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 レオン達がもうすぐ到着すると声をかけられ、謁見の間に連れて行かれたニーナは、自分の恰好に戸惑っていた。

 ザシャは着飾っておいでと言っていたが、部屋に戻ると侍女が三名もおり、彼女たちの用意した衣服に着替えさせられたのだ。

 なんでも、ネーベル王国の王族が着る衣装らしく、幾重も薄い布地を重ねたドレスだった。

 光沢のある艶やかな布地で、軽く、着心地はよいが、ニーナは心細い肩口を見て、呟く。

「……破廉恥じゃない……?」

 用意されたドレスは、肩から肘にかけて隙間が空いていて、肌が露出していたのだ。

 肘から手首にかけてはたっぷりと布地が使われ鈴の形になっているのに、なぜ一部分布を切っているのか、意味がわからなかった。

「破廉恥じゃないよ。綺麗な肩だね」

 情けなく眉を下げるニーナに、今しがた謁見の間に入って来たザシャが声をかける。

 彼と一緒に謁見の間に入って来た近衛兵たちは、ニーナに一礼し、会場の各所に散らばっていった。

 立派な黄金と青のマントを肩からかけ、全身きっちり布に覆われているザシャを見て、ニーナはますます情けない顔になる。

「どうしてザシャは普通なのに、私はこんなドレスなの?」

「それは女性の王族用。ネーベル王国は、他国よりも衣服で貞淑さを示さないからね。色っぽいことはいいことだよ。目を引くし、男が守りたくなるから。髪も可愛いね」

 髪は、宝石と生花をいくつも使って彩られ、イヤリングとネックレス、そして指には指輪がいくつかはめられていた。

 爪にも色がつけられ、あまりにも華やかな仕上がりに、ニーナは身の置き場がない。

 謁見の間は中央に赤い絨毯が敷かれ、その先の数段上に玉座があった。玉座の足元に立つよう指示されたニーナは、ザシャの左隣に肩を小さくして立つ。

「――ああ、来た。魔法陣を張りなさい」

 耳元を指先でいじっていたザシャが、ぼそっと言うと、広間の各所に配置されていた兵たちが剣を掲げた。どうやら彼は、魔法を使って、門前の様子を聞いていたらしい。

 兵らが抜いた剣を見て、ニーナはひくっと頬を痙攣させた。

 兵たちの剣先から青い光が放たれ始め、部屋の中央に白い靄が凝り出す。そして突然、どん、と何か重いものが落ちる音が響いた。

 ニーナは「ひゃっ」と飛び上がったが、他の誰も驚いた様子はなく、皆部屋の中央を見つめている。

 凝っていた白い靄が晴れ、そこには武装した一団が突如として出現していた。

 ニーナの目は、迷わず一団の中心にいるレオンを捉え、緊張か、ときめきか、彼女の胸はきゅうっと苦しくなる。

 出現した彼らも驚いているらしく、周囲を見渡してざわめき、その内の幾人かが周囲に抜身の剣を持つ者があると気づき、即座に腰の剣に手をかけた。

「――剣を抜くな」

「――剣を下げろ」

 レオンの命令と、ザシャの命令は同時だった。

 二人の声は落ち着いたものだったが、一同は全員が緊張を走らせ、しんと静まり返る。

 次に口を開いたのは、ザシャだった。

「ネーベル王国へようこそ、レオン王太子。不躾なお運びをして申し訳ない。我が国の民は異国の者を見慣れておりません故、要らぬ不安を与えたくなかったのです。ご理解頂きたい」

 レオンが視線をこちらに向ける。ニーナの鼓動は爆発しそうに乱れ、彼はザシャを、それからニーナを見た。

 ――こんな破廉恥な恰好、軽蔑されちゃう……っ。

 ニーナはレオンの反応を見るのが怖く、咄嗟に俯いてしまう。

 隣でザシャがふっと微かに笑う気配がした。

「ああ、馬は転移の途中で王宮の厩へ移しておりますので、ご安心を」

「かたじけない。貴殿は……?」

 レオンに問われ、ザシャは胸に手を置き、頭を下げる。

「私はネーベル国王クレーメンスが嫡子・ザシャと申します。お見知りおきを……」

「お会いできて光栄だ。私はレーゲン国王ユストゥスが嫡子・レオン。此度は急な訪問にもかかわらず、お受け入れ頂き感謝申し上げる」

「いいえ。貴殿とニーナは婚約していたとのことでしたから、お受けしたまでです……」

 武人然としたレオンに対し、ザシャの受け答えはたおやかだ。

 冷や汗をかいて床を見つめていたニーナは、ザシャが髪に触れてきて、ぴくっと肩を揺らした。

「ニーナ……? ご挨拶を」

 ザシャは優しく髪を耳にかけ直し、顔を覗き込んでくる。泣きそうな顔をしたニーナと目が合うと、彼は笑みを深め、耳元に唇を寄せた。

「笑顔だよ……」

 誰にも聞こえない小声で囁かれ、ニーナは思いだす。

 人と会った時は、笑顔を浮かべるのが、この国の文化だ。たとえ自分の恰好がこの上もなく破廉恥でも、笑顔を浮かべねばならない。ザシャやクレーメンスに恥をかかせることになる。

 ニーナはぎこちなく顔を上げ、部屋の中央に立つレオンに目を向けた。

 レオンは、ニーナを苛烈なまでの強い眼差しで見返す。

 その強すぎる眼差しに怖気づきそうになりつつ、彼女は微笑みを湛えた。

 ほんの半月ではあるが、ネーベル王国で温かな愛情に包まれて過ごした彼女の笑みは、かつてよりもずっと甘く、優しい。瞳の色もどこか穏やかで、それはまるで、女神のように美しい笑顔となった。

