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ちくぺん

 ここにぬいぐるみがある。

 某球団のぽってりしたお腹がチャームポイントなマスコットのぬいぐるみだ。

 その形容しがたい──可愛いとも可愛くないとも言える眼差しにどうしようもなく苛立ちを覚え、大きく腕を振り上げて一世一代渾身の一撃をその柔らかなお腹に叩き込んだ。



 簡単に言うと私はフラれたのだ。

 仕事から帰ると彼の貴重品と服がいくらか消えていた。

 鍵がかかっていなかったから嫌な予感はしたのだ。

 テーブルの上には鍵とメモが一枚、朝から片付けてない千切りキャベツがこびりついたお皿の隣に置いてあって。

 『ごめん、別れよう。残ってる荷物は好きにして』と勝手な言葉を最後に彼はきれいさっぱり過去の人になった。

 好きにしてと言われてもゴミに出すのも時間と労力と物によってはお金が必要だし、正直なところ唐突な出来事過ぎて悲しんだり驚いたりする暇もないし、私の通帳とか持っていってないだけ(メモを読んで真っ先に確認した)マシかもしれないとか、思考が混乱して笑えてきた。

 昨晩、彼が遊んでたゲーム機が出しっぱなしになってるのはなんだろう、慰謝料というか迷惑料のつもりなんだろうか。

 そんななか、ぬいぐるみと目があって。

 これは彼がもともとは一人暮らしをしていた私の部屋に持ち込んできた私物の一つで、かなり大きくて邪魔だった。それに私が埃ダメなのでぬいぐるみは苦手だった。

 けどお互い共通して好きなマスコットだし、それがきっかけで仲良くなったし、深いことは詮索せずにテレビの横に突っ込むように置いていたのだ。

「お腹、君とそっくりー」「そこまで太ってないやい」なんて会話をこの前までしていたのが忌々しい。

 正直、元カノからのプレゼントじゃないかな、とかは疑っていた。彼、あんまりぬいぐるみ買うようなタイプではないし。ぬいぐるみってなんだか捨てにくいし仕方ない気もしないではないけれど。

 私だって元カレから貰ったそのマスコットのストラップをつけたままだったしおあいこだ。それを当時バイト先で一緒だった彼が目敏く見つけて見つけた、というのが馴れ初めな訳で。

 でもこれを置いていかれても困る。

 ぬいぐるみ自体は好きだけれど、苦手なのだ。私は気管支が弱い。埃がたまりやすいぬいぐるみは理由がない限りあまり部屋に置きたくはない。

 かといって捨てるのも忍びない。このままごみ袋に入れるには嵩張るし、ならばと切り刻むのはあまり気分がよろしくない。

 ないない尽くしで困り果て、むしろなんでこんなことに頭を悩ませなくてはいけないのかと苛立ちが募り、なにせ私はフラれたのだ、少しくらい悲劇のヒロインしたっていいのに考えることはぬいぐるみの処遇と来た。

 つまり冒頭へ続く。



 舞い上がった埃のせいで盛大にくしゃみをして私の恋愛は終わりを告げたのだった。

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