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戦え! プリンセス  作者: 井川林檎
第一部 マジカルジョークワールド
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まばら仕様変更

 このプリンセス空間がデフォルトだとしたら、自分仕様に棲みやすくする方法はあるはず。


 ……と、思い当たったのは、朝食が済み、部屋に戻り、お茶を飲んでから再びお召替えタイムを越え、昼食の儀がやっと終わった頃である。


 (カフェインの利尿作用には、いかにプリンセスと言えども抗えない)


 プリンセスルームでの「ティータイム」の後、例によって懇切丁寧なお召替えが催されたのだが、どうしても途中で行きたくなる――トイレに。


 メイドさんの言うように「おトイレタイム」は確かに用意してある。

 朝食の後、お迎え係君に再び導かれて部屋に戻った時点で、待ち構えていたメイドさんから「プリンセス、お花畑のお時間でございます」と恭しく言われた。


 正式なトイレタイム。

 というか、トイレに正式もなにもあるまいと思うのだが。

 もちろん、遠慮なくトイレに行って出すもん出したがね、人間計ったようにその時間目がけて尿意便意が来るものではない。

 

 それもこれも、デフォルトのプリンセスの仕様のままになっているのだ。

 やりにくいったら、ない。





 (ここではプリンセスは基本、自分から何かするのはルール違反……とまではいかなくても、凄く変なことらしい)


 ごはん食べるのも、「プリンセス、お食事でございます」と言われたらそれに従うだけ。

 着替えるのも茶あ飲むのも、メイドさん任せ。

 昼食の後は、午睡の時間が用意されていて――昼寝大好きだから大歓迎だ――それもまた、メイドさん任せでネグリジェに着替え、花びらを散らしたベッドにもぐりこむことになっている。


 (プリンセスは、何もしてはいけないのですな……)


 まさに今わたしは、生真面目顔のメイドさんから薄ピンクのネグリジェを着せられ、ゆったりとしたリラクゼーション音楽が流れる中、ピンクの花びらを散らしたふかふかお布団に滑り込んだところだ。

 品の良いベージュ色のドレスを纏ったビスクドールが枕元に侍っている。いかにもプリンセスっぽい。


 メイドさんはカーテンを静かにしめた。

 部屋は穏やかな明るさとなり、ほんわりと温かくて良い香りに満ちている。絶好の昼寝空間が、これでもかとばかりに演出されていた。


 

 メイドさんは恭しくお辞儀をすると、静かに退室した。

 やっと一人になれたらしい。

 

 プリンセスとして目覚めて、まだ半日しか経っていない。

 なのに、この複雑極まる思いは何だ。


 (何もしないでいい、人任せで済むなんて、楽で楽でしょうがないじゃないか)

 という思いと、

 (それならそれで、住みよくしたい)

 という欲と、 

 (いや、そんなことで本当にいいんだろうか。現実に戻る術は本当にないのだろうか)

 という、もやもやと居心地の悪い焦りが混じり合い、なんとも苛々とした状態なのだった。


 

 (いっそ、ここで馴染んで死ぬまでダラダラできれば幸せなんだけど)

 ずぶずぶとぬるま湯に沈んで行きたい気持ちに、歯止めをかけるものが確かにあって。

 (厄介。本当に、なんて厄介……)


 

 


 朝食、昼食の席でテーブルに待ち受けていらっしゃったのは、女王陛下――つまりオカン――だった。

 給仕役の人たちは皆、生真面目な同じ顔をしていたので、この人たちはつまり、モブなのだろう。

 だが、やたら長くて豪華なテーブルの上座に「でーん」と構えている、エリザベスカラーのその人は、格好はともかく、顔はどう見ても、うちのオカンなのだった。


 マジカルジョークワールドのオカン女王陛下は、わたしの顔を見ても、別に説教をしたり、イイトシしてヒキコモリをしていることを嘆いたりしなかった。

 ごく女王らしく気高いご様子でいらっしゃって、プリンセスや今夜のダンスパーティに備えてよく休んでおくのだぞと、重々しい抑揚で仰ったのだった。


 ぱりぱり、もしゃもしゃ。


 豪華なテーブルに運ばれて来た朝食。

 目の前に置かれた瞬間、脱力した。

 (マジカルジョークワールドは、だらだら好きなもん食って寝正月気分を味わうには最高の場ではあるな)


