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 王宮にある自室の窓辺に立ち、ひとしきり記憶を取り戻した時を思い出していたレオンは、窓近くに置かれた長椅子に視線を移す。

 そしてその長椅子にだらりと横たわる男の姿に、目尻を痙攣させた。

「……他人の部屋で、随分な寛ぎようだな、貴様……。――寝るな! 起きろ!」

「んあ? はい、なんでしょ……王子様……」

 のっそりと起き上がったのは、銀糸の髪も美しい、端正な面立ちをした自称・時の神――ギードである。

 彼は両腕を持ち上げ、背を伸ばした。

「はー王子様の部屋の家具は、どれも上等だねえ。長椅子がベッドのようだ」

「……一国の王太子の部屋だ。この国は豊かだと民に示すためにも、それなりに見栄えは調えておかねばならん。それよりも、なぜ俺の部屋に居座る」

 シュネーをニーナの元へ返した日のレオンは、まさかこんな事態になるとは考えていなかった。

 猫を返した翌日、ギードはレオンの元を訪れ、不遜にも恋敵になると宣戦布告しただけでなく、その後、レオンの周囲に出没するようになったのだ。



 猫を返しに行った日、ベルクマン侯爵邸の玄関先で出迎えてくれたニーナは、愛猫を腕に抱いてほっとした様子だった。

 すぐに返せなくて悪かったな、と感じながら彼女を見ていたレオンは、ニーナの髪色が黒く変色していくのに気づく。――やはり髪の色が変わる。

 そう思ったレオンは、咄嗟にニーナを馬車前で引き留め、腕の間に彼女を閉じ込めた。

 他人の目に触れぬよう、自らの体で彼女の姿を隠したのである。

 そして黒くなった彼女の髪先に触れながら、睦言を吐いた。

 彼女の髪は、黒くなってもすぐに色が戻るようだったから、時間を稼ぎたかったのだ。それと同時に、愛猫には会えなくて寂しかったと言うのに、自分にはないのか、と大人げのない嫉妬もしていた。

 最初は自分の髪色に驚いていたニーナも、レオンの言葉に頬を染め、最後にはレオンが好きだと可愛らしく告げてくれた。

 レオンは愛しさを隠せず、彼女の目尻に口づけ、素直な気持ちを口にした。

 ――繰り返される運命になど負けない。たとえ神がそう望んでいても、今世こそは勝ってみせる。

 前世の記憶などという、突拍子もない話はできず、言える範囲内で己の心根を彼女に告げたのだ。

 しかし神を引き合いに出したのはあくまで例えであって、実際に現れるとは想像もしていなかった。



 ギードが王宮を訪ねた日から五日目――この男は、毎日レオンの周りに出現するようになっていた。

 いつの間にか執務室や、私室におり、廊下を移動する際も気づけば隣を歩いているのだ。

 傍で何をするかと言えば、どうでもいい話ばかり。いい迷惑なのだが、ギードが自称・未来見でもあるため、周囲は誰も彼を咎めず、遠巻きに様子を眺めるだけだった。

 しかもギードは用意周到にも、父王の元を事前に訪れており、未来見として、王太子のアドバイザーになるなどと申し出、許可を得ていた。

 ――何がアドバイザーだ……っ。

 レオンは内心で吐き捨て、ギードを睨む。

「ニーナならやらん。今世では必ずや彼女を生かす。貴様の出る幕はないから、消えろ」

 彼が神だと宣言した時、同席していたのはカールとハンネスのみだ。彼らは、ギードの戯言だと思っている様子だが、レオンは違った。

 側近たちには告白していないが、レオンは実際に、六度死んで、転生を繰り返している記憶がある。

 これまでの人生でも、転生の事実を誰かに告げた記憶のないレオンは、彼の自己紹介は事実である可能性が高いと考えていた。

 ――全く……恋敵が神だなどと――どんな運命だ。

 レオンは今世の自分とニーナを取り巻く状況を改めて考え、眉間に皺を刻んだ。

 今世でのニーナは、顔の造りこそ同じだが、見てくれは異国の血を引き、最初から負け戦の感が強い。

 そして、これまではニーナと共に潰えていた彼女の両親は既に他界し、彼女は孤立無援。

 更に自ら破綻を望むかの如く、ニーナは突発的に婚約解消を申し入れようとし、挙句の果てに、神の出現と、次回以降の転生はないという宣言。

 これまでの人生では起こらなかった事案が次から次へと舞き起こり、いくら落ち着きある王太子が外面の彼でも、そろそろ人前で素を出しそうだった。

 ――どうなっているんだ……今世は……!

