つかめなかった未来 -コンスタンス-
大国の使者の言葉を聞いて、心が踊った。
「わたし、未来の国王様の側室は荷が重いので、第二王子に輿入れしたいですわ」
交渉が終わり、和やかな空気が一瞬にして凍り付く。わたしは困ったように顔を曇らせた。
「何を言っている、コンスタンス」
国王であるお父さまが驚愕の表情でわたしを見た。甘えるようにお父さまにすり寄った。お父さまなら、きっとわたしの願いを叶えてくれるはずだ。上手に交渉してほしい。
「だって、大国の王太子様がわたしの夫になるなんて、恐れ多い」
「しかし……」
簡単に相手を変えられないくらいはわかる。
でも。
ちらりと大国の外交員としてこの場にいる侯爵を見れば、彼は無表情でこちらのやり取りを聞いている。王太子の正妃は確か、伯爵家の人間だったはずだ。側室に小国といえども王女が入ってくるのは好ましくないはずだ。
もどかしい時間が過ぎていく。
侯爵は何度か部下と話し、宴の終わりになってようやく結論を出した。
「いいでしょう。第二王子との婚約を整えましょう」
「我儘を言ってごめんなさいね」
申し訳なさそうに言えば、侯爵は胡散臭い笑顔でとんでもないと返してきた。
これで最後の宴は終わった。
わたしの祖国は本当に小さくて、隣接している大国とは常に小競り合い。
大国にとっては一領主の私兵によるものだが、わが国では正規の騎士団を派遣している。すでにこの時点で温度差がわかるというものだ。
雄大な自然が美しい国ではあるが、裏を返せばとてもつまらない国だ。
広がるのは香辛料や麦を育てる畑。
商人が行き来する道でも持っていれば、また違ったのだろうが、最悪なことに大陸の縁にあるこの国には商人の通り道になりようがない。香辛料を手に入れようとする商人が来るが、すでに決まった量しか流通しないので、活気が出るほどではなかった。
そして、王宮はいつでものんびりした空気が漂っている。
この国がどこかのんびりしていて、面白みがないのは仕方がないと諦めがつく。
許せないのは、王族で生まれたのに、どこかの貴族に降嫁しなければならないことだ。
わたしもすでに17歳。
そろそろ婚姻相手を選ばねば、と王妃である母親が父親にせっついている。年回りの良い貴族は伯爵家だ。
公爵家ならまだしも伯爵家だなんて!
従姉達が公爵家や侯爵家に嫁いでいるのに、格下の伯爵家なんて許しがたい。彼女達の勝ち誇った顔を思い出すと、怒りがこみあげてくる。わたしよりも容姿も生まれも劣るくせに、わたしの婚姻の相手になりうる相手を思い描き、気の毒がるなんて屈辱だ。
わたしを嫁がすと言うことで、爵位を引き上げてくれてもいいものを、侯爵家の数はすでに法によって決められた数になっており、入る余地がない。
降嫁が駄目なら、王族に残ることを考えたが―――。
兄達がいるから、女王になることもない。
女性王族は独身で残った場合、修道院に入ることが決まっているのでこれもまた選択することはできない。
そんな中、大国との小競り合いにある程度の目途が立った。輸出している香辛料の税を撤廃する代わりに、不法占拠している土地からの撤退とわたしとの輿入れが成立した。
王太子の側室に。
期待したのはまだ正妃のいない第二王子だ。側室など、いくらでも捨て置かれてしまう。側室の手当ては実家からの援助となるので、大国に嫁ぎながら十分な資金がなくみじめな暮らしはしたくなかった。
第二王子なら正妃になれる。第二王子はいずれ臣籍降下するだろうが、この国と違って新たに家を興すことになるはずだ。同じ臣籍降下でも、祖国で嫁ぐよりも大国の貴族の方が身分が上だ。絶対に大国の方がいい。
それに万が一のことがあれば、第二王子が未来の国王になることだってあり得る。
その時に正妃であったなら、わたしは大国の王妃になることができるのだ。
そうだ。最悪でも公爵夫人、もしかしたら王妃。
どちらに転んでも小国にしがみついているよりははるかにいい。
「楽しそうですね」
宴が終わり、自室でくつろいでいるとバイオレットがお茶を用意しながら声をかけてきた。
「ええ。バイオレットはどうする? この国に残りたいのなら、お兄さまの侍女にしてもらうようお願いするけど」
「……わたし、ですか?」
驚いたように目を丸くする。置いていかれると思っていたのだろう。わたしにしたら、絶対に裏切らない彼女を連れて行くのは決定事項だったのだけど。
どんな返事をするのか、待った。
「姫様が許してくださるのなら、一緒についていきたいですわ」
「そう。一緒に来てくれるのなら頼もしいわ。大国とは文化も習慣も違うでしょうから色々苦労するかもしれないけど、よろしくね」
ふわりと笑って見せれば、バイオレットも笑みを浮かべる。
可哀そうなバイオレット。
考えの足らないバイオレット。
わたしの駒になるために、婚約者に捨てられて実家にも捨てられてしまったのに。
彼女へ届く手紙を握り潰したのは確かに男爵令嬢だけど、それだけでは半分も潰せない。だからわたしがこっそりと彼女への手紙を隠した。それだけでどうにかなるとは思わないので、噂もお茶会や侍女たちを使って広めた。
だって仕方がないでしょう?
