プリンス考察
見た目は最早、どうにもならん。
中身も簡単に修正は効かない。
(清純派。知的な中に愛らしさ、純情少女……)
ざー……。
薔薇のアーチの向こうで噴水が虹を作っているのを眺める。
真っ白なちょうちょさんが、ひらーりひらーり。
腕の中のビスクドールを掴む手に、無意識に力が籠っていたらしい。ぴきっ……と、不穏な音を感じて、はっと我に返った。
割れたか、と思ったが、なんともないようだ。
青い目をぐるぐるさせて、人形は健在である。
「プリンスを攻略して、どうするのさ」
と、わたしは聞いてみた。
要は、このマジカルジョークワールドを脱出するには、創造主であるプリンスの心を掴まなくてはならないと。
それは分かった。
だけど、もっと手っ取り早い方法があるような気がするんだよ。
(そもそも、プリンスの女の好みに自分が合致するわけがない)
力いっぱい、そう思う。
「レイチェル」みたいな女が好きなんだろうが、あんな凄まじい八頭身と、ボンキュッボン、つやつやな色白の肌――無理無理、そもそも日本人にあんな体型やら髪色の女がいるわけがない――甘いアニメ声とわざとらしい天然純情かつ、いざとなれば毅然と悪に立ち向かう芯の強い女――もはや多重人格だろうよ、そんな矛盾する性質を併せ持つなんざ。
つまり、わたしがどうとかではなく、そもそも企画に無理がある。
サイズ、デザイン、性能――どの側面を見ても、プリンスが惚れる女なんか、恐らくこの世に存在しないんだ。
「事情を話して、頼んでみるのはダメだろうか」
と、わたしは真剣に言った。
ビスクは、例のふざけたアニメ声で、ええー、と言った。何だか、物凄く迷惑そうだ。
ほぼあり得ないような偶然で、マジカルジョーク社のリモコンをでたらめにいじったら、異次元に飛ばされました。
元の世界に戻る方法を教えてくださいお願いします。
運動部みたいな気合で、びしっと90度のお辞儀をする。誠意のありったけを込めれば、多少面倒なことであってもなんとか伝わるのではないか。
「無理ですね、プリンスは興味のないことには全く見向きもしません。例えマジカルジョークワールドに迷い込んでしまったと聞いても、プリンセスがプリンスにとって興味の範疇になければ、何をお願いしてもスルーされますよ」
なんだと。
わたしは唖然とした。あの、べろべろに脂肪がはみ出した後姿を思い出す。
なんだか憎悪がふつふつと沸いて来た。
「いやしかし、企画落ちした時点で、この異次元サンプルを破棄せず放置しておいたのは、プリンスでしょ。万に一つの可能性かもしれないけれど、この維持減に人が迷い込むかもしれないってことも、彼なら分かってたはずでしょ。そのへんの責任とか、罪の意識とかって、どうなのよ」
そうなのだ。
そもそも、こんな世界を残したまま放置していたのは、プリンスなのだ。
企画が通らなかった時点で、こんな場所は、さっさと破棄してしまうべきだったんだ。だって、現に、その企画を立ち上げてから何年もたってから、適当にリモコンを操作したわたしが迷い込んでしまったのだから。
どうしてそのまま打ち捨てていたのか。
そこに思考の焦点が合うと、まもなくわたしは絶望を味わった――あ、駄目だコイツ、根っから駄目な奴だ――つまり、企画落ちした時点で、このマジカルジョークワールドはプリンスの興味から外れた。どうでも良くなったから、そのまま放り投げておいた――と、いう訳だろう。恐らく。
ぶっくぶくに醜く膨れた体と不潔なジャージ、汚部屋の中でパソコンの画面に喰いついていた彼を思い出す。
きっと今の彼に取って、自分の見た目や清潔さ、世の中の人の目など、どうでも良いのだろう。
(数年前は、マジカルジョーク社のエリートだったはずなのに)
あんな汚いジャージではなく、きゅっとネクタイをしめ、ぱりっとしたワイシャツにお洒落なスーツを纏って仕事をしていたのに違いない。
本人の顔はまだ拝んでいないが、ビスクの言葉によれば、それなりにイケメンだったというし、もてたんだろうな。
だけど今は、マジカルジョーク社をどういう理由か分からないけれど辞めてしまって、あんなヒキコモリニートになってしまっている。
この、数年間の間に。
(一体、プリンスに何があったんだか)
わたしの思考を読み取ったらしく、ビスクはアニメ声で言った。
「プリンスのプライベートなことは、絶対に口外しちゃいけないことになってるんですぅ」
何が何でも、本人に近づいて打ち解けなくてはならないという訳か。
ほとほと、面倒くさくなった。
そろそろお茶の時間が始まりますよぅ、お部屋に戻って案内係が来るのを待ったほうがいいですよぅ。
ビスクが言うので、渡り廊下の真ん中らへんで、一旦引き返すことにする。
もっとさばさば歩けば庭園の散策が出来たかもしれないが、今は無理そうだ。
ビスクを抱いて来た道を戻ろうとした時、噴水の向こう側に見えている鮮やかな茂みに、ぼうっと幻影が見えた。
「……君しか見えない。君しかいらないんだ、僕は」
さらさら前髪の、王族のような豪華な衣装を纏ったスレンダーな男。
「いいの。本当にいいの。こんなところで、こんなわたしを妻にして、それで本当に幸せなの」
さらさら金髪の、薄ピンクのドレスを纏った女――レイチェルみたいなプリンセス。
それは、きっと、プリンスとデフォルトプリンセスが、かつて何度も繰り返したやり取りだ。
「キッスイベントの茂み」で、二人は落ち合っては語り合い、見つめあって――キッスをした。
(プリンスに取って、このマジカルジョークワールドは心のよりどころみたいな感じなのかね)
もしかしたら、本人は意識していなくて、寝ている間かぼうっとしている時に、心がこの世界に飛んできて遊んでいるとか。
ここには、理想のプリンセスがいつでも自分を待っていてくれる。
穏やかで美しいお城の中で、いつでも愛を語り合う事ができる。
プリンスが心を奪われているのは、デフォルトプリンセスただ一人なのではないか。
(だけど、そのデフォルトは、わたしがこっちに迷い込んだ時点で消滅してるわけなんだよな……)
幻の二人は顔を寄せ合って唇を重ねた。
その時噴水が一際派手に立ち上り、一瞬の後、綺麗な幻影は消え去った。
ちちち。
鮮やかな羽根色の小鳥が花壇から飛び立ち、群れてカーブを描いた。
渡り廊下を歩くわたしの頬に風を感じるほど近くを、小鳥たちは過り、空へはばたいて去った。
日が傾きかけている。
薔薇のアーチが斜めに影を落としている。
空はまだ青かったが、きっとまもなく夜になるのだろう。
(今夜のダンスパーティで、プリンスは愛しのデフォルトプリンセスがいないことを知るんだな……)
代わりに据えられたプリンセス、すなわちわたし。
プリンスは絶対に心を開かないだろうな。だとしたら。
(力づくでも、言う事きかせてやる)




