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戦え! プリンセス  作者: 井川林檎
第三部 ゴミはゴミ箱に
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アクションバトルルートの手前で

 昨日の朝の時点では確か、ダンスパーティは毎晩開催されるとか聞いたような気がするが、今朝の食事ではパーティのパの字もなかった。

 これに気が付いたのは、朝食後、プリンセスルームに戻り、思う存分朝のトイレタイムを満喫した後、どさっとベッドに倒れ込んでからだった。


 どろどろと渦巻くようなハードロックが流れている。

 この類のロック、クラシックなら、柔らかで耳の邪魔にならない印象派といった立ち位置だろうか。食後のゆったり感を味わいつつ、これから行動を始める前のウォーミングアップとして聴くには最高なのだ。

 ぐにゅるんぐにゅるんとエレキがとぐろを巻き続け、陰気なリズムが果てしなく続く。そしてレースのカーテンは高くなってゆく日差しを浴びながら、そよ風に揺られているのだった。


 わたしは、枕元で足を伸ばしてお座りしているビスクを見上げた。

 ぎょろりんと青い目玉が動き、ゆらゆらっと細かく揺れつつも視線が合う――毎度、怖い。


 今日はパーティはないんだろうかと聞いてみたら、ビスクは例のアニメ声できゃいきゃいと答えた。

 「ないですよー、別のイベントが用意されます。だって、昨日の一件で、ルートが確定しちゃったんですからぁ」


 ルート?

 なんのことやら分からないわたしに、ビスクは教えてくれた。

 

 つまり、デフォルトの設定では、プリンセスはダンスパーティで出会った隣国の王子と恋に落ち、ひそかに逢瀬を続けてゆく。

 「切ないラブルートですねー、大半の女性ユーザーがこれを選びたがるとプリンスは読んでいたんですよね」

 アニメ声で説明されると、なにか馬鹿にされたような気分になる。つまりわたしは、世の中の女性が好ルートとする道から早速外れてしまったと。


 ちなみにこの切ないラブルートにも、いくつか細かい分かれ道があるという。

 プリンスではなくて、細やかに世話をやいてくれるモブキャラの誰かとくっつくことになる「だれそれ君ルート」。

 プリンスと愛を燃え上がらせるも周囲に引き裂かれる「悲恋ルート」。

 (乙女ゲーじゃあるめえし……)


 「いっぱい細かいルートが用意されていて、利用者のニーズにくまなく応えられるよう、プリンスは工夫されていたんですよねー」

 ビスクはぺらぺらとよく喋る。


 「ちなみに、レアなルートもたくさんあって、例えば『最初はプリンスだったけれど、プリンスのご友人の山田君からも迫られて、どっちを取るか喧嘩は止めてルート』とかもあるんですがねえ、プリンセスの好みに合うようなものはありませんかねえ」

 (どうして異次元に来てまで、泥沼劇に巻き込まれなきゃならんのだ……)




 なにはともあれ、わたしはその面倒くさいラブルートから足を踏み外したらしい。

 じゃあ何ルートになってるんだよと聞いたら、「攫われるプリンセス」と「祈りの巫女ルート」と「旅立ちの勇者ルート」の狭間に来ているという。

 「こっちの方は、まとめて『アクションバトルルート』と呼んでます」

 ビスクは言った。


 読んで字の如しというから、それ以上説明を求める気にもならなかった。つまり近いうちに何かまた出来事があって、そこでどう振舞うかで今後のルートが決定するということだ。

 

 何にさらわれるのか知らないが、とりあえず攫われて助けを待つ身になるか。

 誰のために祈るのか知らないが、なんか不思議な力を身に着けて祈りまくることになるのか。

 あるいは、プリンセス自身がどういうわけか勇者になって、なんかを退治にしに旅立つのか。


 「えっ、この城から出ることになっちゃうけど、それもありなの」と聞いたら、「まあ適当な場所をご用意してあるので大丈夫ですよ、サンプルだから不完全で色々バグもあるので、極力城から出ない方がいいと思いますが」

 と、ビスクは言った。


 だったら、城にいるルートを選ぶしかないじゃないか?

