春はすぐそこなのに
初投稿です。よろしくお願いします。
「母さん、もうすぐだよ。」
私は大きくなったお腹を抱えながら、母の隣に腰を下ろした。
「本当、もうすぐだね。」
そういうと、母は痩せ細ったその手をそっと私のお腹の上に置いた。
愛おしそうに、そして切なそうに腹を撫でる。
急に母が遠くに行ってしまう気がして、無理やり明るい声で話しかけた。
「そういえば、ベビーベッド届いたよ!
母さんと私の部屋に置いてあるから。」
ふふふっと静かに笑いながら、母は窓の外に視線を移した。
視線の先がこれから先の未来を見ていたのか、それとも今まで歩んできた道に思いを馳せていたのか、今となっては分からずじまいだ。
電車の時間だから、と席を立つ私を母は最後まで気遣っていた。
「また来てね。」
手を振る母の姿は、普段よりも小さく見えた。
病状が急変したのは、その日の夜だった。
「母さんが、危ない。1人で病院まで来れるか⁈」
切羽詰まった兄の声で、事態が深刻なことを知る。
どうして?さっきまで元気だったのに。
身重の体を揺すりながら、急いでタクシーを拾い乗り込む。
病院では医師や看護師に囲まれた母がいた。
が、何かがおかしい。
気づいたと同時に兄が言った。
「母さん、目が見えないみたい…。」
「そんな…。嘘でしょ。母さん!」
母に駆け寄ると、堪えきれず涙が溢れた。
母は焦点の定まらぬ目で私を見つめ、何度も何度も頰を撫でた。
「泣かないで、めぐちゃん…。大丈夫だから。」
自分が1番ツライはずなのに、泣きじゃくる娘のことを心配している。
その言葉を最後に母の意識は遥か彼方へ向かい、心電図は波打つのをやめた。
まだ寒さの残る4月の夜だった。
それから私は母との思い出が残る地元を離れ、形見分けにと闘病中の母の日記を引き継いだ。
そこには病室での出来事や食事内容、私と兄のことなどが書き記されていた。
懐かしい母の文字に、目頭が熱くなる。
ーめぐちゃん、母親になるのね。
神様に感謝してねー
母の精一杯の愛情が、1つ1つの文字から溢れている。
言葉の意味を何度も反芻した。
ふと、ページをめくると、私の前では決して口にしなかった母の本音が綴られていた。
ー春はすぐそこなのに、私の心は遠いー
母は、きっと孫の顔を見ることが出来ないと分かっていたのだろうか。
そんな母の気持ちも知らずに、私は何もしてあげられなかった。孫を抱かせるという、唯一の親孝行でさえも。
月日は流れ、あの時お腹の中にいた娘は今年で4歳になった。
写真の中の母は、昔と変わらず優しい眼差しで私と娘を見つめている。
「母さん、これからもずっと見守っていてね。」
そう呟く私に、写真の中の母が笑った気がした。
ドキドキしながら書き進めました。
これからも少しずつUPしていくので、応援よろしくお願いします!