バイオレットはわたしにあれだけ忠誠心を持って仕えてくれているのに、結婚したら家に入ると言うんですもの。ずっと側にいてもらうためには壊すしかないでしょう?
せめて、大国でいい人と結婚させてあげるわ。
******
バイオレットの恋は一目でわかった。オーランド王子の後ろに立つ護衛騎士を見てなるほどと頷いてしまったくらいだ。
黒髪に琥珀色の瞳。
背が高く、近衛騎士の制服を着た上からでも鍛えられた体だとわかる。動きに無駄がない上に、神が作ったのではないかと思うほど整った顔立ち。
王族であるオーランド王子と何の遜色もない容貌にバイオレットは釘付けだった。
ああ、ああいう人が好きなのね。
さりげなくオーランド王子に彼のことを聞けば、まだ独身で伯爵家の次男だと言う。爵位は持っていないけど、オーランド王子の筆頭護衛騎士であるから、将来性は十分だろう。
貴族家へ嫁がせるのは大変でも、身分的には平民になってしまう彼なら丁度いい。
「ヒューバート殿ですか?」
この国で色々と世話になっている男爵に聞いてみた。本当はわたしの婚姻を整えてくれた侯爵にお願いしたいのだが、彼はこの国に来てから一度しか顔を見せていない。すべては男爵に言うようにと伝えられていた。男爵ごときでどこまで願いが叶うのか全く分からないが、言う相手がいないので彼に相談する。
彼は困ったように眉根を寄せた。
「ヒューバート殿は先日、婚約をしたと聞いていますが」
「え?」
側に控えていたバイオレットが声を上げる。わたしは少し咎めるように彼女を睨んだが、動転しているのか全く気がつかない。困ったことだとため息を吐いてから、男爵に質問した。
「ヒューバートは爵位を継承しないから、平民となるわけでしょう? 婚約破棄するのは簡単じゃないの?」
「いえ。彼は近衛騎士ですから、難しいですね」
「そうなの?」
「はい。近衛騎士は結婚相手に調査が入るので、王命によって結ばれるのです。それがなされたということは、お相手の女性も国に認められるほどの人物だったということになります」
国の違いなのか、言われていることはわかっても、だからなんだと思ってしまう。
爵位持ちならまだしも、身分はない平民だ。規則としてはあるのかもしれないが、さほど重要には思えなかった。
「でも、ヒューバートが婚約破棄を望めば大丈夫なはずよね?」
「ええ。婚姻されてしまうと、次の婚姻は年月を置くことになりますが、まだ婚約段階だと面倒な手続きがあるだけです」
その面倒な手続きの内容は聞かなかった。聞いても理解できないし、今はヒューバートの気持ちをバイオレットに向けさせることが重要だ。一度、物事が動いてしまえば、いい感じに収まる。私は経験上、知っていた。結局は王族の意志が尊重されるのだ。
「わかったわ。とにかくヒューバートの心をバイオレットに向けることを考えるわ」
なるべく、ヒューバートとバイオレットが一緒にいられるように調整した。王都の人気の菓子を知りたいとバイオレットの買い物につき合わせた。
時折、二人きりになるように仕組み、噂を流す。
噂も広がっており、いい感じだ。ところがある時からヒューバートとの接触ができなくなった。さりげなくオーランド王子に聞けば彼は困ったように笑った。
「ヒューバートには私の護衛の他に、別の仕事をお願いしている。何か彼でないと困ることでもあった?」
そうだった。ここは祖国ではない。わたしと一緒にいるとき以外の護衛が割り当てられているのだろう。わたしと会うときに危険はないと判断されたのだと思う。
「いいえ。最近見ないからどうしたのかと思っただけです」
「そう。だったらいいけど。ようやく貴女にも女性騎士を付けることができるようになった。後で紹介する」
「女性騎士?」
驚きに声を上げれば、オーランド王子が笑った。
「女性王族には基本女性騎士がつくんだ。当然だろう?」
その言葉でヒューバートとの接点がなくなったことを知った。
あと少しだったのに。
悔しいけど、これ以上話題にするとわたしが気があるように疑われてしまう。
「それから王太子妃主催の夜会があるのだけど、今回、王女には見合わせてほしいんだ」
「どうしてですか?」
「まだ王女が訪問していることを公にしていないからね」
公にしていないという言葉に驚いて顔を上げた。
どういう事?
