デフォルトの幻
午後のドレスは、午前中に着た薄ピンクのドレスよりも、ややラフな感じである。
薄いオレンジが混じったピンクのドレスは、ヒラヒラが少なめで、気持ち、動きやすい。
お昼寝の後にお茶をとったばかりだが、もう少ししたらお茶の時間がくるという。
ここでいうお茶とは、ヨーロッパのアレのように、ケーキとかスコーンが出てくるお茶のことだろう。
(要はオヤツか)
「なにが出てくるの」
と、聞いたら、メイドさんが生真面目な顔で、つらつらとメニューを朗誦しはじめたのには驚いた。
ナントカのタルトだの、キッシュだの、サンドイッチだの。
メイドさんの頭に全部インプットされているんだろう。よどみなく繰り出されるメニューの果てしなさに、ちょっと目が回りかけた。
オヤツというレベルではない。もはやこれではゴハンではないか?
(ああ、いや、ここではゴハン=ポテチだったか……)
「お茶のお時間まで、自由時間でございますプリンセス。ところでトイレはいかがですか」
丁寧にお辞儀をして、メイドさんは言った。
「デフォルトのプリンセスは午後に何をしていたの」
と、素直に聞いてみたら、メイドさんは生真面目な瞳をあげた。微かに首を傾げながら、ひとつ、またひとつと挙げてくれる。
広間に行かれて、ピアノをお弾きになられることもあります。
お庭を散策されることもあります。
手芸をされたり。
読書をされたり。
「とにかく、お好きなことをなさっておいででした、プリンセス。ところでトイレはいかがですか」
(午後中、トイレに入っていろとでも言うのか……)
想像した。
デフォルトのプリンセス。
恐らく、姿かたちは、あの汚い男――もとい、プリンスだった――が、愛してやまない「ラブリーガール☆レイチェル」そのまんまなのだろう。
ロリ顔で、バインバインの体つきの金髪ねーちゃんが、薄ピンクのドレスを纏ってピアノを弾く。
そう言えば、汚プリンスの部屋で流れていたBGMはクラシックだったではないか。
お嬢様はショパンを弾くもの(だと、勝手に思っているのだが)だから、きっとショパン的な優雅なやつを弾いたんだろう。
さらさらの髪にキラキラをいっぱい飾り付けられて、可愛いドレスを纏って。
ふんわりレースのカーテンが風に漂う中、光の中で午後の自由時間を過ごすプリンセス。
夜はダンスパーティだから、今のうちにリラックスしておかなくては。
愛しい方に会える、ダンスパーティ。他のどんな殿方も、あの方の前では霞んでしまう。
あなたに会いたい、早く会いたい――プリンス。
「……」
何だ、今の。
頭の中で想像していたものが、ものすごいリアリティで迫って来た。
切々と流れるピアノの音色と、横顔のプリンセスの微笑み。真っ白で華奢なうなじに零れるおくれ毛の金色が日差しに透けていた様。
メイドさんは、それでは失礼します、トイレはいかがですか、と膝を曲げて深々とお辞儀をして退室していった。
最早、トイレがきまり文句になってしまっている。
コチコチと暖炉の上の時計が無機質な音を立てていた。
まるで、メトロノームの音だ。
コッチコッチコッチコッチ……。
「あぁん、もう、強く押しすぎですぅ、プリンセス」
背後で声がした。
リモコンビスクがぐるぐる目玉を動かしている。人がいなくなると、すぐこれだ。
わたしは立ち上がると、ビスクを抱き上げた。
青い目がゆらゆら動き、かっちんと視線が合う。ビスクの微笑みが、じわっと深くなった気がした。
貴重な自由時間。
無駄に過ごしてなるものか。とりあえずは。
「城の中を散策しようと思う。案内してくれる」
ビスクはぐるぐると目玉を回した。やはり怖い。
「さぁすが、有能な人は違いますぅ。この場合、それが一番賢くて有意義な過ごし方ですわぁ」
なにか、ひっかかる物言いだな、このリモコンビスク。
甘いアニメ声で、ビスクはルンルンとハイテンションで言うのだった。
「この分なら、無事に『脱出』できるかもしれませんわよぉ。プリンセスぅ」




