこくりと唾を呑み込み、真剣な面持ちで自分を見つめるレオンに、口を開いた。

「……そんなの無理よ、レオン」

「ニーナ……っ」

 レオンは失望の滲む声で名を呼んだが、ニーナは顔を背け、図書室の出入り口へと向かう。

 国を変えるなんて、できるはずがない。

 議会がニーナを承認するはずもない。

 この恋は――いつだって叶わなかった。

 レオンとニーナは何があっても、結ばれない。そしてきっと、愛さえもない。

 六度も繰り返した残酷な運命は、彼女に希望を抱かせぬ、十分なまでの苦しみを与えていた。

 頬を強張らせて図書室の扉を開けたニーナは、ちょうど扉の前に立っていた青年を見上げる。

 今しがた来たのだろうか。

 白銀の髪に、青い瞳を持つザシャが、ニーナを見下ろして目を瞬いた。

「あれ……勉強はもうお終い、ニーナ?」

 兄の顔で穏やかに尋ねられ、応じようとしたニーナは、また口を閉じる。

 ザシャの肩越しに、既視感のあるドレスを着た少女が立っていた。

 ニーナの全身から血の気が引いていく。

 目立たないが、いくつもの宝石を使った、桃色の清楚なドレス。

 レオンに贈られ――そして彼女が気に入って勝手に持ち去った。

 ニーナの視線に気づいたザシャは、その少女が見えるよう、体を横にずらす。

「先日から文がしつこくて。ニーナに会いたいと煩いから、召喚を許したのだけど……」

 柔らかな風と涼し気な水音が響く穏やかな王宮に、彼女のその笑顔は目に眩しく、そしてニーナの心臓を凍りつかせた。

「……アメリア」

 ハニーブロンドの髪に、金色の大きな瞳を持つ、ニーナのいとこ・アメリアが、満面の笑顔を浮かべて立っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