「あれ、説明したと思っていたけど。この国に他国から嫁いでくる女性は一定期間、この国の勉強をして、十分学んだと判断されてから公に紹介されるんだ」
「え?」
「何代か前にね、他国の王女がこの国に馴染めなくて、婚儀の場で婚約破棄という醜聞があったんだ。それを避けるために、ある程度、慣らす期間が設けられている。だから、婚儀よりだいぶ早い訪問になっただろう?」
そんな説明をされた気もするが、自分には関係ないと全く覚えていなかった。
「聞いたような気がするわ」
「そう。貴女は大丈夫かもしれないけど、特にこの王族の立ち振る舞い、考え方はよく理解しておいてほしい」
なんだかわたしの何かに釘を刺すような言い方に聞こえた。
でも。
わたしは何もやましいことはしていないわ。
******
どうして、どうしてこんなことになってしまったの。
茫然として、連れていかれた場所は初めて通された談話室。
大国らしく、最高級の調度品が並び、心地よい空間を作り上げていた。
誰もがわたしに座るようにと勧めない。罪人のように立たされたままだ。
「さて、コンスタンス王女。可能な限り最速で貴女の国へ戻る手配するので、その間、部屋から出ないでほしい」
「なぜですか?」
こんなの、予定にない。
どうしてわたしが祖国に帰されなくてはいけないの。
わたしはオーランド王子の正妃になるのではないの?
「何故? 理由はわからないという事か?」
不審そうに王太子が眉を寄せた。
「たかが平民にお願いをしただけでしょう?」
「ほう、平民にね」
不愉快そうに。マシューが呟いた。やれやれといわんばかりに、オーランド王子がため息を吐く。
「本当にわからないのか?」
「ええ」
「君の立場も分からないのか?」
「立場?」
物覚えの悪い子供に諭すような問答に、次第にイライラしてくる。何が言いたいのか、さっぱりわからない。
「答えが出てこないことが答えだ」
王太子がもうどうでもいい様にわたしとオーランド王子との会話を打ち切った。
「本来ならば、王命を侵したということで重罰を与えるところだが、貴女は小国とはいえ他国の王女だ。この国からの追放という形をとらせてもらう」
「追放」
茫然とした。
追放、追放、追放!?
「貴女の侍女に関しても同じだ。二度とこの国の土地を踏めないよう、追放処分とする」
冷ややかな王太子の声に初めて体が震えた。縋るようにオーランド王子に目を向けたが、彼も淡々とした表情だ。
「残念だよ。初めに言ったはずだ。この国の近衛騎士の結婚は王命でなされると。さらに王太子である兄上の祝福を踏みにじるなど、他国の王族がしてはいけないことだ。我が国と戦争でも起こしたかったのかな?」
「わたし、そんなつもりでは……!」
「そうかもしれないね。だが、貴女も王族だ。わかっているだろう? 王族の言葉は取り消せない」
頭がガンガンした。
平民の婚約を破棄させたかっただけなのに、こんなことになるなんて……!
「この国では罪人でも、祖国に戻れば王女だ。生きてはいけるだろう」
終わりだと言うように、王太子が護衛騎士に合図する。わたしは両腕を取られた。
「お願い、話を聞いて!」
「貴女も王女としての矜持があるのだろう。貴人らしく、大人しくしていてくれ」
「男爵を……いえ、侯爵を呼んでちょうだい!」
この国で唯一頼れる貴族を呼ぶようにお願いする。オーランド王子がため息を吐いた。
「男爵と侯爵はすでに処分済みだ。自国の王族ではなく他国の王族の指示で動いているなど、あってはならない」
「え?」
「二人は貴女の願いとはいえ、やってはいけないことをしたんだ」
茫然として言葉が出なかった。処分と聞いて、わたしは初めてやってはいけないことをお願いしていたことに気がついた。
引きずられるようにして、談話室を出された。
どうしてこんなことになってしまったの?
わたしはもっと大きな世界で、王族として生きていくはずだったのに。
祖国よりも強くて豊かな国の王子妃となって。
誰もが傅いて。
どこで間違ってしまったの?