 



 話はさておいて、わたしは早速城内を散策せねばならない。

 まずは、夢に出て来たダストボックスを見つけてみようと思う。

 果たして夢に見た通り、「キープアウト」されているのか。案外簡単に開いて、中を覗けるかもしれないじゃないか?


 (そうして、ダストボックスを見つけてから、適当な棺部屋を開いてみようかな)

 

 無数に並ぶ棺部屋。

 重厚で豪華だけど、無個性な黒い両開きの扉。長い通路にはずらずらっとそれらが並んでいる。

 まだこのマジカルジョークワールドが企画サンプル上のものだからだろうけれど、もし本当にこれが実用化されて、棺ルームにプリンセスが入っていたとしたら、どこに誰がしまわれているのやら見当もつかないな。


 実用化された場合、名札でも付けるんだろうか、棺ルームの前に。

 表札みたいにさ。



 棺ルームは、こっちの世界と現実を結ぶ場所だという。

 マジカルジョークワールドで飽きるほど異世界を堪能した後、そろそろ現実に戻ろうかなと思ったら、プリンセスはすうっと棺部屋に入るのだろう。一人棺部屋に入ったら、今度は再利用の順番待ちをしていた他のプリンセスが、まったく別の棺部屋から現れるのか。


 ギギイ……重たく陰気な音を立てて開く、重厚な両開きの扉。

 そこから現れるプリンセスのおみ足――ハロー、やっぱりこっちはいいわねえ、ああもう、生き返ったような気分だわ――考えてみれば、なかなかシュールな風景だ。



 「ビスク、あんたも来てね」

 がばっと起き上がりながら、リモコンビスクを取り上げた。目玉がくるくるっと回り、甘いアニメ声で、「あん」と聞こえる。変な声出すな。


 ジャージドレスは素材もジャージっぽくて、野暮ったいけれど動きやすい。

 履いているかかとの短いパンプスも、見た目は綺麗だけど履き心地はスニーカーである。

 やっぱり、自分仕様に整えてみるものだ、昨日より確実に過ごしやすくなっている。



 

 「これから、デフォルトプリンセスの居場所を確かめてから、適当な棺部屋を開いてみようと思うの」

 案内係が必要だから、あんたも付き合うんだよ、さっ行くぜ。


 いつしかプリンセスルームに流れるBGMは、どろどろ陰気なメタルから、ボーカルの気合に満ちた激しいやつに切り替わっている。ぎゃぎゃぎゃぎゃーん、じだだだだ、いへあっ、いえあっ、きゅいいいいん、じゃーん。


 企画サンプル状態の今、棺部屋は当時のマジカルジョーク社の開発チームの面子に繋がっているという。

 当然わたしは、開発チームの連中がどんな奴らか分からない。たまたま開いた棺部屋に繋がっているのが石頭君で、何億分の一かの偶然の元、とっくの昔に破棄されたはずのマジカルジョークワールドから誰かが入り込んでいる事実を認められなかったとしたら厄介だ。


 「ななっ、君は誰ですかっ、不審者でぇす、おまわりさんこの人ですっ」

 ……。


 あるいは、時間によってもまずいかもしれない。短い昼休み、受付の女の子と会社の近くのラブホにしゃれこんでいるような奴に繋がってしまった場合、どうなってしまうのか。

 

 「ぎゃっ、おまえ誰だっ」「きゃあっ、なにこの女っ、佐々木さん(仮)これどういうことっ」「知らん俺は何も知らんっ」

 (はだかんぼ大会の真っ最中になんか、現れたくないなあ)

 ……。

 



 棺部屋から現実世界に繋がっているとはいえ、誰の現実に出てしまうのか。

 もちろん説明やら色々な面倒ごとは覚悟の上だが、極力、人柄の良いところに落っこちたいものだ。


 わたしはビスクを目の前に持ち上げ、ゆらゆらする青い目を睨みつけて、言った。


 「あんた、どの棺部屋が誰につながっているか知ってるんでしょ。適当な人につながってる部屋、案内してよね」

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