表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/37


「――『神の愛し子』……?」

 蓮の宮に与えられた部屋で、レオンは怪訝に尋ね返した。

 ネーベル王国の王宮に来て三日もした頃、カールが自ら収集してきた知識を披露したのだ。

 この三日、レオンはニーナと小一時間程度しか会えず、しかもザシャが必ず傍にいるので、まともな会話もできていない。

 体の形がよくわかる薄布のドレスに、王族らしく華やかな指輪やイヤリングをつけた彼女は、いかにも異国の姫といった風情で、レオンはどうにも胸をかき乱されていた

 ベルクマン侯爵家で、常に怯えを隠し切れずにいた彼女は、ここにはいない。

 暴力を振るったり、侮蔑の目を向ける者がいないのだから当然だが、大人しい彼女しか知らなかったレオンは、己の感情を持て余していた。

 かつて以上に、ニーナに惹かれてしまっているのである。

 人目を気にし、理不尽な仕打ちを受ける彼女を守ることこそが、己の使命と感じていた。だが、ベルクマン侯爵という枷を失った彼女は、健やかで美しく、表情の全てが魅力的だった。

 ただ立っているだけで、目を引く。

 ずっと遠い場所にいても、あれがニーナだとわかってしまう。

 振り返ると弧を描いて揺れる美しい髪に、白磁の肌。澄んだ瞳は青く清らかで、唇は艶っぽい。

 傍近くで会話をすれば、以前同様に聡明で穏やか。優しい性格の滲む話し方と、様変わりした彼女の雰囲気に、レオンは奇妙なまでに鼓動を速めてしまい、胸が苦しくなった。

 ザシャの目など気にせず、懇々と口説き落としたくなってしまうくらい、彼女は以前よりもずっと輝いていた。

 レオンは、ニーナの心をつなぎ留めるため、深い話をしたい。

 しかしザシャの手前、宴の夜の話はできず、ニーナの方もどう思っているのか、その話題に触れようとしないのだ。

 彼女の態度は、レオンが話せば応じるが、なんとなく他人行儀だった。

 レオンがネーベル王国に到着した翌日など、ギードがまたもニーナにキスしている場面を見てしまい、声を荒げたのは悪かったと思う。

 しかし自分を見るなり瞳を潤ませ、怯えたように声を震わせたのには、ショックを受けた。

 大声を出したがために怖がらせたのかと、不必要に近づかないようにしたが、星湖に連れて行ってあげると言って、ザシャに手を取られた彼女の反応に、レオンは更に追い打ちをかけられる。

 ニーナは、レオンが近づこうとしただけで緊張した様子だったのに、ザシャに手を取られるのは平気そうだったのだ。

 ――俺は恐ろしく、その男は安全だと思っているのか……?

 異国の地で彼女がどのように変わったのかもわからず、レオンは嫉妬心を抑え、二人のあとに続いた。

 歩きながら、自国とネーベル王国での彼女の雰囲気の違いに、レオンは罪悪感を抱く。

 もしかしたらこの地の方が、彼女は幸せになれるのでは、と迷いを覚え、彼女には、自ら生きたい国を選んで欲しいと言った。

 本音は、レーゲン王国へ連れ帰り、自分の妻にしたい。

 だが前世で繰り返した不幸を考えると、彼女を幸せにしたい気持ちが強く、レオンは強制的には連れ帰れないと判断したのだ。

 けれどそれ以降、彼女は以前のように、レオンを恋する眼差しで見ることもなく――むしろ視線が合わず、何を考えているのかわからなかった。

 そっけなくすら感じる態度に、レオンはこのところため息を増やし、他ごとはやる気にもならない。

 頭の中は、ニーナで一杯だ。

 今も、カールが持参した書類仕事をする気にならず、部屋の中央に設けられた長椅子に腰かけ、頬杖をついていた。

 カールは主人が手をつけようとしない書類を、これ見よがしに部屋の一角にある机の上に並べつつ、面白そうに語った。

「ええ。あちこちでニーナ様を『神の愛し子』と呼び、彼女が通りかかると、皆ひれ伏すのです。こちらの王族への礼儀かと思いましたが、ザシャ様などの前では皆首を垂れるだけ。何が違うのかと、使用人の一人に尋ねてみたのです」