 確かにわたしの好物だよ。

 薔薇の花のように純白のプレートに盛りつけられたもの。

 スープ皿にシリアルのように品よく刻まれて、スプーンですくうようになっているもの。

 

 ……全部、ポテチ。

 出てくるもの全部、のりしお味。

 グラスに注がれる飲み物は、炭酸飲料である。


 

 オカン。

 そして、ヒキコモリニートしながら部屋に閉じこもって貪り食っていたもの=ポテチ&炭酸飲料。

 ……が、そのまんま提供されやがった。


 まあ、確かにのりしお味も炭酸飲料も、いっくら消費したって飽きないやね。

 三食それでもいいと思っていた、正直。

 



 そう。

 女王陛下も、食事内容も、わたし仕様になっていたではないか。

 

 デフォルトのプリンセスが、こんなジャンキーなごはんを喰っていたとは到底思えない。

 つまり、オカンと飯のみ、デフォルトじゃなくなっている。どういう訳か。

 (このマジックジョークワールド自体、既に破棄されてるものだからなあ。あちこちぶっ壊れているんじゃないだろうか)


 ふかふかのお布団に包まれていると、眠たくなってくる。

 わたしは、いくらでも寝ることができる。寝るの大好き。


 眠りの中にまで、嫌なことは追ってこないから。



 ……。

 「……おめでとーっ」

 「結婚するんだって。知らなかったのぉ」

 ……。

 


 ぐわっと迫るように浮かんだ、悪夢のような現実の一片。

 蓋をしているのに、時々ふとした時に、ひょこんと出てくる。

 わたしはそいつを念入りに蓋の中に押し込め直して、どかんどかんと力いっぱいに蓋を叩きつけた。


 嫌だ、ああ嫌だ。

 

 もう嫌だ無理駄目。

 そんなもん見せられる位なら、全部なくなっていい。わたしも死んでしまう。この世は不条理、冷酷、ズル、意地悪、不公平に満ちていて、馬鹿正直に頑張ったって、駄目な奴は最初から駄目って決まっている。

 サクセスストーリーなんか、あるわけがなくて、恥ずかしさや悲しさや怒り、嫌なことばかり見ながら生きていく。この先いいことなんか起きるわけがない。ああ嫌だ……。




 ふわふわと心地の良いリラクゼーション音楽に集中した。おふとんの温もりを大事に大事に抱きしめて。

 幸い、すぐに嫌なものは頭の中から去って行ってくれて、わたしは再び、だらだらとしたまどろみに戻ることができた。


 まどろみの中で、もう一度、もやもやとまとまりかけていた考えに挑戦する。

 

 現実に戻る方法が本当にないのか、今すぐには分からない。

 それなら、どうせなら、せっかくのプリンセスライフ。トイレにも自由に行けないデフォルト仕様を自分仕様に変える方法が、何かあるはず。女王陛下とご飯の内容が自分仕様になっていたように、せめてトイレに位、気軽に行けるよう環境を整える方法が、どこかに。



 


 「壊れたかなと思ったら、叩いてみてぇん」


 何か、囁き声が聞こえたような。


 「高速で振り回すとか、逆さにしてみるとか。ああ、でもやっぱり叩くのが一番良いわぁ、好きっ」

 叩かれるの大好き。ああん、早くぅ、べちっと、びちっと、ぺんぺんされたぁい。


 

 (アニメ声で変態みたいなことを言ってる奴がいる)

 だけどまぶたはもう重い。

 変な声の主を突き止めないまま、わたしは気持ちよくシエスタの世界に突入した。ぐぅ。

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