47 胸を張って言えることⅣ
『……それで、バイトを仮病で抜け出す必要はなくなったってわけか』
呆れたような海斗の口調が耳に入る。深矢は手元に意識を集中させたまま、芝居かかった団長の様子を思い出して苦笑いを浮かべた。
「そ、思ってもなかったよな。あの人は味方なんだか敵なんだか……」
『どっちにしろ、手間が省けたんだから得した気分になっときゃいいんじゃない?……こっちは準備完了。待機してる』
『こっちもセッティング完了。撤収するよ……得したって言っても、足元をすくわれるかもしれない』
『いや、それはないだろ。深矢を貶めるつもりなら、そもそも店番を頼んだりしない……と、思う』
「珍しく自信無さげだな?」
深矢は最後の作業に取り掛かりながら、海斗を揶揄いつつ尋ねる。
『団長のことを知らないからな。予測を立てようにもデータが少なきゃ正確な予測は立てられないだろ。それで言ったらお前の方が知ってるはずだ』
『そうだよ。ずっとバイトで一緒に働いてたんだし』
海斗と由奈に指摘され、店での団長の様子を思い出す。
「まぁ俺がずっと接してたのは『店長の面を被った団長』だけどな……けどそうだな、あれは多分……」
深矢は一回口を噤んで、言葉を選んで答えた。
「……気分だ」
『一番信用ならない解答をどうも』
「もしくは面白そうだから、とかな」
『つまりあの道化師の考えを真面目に推測するのは馬鹿げてるってこと?』
「そういうこと」
各三人のため息が聞こえる中、深矢は手を一旦止め、一息吐く。
『おいおい、まーだ作業追えてないの?』
「すぐ終わるさ」
『早くしろよ。俺の予想だとあと十秒以内に……』
「そりゃあ急がないとだな」
深矢は焦ることもなく、止めた手を速やかに動かす。
『目標を確認。こっちに来るよ』
黒く小さな箱を、目の前の頑丈な作りの金庫の中央に据え置く。深矢は思わずほくそ笑んだ。
黒い箱が埋もれているのは、サラリーマンの平均年収以上に相当するような額の札束の中。
今からこれらが全部、炭に変わるのだ。
何年もかけて集めてきた、松永の財産が全て――
『中に入ったぞ!急げ!』
焦る海斗の声と共に、深矢は金庫を閉める。
「準備完了」
そしてポケットから、一枚の写真を取り出した。
圭との写真だ。深矢の部屋にある遺品を漁っているうちに出てきた。
時期はおそらく、高校二年の夏。松永の仕事で得た大金で、二人で遠出した時に撮った写真だった。
身長の高い圭が、深矢の肩に腕を乗せ、満面の笑みで笑っている。
――あの頃は楽しかったな。こうなるだなんて、ちっとも……。
思うと同時に胸が締め付けられ、体の底が熱を帯びる。
どうしてこうなった?どこで間違えた?
いくら考えても、明確な、正しいと思える答えは見つからなかった。
言えることがあるとするなら、それは一つだけ。
圭を貶めたのが、松永だということだ。
来たる復讐相手のため、写真を大事に丁寧にしまい、松永が現れるであろう扉に向き合う。
ガチャ、ガチャリと二重施錠が開かれ、ドアノブが回る――
「……おや、二度と目の前に現れるなと言ったのはお前の方ではなかったかな?」
予想だにしていなかったのだろう。驚いた松永の笑みは引きつっていた。反対に、その後ろについている拝島の表情は動かない。
「そうだったな」
一息吐くように言って、松永を射抜くように見据える。
松永は深矢のその只ならぬ雰囲気を感じとったのだろう。部屋に踏み入ろうとした足が止まった。
「……お前から来る時は、いつも何か悪い知らせがある」
「大袈裟だな」
警戒を見せる松永を、ハッと鼻で笑い飛ばす。しかし松永のその勘は正しい。
「今日はあいつの弔いをしに来たんだ」
「……弔い?あぁ、彼のことか。もう二週間経つのか、早いものだな……そろそろ気持ちの整理が出来てもいい頃だろう。お前だっていつまでも引きずっていたっ……ッ?!」
「黙れよ」
松永が気付いた頃にはもう、深矢はその胸ぐらを掴み拳を振り上げていた。
この男にどうこう言われる筋合いはないのだ。
「離れ……ッ!」
拝島が止めに入るも間に合う筈がない。次の瞬間には深矢は怒り任せに腕を振り切り、松永の体は背後の扉に強く打ち付けられていた。
まだだ。足りるか……!