 ニーナが王族の血を引くとわかって以降、カールは彼女をニーナ嬢ではなく、ニーナ様と呼ぶ。

 その些細な違いも、彼女はベルクマン侯爵家へ引き取られた憐れな娘ではなく、異国の姫となってしまったのだと意識させ、レオンはやや物寂しい気持ちにもなった。

 ニーナは、あるべき国へ戻り、どこか遠い存在になってしまったのだ。

「それで……?」

 ザシャの名を聞くだけで若干イラっとしたが、もちろんその感情は顔には出さず、続きを促す。

「ニーナ様は、神に攫われやすい姫君のようですよ」

「――あん?」

 即座にギードの姿が脳裏をよぎり、レオンは王太子らしからぬ反応を示した。

 カールはレオンを振り返り、にこやかに頷く。

「なんとも見事な伝承です。この国には、稀にニーナ様のように髪の色が変わるお子が生まれるのだそうです。そしてそのお子は、通常よりも強い魔力を持つとか。なんでも、神の御力に近い力を持つために、神に愛されやすく、目を離すといつの間にか、神が攫ってしまうのだそうですよ。もっともこれは、髪色が変わる子は珍しく、子供の内は魔法も使いこなせぬことから、人攫ひとさらいにって見世物小屋などに売られていた、という事実が、神隠しと混同して伝えられているそうで。面白いでしょう?」

 にこにこと話す側近を呆然と見返し、レオンはぼそっと呟いた。

「……全然、面白くない」

 カールはきょとんとレオンを見下ろし、ああ、と笑みを深める。

「ええ、ええ。そうでしょうとも。レオン殿下は、ニーナ様をさらわれてはたまりませんものねえ……ほほほ」

 カールやハンネスは未だ、ギードが神だとは信じていなかった。酔狂な未来見だとしか考えておらず、レオンへの宣戦布告は、何らかのはっぱをかけたのだと考えている。

 だがレオンは、前世を知っている以上、ギードは神であろうと推定しており、ニーナが『神の愛し子』であるという話に、血の気が引いた。

 神出鬼没で、いつどこに現れるかもわからない男が、ニーナを攫うのはたやすい。

 ――ギードに監視をつけたい……。

 冷や汗をかきながら、策を考え始めたレオンに、カールはつけ加えた。

「そうそう。『神の愛し子』は神の血を引く者とも考えられているそうで、故に皆さん、ニーナ様を見るとひれ伏すのだそうです。神と等しい存在だから、と」

 レオンは唖然とカールを見返し、抑揚のない調子で繰り返す。

「……神と、等しい存在……」

 ――……を、娶っていいのか?

 後半は、心の中でのみ呟いた。

 ただでさえ彼女は今、より魅力的な少女になってしまっているのに、更に神に等しいと言われてしまっては、自分では及びもつかないのでは、と戦いてしまう。

 レオンは、あんな美しい少女を――この国での女神に等しい存在を、我が物にしようと考えているのだ。

 レーゲン王国内では、自分の見た目を気にし、卑屈になっている彼女だからこそ、そうじゃないと言い聞かせる意味を込めて強引にして来た。が、ネーベル王国で心地よさそうな彼女を見ると、その気は消え失せ、及び腰になる。

 ――強引になどできない。最大限、大切にしたい。

 レオンは両手で顔を覆い、盛大にため息を吐いた。

「どうしたらいいんだ、俺は……っ」

恋煩こいわずらいですねえ……」

 カールの呑気な言葉が、全てを物語っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