「お越しくださり、ありがとうございます、レオン殿下。ご挨拶もなくお傍を離れましたこと、心よりお詫び申し上げます……」

 するりと膝を折り、首を下げる時に聞こえるのは、軽やかな衣擦れの音のみ。肩口から垂れた髪は、まるでそこから清水が零れ落ちたかのように色鮮やかで、雅だった。

「……っ」

 レオンが口を開く気配がしたが、ザシャが遮る。

「陛下のお出ましです」

 レオンははっとして正面に目を向け、舞台の左手からクレーメンスが現れると、その場に膝を折った。

 レーゲン王国の兵たちもレオンに続いて皆膝を折り、玉座についたクレーメンスはしげしげとレオンを見下ろした。

「よく、お越しくださった、レオン殿。おもてを上げられよ」

「――は」

 クレーメンスが遠路の労をねぎらい、レオンが受け答えはじめる。

 ニーナは、ほう、と息を吐いた。とりあえず、最初の挨拶はうまくできただろう。

 隣に立つザシャが、可笑しそうに笑い、耳元で囁いた。

「よくできたね、ニーナ。やっぱり女の子は、笑顔が一番だよ。気づいていた? レオン殿だけでなく、後ろの護衛たちも、君の美しさに目を奪われました、という顔をしていた……」

「……そんなわけないわ……」

 ――隣国の人たちは皆、この青い髪が嫌いなんだから。

 揶揄うザシャを軽く睨むと、彼は首を傾げる。

「どうして?」

「レーゲン王国に、私を好きな人なんていないもの」

 答えながら、胸が痛む。未だに、ニーナの髪が黒く変色したのを見た人たちの表情が、忘れられなかった。誰もがニーナを恐れ、嫌悪し、魔物だと叫んだ。

 十年共に暮らしたベルクマン侯爵さえも、ニーナを殺せと叫んだのである。

 身内ですらニーナを厭うていたのに、他の誰が自分に好意を抱くというのだろう。

 きっとレオンも、ニーナを好きではなかった。彼の目的は、ネーベル王国との国交締結交渉に過ぎず、ニーナはそのコマだ。これまでの睦まじい関係も、全てはニーナの気をよくするためにしていただけで――愛なんてなかった。

 その証拠に、彼の心は移ろい、アメリアと人目を忍んでキスをしていたのである。

 思い出すと、胸が苦しくなり、ぐっと涙が込み上げそうになった。

 ニーナは唇を引き結び、涙を堪える。

 ――泣いたって、意味はないわ。きちんと、お別れを言わなくちゃ。レオンのためにも。

 ザシャは、ニーナの表情を見て、慌てた。

「あれ? 泣くの……? 待って、まだ謁見終わってないから、もう少し我慢して? まだ、泣いちゃダメだよ」

 泣き虫な妹に弱り切った兄、といった雰囲気で、ザシャが顔を覗き込む。

 その時、カタンと高い音がして、ニーナはびくっと背筋を伸ばした。

「――失礼」

 レオンが低く呟き、身じろいだ。どうやら、彼の腰に佩いていた剣が、床に強く当たったらしい。

 ニーナはふう、と息を吐き、レオンを振り返ったザシャは、彼を見て、なぜかにやっと笑った。

「ザシャ。レオン殿下を部屋にお連れしたのち、王宮内を案内せよ」

 いつの間にか話は終わっていたらしく、クレーメンスは立ち上がる。去ろうとする素振りを見せたクレーメンスに、レオンが声をかけた。

「お待ちください。不躾かとは存じますが、案内はニーナ嬢に……」

 ニーナと早く話を済ませたいのか、レオンが案内役を変えて欲しいと申し出たが、クレーメンスはぴしゃりと言い放った。

「――ならぬ。我らは貴殿らを受け入れはしたが、信用しているわけではない。ニーナは大切な我が弟の娘。貴殿らに心を壊されては敵わぬ故、こちらが指定した時間のみ面会を許そう。本日の対面はここまでだ。次は明日まで待て」

“我が弟の娘”という言葉に、レオンは目を見開き、彼の背後に控えていた全員が息を呑んだ。

 レオンの近衛兵らが、ニーナに驚きの目を向ける。ニーナは居心地が悪く、体半分、ザシャの背後に隠れた。

 ザシャがにこっと朗らかに笑う。

「そういうわけですので、本日は彼女のいとこである、私がご案内致します。それでは、参りましょうか……」

 ザシャが軽く手を上げると同時に、レオンたちと彼は忽然と消えた。

 前置きもない魔法の行使に、ニーナはぱちくりし、クレーメンスが声をかける。

「ニーナ、今日はもう下がってよい。ニーナの侍女をこれへ」

 控えていた侍女が進み出て、クレーメンスに恭しく頭を下げる。

「ニーナを部屋まで送りなさい。今日は就寝まで彼女の傍近くに侍り、隣国の者を近づけさせぬようにせよ」

「かしこまりました」

 レーゲン王国と違い、ネーベル王国の王宮では、ザシャもニーナも、特に護衛や侍女をつけずにすごしていた。それが今日は寝るまで傍に控えるよう命じられ、ニーナは驚く。

 しかしクレーメンスは言うだけ言うと、謁見の間を出て行ってしまった。

「姫様」

 侍女に声をかけられ、ニーナは視線を戻す。

 ニーナを見ても、優しく笑うばかりの侍女・リーザが、首を傾げた。

「お部屋に戻りましょうか?」

「……はい」

 応じると、彼女は頷き、ニーナにつき従って移動を始めたのだった。


少し読みにくそうでしたので、二つに分けました。(1/10更新データ)

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