深矢はそのままの勢いで倒れ込んだ松永に跨る。
止めに入る拝島を一瞥すれば、凍ったようにその動きが止まった。
それでいい。気が済むまでぶん殴ってや――
深矢、と制止の声がかかったのと、圭と沙保の顔が過ぎったのは同時だった。
「……ッ、ははっ」
一拍置いて、喉の奥から乾いた笑いが漏れた。
……何してんだ。こんなことしたって何も実らないってのに。
深矢は頭に手をやり、勢い任せの憎悪を鎮めるように松永から距離を取った。
そして、ゆっくりと息を吐く。
その間松永も拝島も何も言わず、微動だにしなかった。むしろ腫れ物に触れるかのような目で深矢を見つめている。
「…………何か臭わないか、この部屋」
数秒経ってから、ボソリと呟く。
深矢は頭にやった手の指の隙間から、途端に松永の表情が変わるのを見ていた。
「……何かが燃える臭いだ」
松永は深矢に言われて気付いたのか、一瞬だけ顔を顰め、すぐに焦りを浮かべた。
「拝島!金庫を開けろ、中を確かめろ!」
弾かれたように拝島が金庫の解錠に取り掛かる。
「開けない方が得策だと思うがなぁ」
焦る松永を横目に、わざとらしくのんびりとした口調で呟く。
そして拝島が金庫を解錠すると――同時に爆発音が金庫内に響いた。
松永の表情が固まる。深矢の心の中の悪魔が高笑いした。
拝島がゆっくりと金庫の扉を開けると、中から紙幣の燃えかすが舞い散った。
「……お、おいどういうことだ…………私の金が……」
驚きと絶望に枯れた声を出す松永。そのまま恨みのこもった視線が深矢に向けられた。
「俺が仕組んだとでも?そんな証拠どこにある」
たかだか金庫一つでその反応か。これはほんの序の口だというのに――
松永の睨みを鼻であしらったと同時にドアがノックされ、手下が恐る恐る入ってくる。
「会長、こんなものが……」
その手には大量の封筒。銀行や保険会社、クレジットカード会社の名前が連なっている。
松永がそれを受け取る手は震えていた。開けて中を確かめると、咄嗟に顔を青くさせた。
「何だこの請求額は……何をした……?」
絵に描いたような反応に、思わずクククと喉から笑いが漏れた。
ここ数日間の仕込み。それは単に金庫を開けるための準備だけではなかった。
「ローン返済にしろ保険金支払いにしろ、ちゃんと毎月、金は振り込まないとな」
「……なぜ、『未払い』になっている……?」
「そんなの、支払った『経歴が無い』から、だろ?俺の知ったことじゃない」
深矢の意図する所が読めたのか、松永は憤怒の色を浮かべた。
大層なことはしていない。ただ、松永の名前で組まれているローンやら保険やらの支払い履歴を全て消去した――それだけだ。
「この調子じゃあ、明日にでも財産差し留めの通達でも届きそうだな?」
「貴様ッ……!」
松永は怒りと絶望のあまり青白くなった顔のまま、悠々とする深矢を睨む。見るからに滑稽だ。いい気味だった。
「……拝島、この外道から目を離すな。準備が出来次第連絡する」
「畏まりました」
松永はとうとう掠れた声で拝島に命じ、手下を連れて――というより、手下に支えられるようにして部屋を出て行った。その背中は、つい一週間前に深矢を嘲笑っていた男とはまるで別人のものだ。
「荷物まとめてとんずらしようってか」
そうはさせるかよ。
由奈、とインカムで合図を送る。
すると三秒後、もう一度爆発音が聞こえ、松永の絶叫が響き渡る。
松永の全財産が詰まった金庫が、銀行に預け切れない程の金銭が、今まで深矢が『田嶋陽一』として奥本圭と共に盗んできた数々の金目のものが、ただの炭に成り代った瞬間だった。
ざま見ろと思った。当然の報いだ、とも。
しかし同時に、心の隅を寂しさが過った。深矢の中で記憶が一つ――『田嶋陽一』が持つ、圭との思い出達が――消え去ったような感覚がしたのは、気のせいなのだろうか。




