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戦え! プリンセス  作者: 井川林檎
第二部 プリンス
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攻略法

 企画倒れのサンプル異次元テーマパーク、マジカルジョークワールド。

 ここは、あの有名企業、マジカルジョーク社の開発部の元エースが創り上げた仮想空間だという。


 (この企画が通っていたら、たぶん世の中変わっていたな)


 こつこつ。

 純白のパンプスで長い廊下を歩きながら、わたしは思う。両手でリモコンビスクを抱えているが、プリンセスがお人形を抱えている図は何ら不自然ではないはずだ。


 見事なヴィクトリアン調の荘厳な廊下である。

 壁に取り付けられたランプは金で装飾してあるし、灯の色合いも穏やかだ。

 高い位置にとりつけられた窓には、ステンドグラスがとりつけられていて、そこから漏れ入る光が鮮やかな色を壁や床に落としているのだった。


 長い廊下の両脇には、件の「プリンセスの棺ルーム」がずらりと無個性に並んでいる。

 試しにひとつ開いてみようとしたら、鍵がかかっていて動かなかった。

 

 「あっ、プリンスの頭の中で構想が練られていなかった部分は、ほんとに『なにもない』ですよ」


 例の甘いアニメ声で、ビスクが口を出してくる。

 

 (そうか、この世界そのものが、未完成……というか、企画のサンプル資料のまんまで止まっているんだよな)


 「プリンセスの棺ルーム」である重たそうな開き戸を前に、わたしは思わず茫然とした。

 もしかしたら、この扉の向こうは「なにもない」のかもしれない。夢の中で見た、汚らしいプリンスの背中を思い浮かべて、半ば絶望する――ああいうタイプは、きっと、自分の興味のある部分しか作りこまない――プリンセスの棺が安置される部屋など、サンプルの時点では手つかずだったのに違いない。


 (逆に、プリンセスルームとか、風呂場とかは凄かったよな)


 微に入り細に入り、これでもかとばかりに凝った装飾が施された空間。

 ピンクのひらひらと愛らしく品のある調度品が溢れたプリンセスの部屋は、きっとあいつの脳内で特別に作られた、「レイチェル」のための場所なのだ。


 

 あの角を曲がれば、お庭が見える廊下に出ますわよ、とビスクが言うのでその通りに歩く。

 なるほど、右手が開け放しになっていて、豪華な庭園に面していた。

 

 瀟洒な柱が規則正しく並ぶ軒の向こうでは、花々が咲き乱れる花壇やら、薔薇のアーチやら、噴水やらが見えている。

 「あの噴水の向こうがですねえ、『キッスイベントの茂み』なんですのよぉ」


 きゃぴきゃぴとビスクが言う事には、城や庭のあちこちにはイベントスポットが用意されているのだとか。

 ダンスパーティで目当ての相手と良い雰囲気になった後は、色々なところを散策して、そこで告白されたり、語り合ったり、ちょっと大人なハプニングがあったりと、色々なアトラクションが仕掛けられているらしい。


 なるほど、噴水の向こうには、赤い実が点々と実っている、ちょっとした茂みがある。

 (あの陰に隠れてヤるんかい……)


 

 ぼんやりとしてしまった。

 もし、ここが企画倒れではなく、異次元テーマパークとして営業していたとしたら。

 

 (あの茂みの中で、理想の王子様と手を取り合う女の子たちがいたわけで)


 

 きっと、現実では満たされない想いを持て余している女の子たち。

 そして、そんな子はごまんといるはずで。

 (多分、このテーマパークが実現していたら、大繁盛していたのに違いない)


 マジカルジョーク社の製品を買えば、この異次元世界に通じるリモコンを手に入れることができて。

 もしかしたらそれは、特別なチャンネルのように、ちょっとした有料のサービスになるのかもしれないけれど、それでも欲しいと思う女の子はたくさんいたはずで。



 (どうして、この企画、実現しなかったんだろう……)




 「……ですよ、プリンセス、ねっ」

 

 はっとした。

 胸に抱いているビスクが、何か喋っている。

 見下ろすと、青い目をぐるぐる動かしていた。怖いからやめろや。


 「ですから、今夜プリンセスは、プリンスに接近して親密になって、いずれはあの茂みとか、他色々なイベントスポットで親密さを増すよう頑張らなくてはいけないんですよ~」


 リモコンビスクは、言った。

 は、と聞き返すと、ビスクは、だってプリンセス、現実世界に戻るんでしょう、と言い返した。


 「ここから現実世界に戻るには、方法は一つしかないんですぅ」

 すなわち、プリンスの心を開かせること。

 そして、この世界から脱出させてもらうよう、何とかしてもらうのだ。


 (あいつしか、できないのかよ)

 げんなりした気分で、あの丸々とした汚い背中を思い出す。

 汗じみたジャージで、汚い部屋の中で、かたかたかたかたパソコンばかり触って。

 美少女フィギュアなんか集めてさ。


 いくら元エリート社員だとしても、ぞっとしない。

 そんな男と、嘘偽りであったとしても、接近しなくてはならないなんて。



 (まあ、ダンスパーティには、今の姿ではなく、バリバリのエリートだった頃の彼が出てくるらしいけれどさあ)

 そうは言っても、あの後姿は酷かった。

 ぶよ腹がズボンから食み出て、溶けたソフトクリームみだいたっだよ。


 「プリンス攻略するって、胸のあいたドレスでも着るとか」

 何気なく言ってみたら、ビスクに溜息をつかれてしまった。人形のくせに。


 さああああ。

 噴水の音が爽やかだ。ふっと見ると風がそよいで心地よい。

 のんびりとした平和な昼下がりだ。どこからかバイオリンの音も聞こえてきたりして。

 (いいなあ。もうここでこのまま暮らしてもいいような気もする……)





 「なにを言っておられるんですかプリンセス」

 ビスクは、くすくすと笑いながら言った。

 「プリンスは、清純派がお好きなんです。知的な中に高貴な愛らしさを秘めた純情少女の様な女性をお求めです。お胸を出すなんてとんでもない」


 歩き方は内また小股。

 グラスを持つ時は小指をあげる。

 微笑みは恥ずかしそうに。


 「いいですか、嘘でも何でもいいですし、容姿がどうあれこの際仕方がないとして、シャイで気高くて愛らしくて芯の強い女の子を演じなくては、あの方の心は、まず射止められませんことよ」





 (色々気になる言い方をするなあ)

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