 レオンは苛立ちも露に、前髪を掻きむしる。

 ギードは飄々とした笑みを浮かべ、首を傾げた。

「そうなの? でもアメリア嬢を娶らないと、政治的によろしくないのではないかな、王子様?」

「――我が国は現在、安寧の時に入っている。たとえ派閥の支持が多少減ろうと、国の主導に問題はない」

「ちょこちょこアメリアの機嫌を取って、ベルクマン侯爵の怒りを分散させようとしているようだけど?」

「……」

 政治の話に対しては即答したものの、次の質問にレオンは口を閉じる。

 ――神と自称するだけはあり、こちらの事情は全て把握済みらしい。

 身に覚えがありすぎて、彼はふう、と息を吐き、顔を背けた。

「なぜ貴様に、懇切丁寧に答えねばならん」

「内心ではよく思ってないくせに、いい顔をして。よくやるね」

 皮肉げに揶揄され、レオンは煩わしく彼に視線を戻す。

「やらねばならん。アメリアやベルクマン侯爵の機嫌を損ねれば、ニーナが痛めつけられる。結婚するまで、ニーナの身を守りたい」

 レオンは、ニーナを虐げるベルクマン侯爵一家を、よくは思っていなかった。しかしニーナを大事にするが故に、アメリアとのファーストダンスを踊り、彼女を喜ばせる雑談をし、彼女の前ではあえてニーナをないがしろにする素振りをするのだ。

 どんな内実があろうと、彼らにはいい顔をする。

 そうしなければ、ニーナは虐待され、運が悪ければ命まで奪われかねないと危惧していた。

 とはいえ、アメリアの傍若無人ぶりには、苦々しいものを感じる。

 先日など、レオンがニーナに贈ったドレスを着て、出迎えられた。

 あのドレスは、ニーナのために作らせ、彼女以上に似合う者はいないようにデザインして作らせたものだ。アメリアが横から掠め取っていいものではない。

 恋人に対する彼らの仕打ちを察しているレオンは、瞬時に苛立ちを覚えたが、それを呑み込んで、アメリアの好みの品を贈ると口にしたのだ。これ以上、アメリアがニーナから何かを奪わぬように。

 レオンは、一刻も早く、ニーナをあの家族から引き離したかった。

 しかし痛みの恐怖は彼女の芯まで縛りつけているのか、ニーナ自身からは決して、被害を訴えてこない。

 当人から訴えがない以上、内務大臣という要職についているベルクマン侯爵の元から彼女を取り上げる理由は見つからず、彼らの機嫌を損ねぬように振る舞う以外、他に方法がなかった。

 レオンの顔をじっと見ていたギードは、彼の思考を読んだかのように目を据え、呆れた表情で首を振る。いかにも、これはダメだ――と言いたげに。

「あっそう。好きにすればいいけど、でもそれでニーナを奥さんに出来るのかな、バカ王子」

「――バ……?」

 生まれてこの方、一度も聞いた覚えのない形容詞を使われ、レオンは目を丸くした。ギードは「はーやだやだ」と呟き、頬杖をついてそっぽを向く。

「この間も言ったけど、ニーナが同じ命運を辿るなら、次の転生はないよ。これがラストチャンスだ、王子様。今世もニーナは心臓を刺されて、痛い思いをしないといけないのか、それとも君が何とかするのか。見ものだねえ……」

 レオンはぎくりと身を強張らせ、ギードを見つめた。彼が神である可能性が高い以上、この発言も事実となる可能性は高い。

 ――次なる転生はない。ならば今世は、どうする。

 またレオンの心の声を聞いたかのように、ギードは瞳を細めてこちらを見やり、口角を上げた。

「……この最後の人生で、君は何を望むんだい……レオン?」

「――」

 レオンはぐっと拳を握り、己の足下に目を向ける。

 レオンが望むもの――それは、あとにも先にも、一つしかない。

 レオンは細い息を吐き、低い声で応じた。

「……ニーナを、俺の妻にする。そして彼女を、幸福にしたい」

 六度も繰り返し、決して叶わなかった、震えるほどの願いだった。

 彼女の命を守るため、何度も挑戦した。彼女を手放すことこそが最善だと信じてきた。

 しかし血反吐を吐く思いで断行した婚約破棄も、全て徒労に終わり、レオンはことごとくニーナを失い続けたのである。

 彼女を捨てても結果が変わらないならば――今世は、今ひとたび、彼女を己がものに。

 切ない恋情を滲ませて呟いたレオンに、ギードは吐息を零し、微かに笑った。

「……そう。ではそのように、努力するのだね。せいぜい、剣に気をつけなさい」

「今世での俺の剣の腕は、大将軍にも勝っている。何があっても、ニーナを傷つけさせはしない」

 文武両道を地で行くレオンは、強い眼差しで即答したが、ギードは再び首を振る。

「君は、王子業だけは優秀だ。いつの時代も、君の役割が王子で固定されているだけはある。――けれど、だからこそ、運命を動かすのは、難しい」

 言うだけ言うと、彼はぱっと姿を消した。

「……運命を、動かす……」

 レオンは、ギードが消えた場所に視線を注ぎ、眉を顰めて、長考を続けた。


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