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牛を飼う魔女

作者: 青海嶺

 山ぶかい小さな村の話です。このあたりの村では、どの集落にも、魔女が住んでいます。アンナのお母さんも魔女です。

 近くの集落には、薬作り名人の魔女や、水晶玉占いで有名な魔女もいます。ところが、アンナのお母さんは、魔法をぜんぜん使いません。魔女のくせに、牛を飼って暮らしているのです。牛の乳で作るチーズやバターは、村人にとても喜ばれています。でも、やはり魔女といえば薬に占い。そんな期待をそがれて、不満に感じる人もいました。アンナもそうでした。アンナの家には薬草を煮る大釜も、占いの水晶玉もありません。魔女らしいものといえば、古ぼけた箒が一本だけ。とは言っても、お母さんが空を飛ぶ姿どころか、箒にまたがるのを見た人さえいません。箒は掃除に使うだけでした。

 アンナは毎朝、牛の世話を手伝います。イヤイヤですけれど。なかでも、牛糞を運んで一箇所にまとめる仕事が、大キライでした。だって、長靴の裏は、いつも牛糞の臭い。女の子なのに! アンナは泣きたくなるのです。

 学校が休みの日には、牛乳やチーズを村中に配達するのもアンナの仕事でした。ピルスナー家には、アンナの同級生の男の子トーマスが住んでいます。乳製品なんかを配達する姿は、ぜったい見せたくありません。同級生、それも男の子には特に。


 日曜の朝です。今朝も、もちろん牛の世話です。牛舎のなかの牛糞を見て、アンナは考えました。あたしだって魔女の血を引く娘、習ってなくても、意外と魔法が使えたりして。ようし。アンナは牛糞をみつめながら、心を集中し、念じました。

 「牛糞よ牛糞よ、自分で歩いて、糞置き場まで行け」

 何も起こりません。さらに強く念じました。すると、驚いたことに、牛糞は、ふわりと宙に浮き、ひとかたまりとなって、滝のようにアンナの頭に降り注ぎました。

 水場で服を洗っていると、通りがかったお母さんが、横着しようとするから、バチが当たるんだ、と言いました。

 いくら水浴びをしても、なんとなく臭いが残っているようで、配達にいくのは、ひどく気が滅入りました。おまけにピルスナー家で牛乳を受け取りに出てきたのは、運悪くトーマスでした。アンナが、ムスッとして無言で牛乳を手渡すと、トーマスも困ったような顔をして、黙って受け取りました。

 次の配達先は、ザックスじいさんの家でした。お父さんの古い友だちで、アンナのことも自分の孫みたいに可愛がってくれます。行くといつも温かい飲み物をごちそうしてくれました。ここぞとばかり、アンナは口をとがらせて、日頃の不満をザックスに話しました。牛飼いなんてもうイヤだ!

 するとザックスは、昔の話をはじめました。アンナのお母さんは若いころ、本当に素晴らしい魔法使いだった。お父さんと結婚し、アンナが生まれた。あるとき赤ちゃんが原因不明の高熱を出した。お母さんは、魔女の掟を破り、この子の命が助かるなら二度と魔法が使えなくてもいい、と言って神様にお祈りした。赤ちゃんの熱が下がり、その後、お母さんは魔法を使わなくなった。病気が治ったのは必死に看病したおかげ、神様に義理立てしなくてもいいじゃないかと、みんなにいくら言われても、やっぱり魔法は使わなかった。

 ザックスじいさんの家を出たアンナは、胸がポカポカしていました。

 家に帰ると、お母さんは洗濯物を干していました。

 「お母さん、ザックスじいさんから、お母さんの昔の話を聞いたよ」

 「フン、まったく。年寄りの昔話ほど、バカバカしいものはないよ!」

 お母さんは、照れくさいのか、怒ったような口調で答えました。

 夕飯は、アンナの大好物のシチューでした。一口食べて、思わずお父さんと顔を見合わせました。

 「美味しい。まるで魔法みたい」

 「料理の腕だよ」と言って、お母さんは二の腕をパンパンと叩きました。

 次の日、アンナは、上機嫌で、誇らしい気持ちで、牛の世話や配達をしました。ピルスナー家では、出てきたトーマスに、笑顔でチーズを手渡しました。

 「はい。うちのチーズは世界一美味しいよ!」

 するとトーマスも、うれしそうな笑顔になりました。

 「ありがとう。いつも配達ごくろうさま」

 アンナは、天にも昇る気分で、次の配達先に向かいました。

            (終)

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