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スナイプ・ハント  作者: 柚希 ハル
決別編
41/74

41 惜しい夜Ⅱ

 

「一番逢いたかった奴にやーっと逢えた所で悪いが、感動の再会を味わってる時間は無いんだ。タイムリミットは監視の奴らが目を覚ますまで。そうだな……三時間が限界ってところだ」


 五百メートルほど移動した先に停まっていたタクシーに乗り込むなり、運転手の格好をした海斗が喋り始めた。

「それで、三時間で済ませなきゃならない仕事は?」

 由奈が後部座席から助手席に手を伸ばし、書類の入ったクリアファイルを深矢に手渡す。


 株式会社TCC海外事業推進本部上海支部担当、今野雅亮。

 その人物についての書類と、乾燥した植物の入った小さな袋。

 それだけでも作戦の意図は読めた。


「なるほどな、こいつに仕掛けるってことか……にしても、こんなもんどこで手に入れたんだ?」

「安藤さんだよ」

 深矢は思わず吹き出した。

「あの人も一筋縄の人間性じゃなさそうだな」

「SIGの中でマトモな人間を探す方が難しいだろ」


「そう言う深矢だって、謹慎中に監視を潜り抜けてるんだから、そっちの方が問題じゃない?」

 いたずらっぽい笑みを浮かべて由奈が深矢を横目に見る。深矢は肩をすくめた。

「脱走がバレたら、今度こそ俺の行き場はなくなるな」


 今の深矢は、言わば一本綱を渡っている状態だ。

 三年前の事件で容疑者扱いされている上、SIGに裏切りの疑いをかけられている。これで自宅謹慎の命令に背いたとなれば、脱走の理由が何であれ、SIGから遠ざけられるのは間違いないだろう。


 そうなったら、やっと近付いた三年前の事件の真犯人を追うこともできなくなる。

 一生背負わなければならない濡れ衣を、晴らす機会(チャンス)もなくすことになる。

 取り戻した工作員(スパイ)としての姿も。

 圭を失った意味も。

 再開できた仲間や由奈とも――


「大丈夫だろ、さっさと仕事済ませて監視が気付く前に元通り戻ればいいんだから」

 海斗が自信たっぷりに言い切る。

 海斗の言う未来は絶対だ。


「……心配か?」

 隣の由奈を覗き込む。

 いいや、と首を振る由奈の表情にはどこか不安が見て取れた。

「ずいぶんな博打だなって思って。一歩間違えたら大問題だから」


 そう。もしも目標(ターゲット)の家への潜入が失敗したら。監視が深矢の脱走に気付いたら。

 由奈とまた会えなくなってしまう。

 だが――


「勝てる賭にしか乗らないからな、俺は」

「……心強い味方がいるもんだ」

 由奈が寂しげに笑ったと同時に、海斗がアクセルを踏んで加速した。

「急ぐぞ。深矢お前、三年間の泥棒業の腕にかかってるからな」

 ルームミラー越しに、海斗と目が合った。

「任せろよ」

 深矢は先を見据えるよう、窓の外に目をやった。


「……任務だけで帰るには惜しい夜だな」



  ***




 ――時刻、23:27:46――



 都内で地価が安いと有名な区の、住宅街に並んで建つマンション。

 リフォームこそされ外見は新築のように見えるが、実際は築二十年以上といったところか。

 古い建物の証に、所々に取り付けられている監視カメラはほとんど偽物だ。本物はエントランスホールと非常階段の二つだけ。

 駐車場から回り込み、人目を盗んで植木を越えれば浸入など容易かった。


「何というか……本当に『ちょうどいい』目標(ターゲット)だったんだね」

 後ろを歩く由奈が、警備の緩さに呆れたように呟いた。

「セキュリティを気にするのなんて、若い女性と金目の物を持てる富裕層だけだよ」

 深矢は声を潜め、足早に廊下を進む。


 マンションの各部屋は所々明かりが点いていて、まだ寝静まる気配はない。

 足音の無い二人の影が、目標の部屋の前で止まる。

 深矢はすぐさま手袋をはめた指先で鍵穴を触った。

 ポケットから錠前破りセットを取り出し、扉の前にしゃがみ込むこと三秒。

 カチャリと音が鳴り、深矢はドアノブを捻って扉を開けた。


「……速い」

 後ろで由奈が驚いた声を出す。

「三年間の修行の賜物ってな。安っぽい成果だよ」

 深矢はエスコートするように、扉の内側に立って腕を伸ばした。

「今から五分でどう?」

「了解」

 由奈が先に中に入る。深矢も続いて中に入り、静かに扉を閉めた。


 1LDKの間取り。一人での暮らしは充実しているのだろう。

 一切物音を立てず、それぞれ行動を開始する。

 由奈はリビングを見渡してから、寝室と思われる部屋に入り込んでいった。パソコンに、架空のメールやり取りを仕込むのだ。


 深矢はリビングにあるゴミ箱の前にしゃがみこんだ。

 ゴミにはその人の生活が表れるという。

 今野宅のゴミ箱はインスタント料理やカップ麺のゴミ、コンビニ弁当で溢れていた。自炊をしない男の一人暮らしとしてはごく自然な内訳である。

 彼女も居らず、ここ最近で女を部屋に呼んだ気配もない。

 一週間前にスーパーでビールをパック買いしたレシートが丸めてあるから、酒を飲むのは好きらしい。つまみはさきイカ。だが空き缶が捨てられていないから、ここ最近は忙しくて飲めていないとみえる。


 仕事に追われるサラリーマン。遊び呆ける時間はあまり無いらしい。


 そんなことを観察しながら、深矢は小さなビニール片を取り出した。大麻吸引後の残骸を、ゴミに紛れこませるのだ。よく見れば分かるが、ビニールには破片が付着している。


 時計を見る。23:29:13。残り三分あまり。


 盗みは慣れているが、偽装工作は久しぶりだ。ゴミ箱の他にだって偽装すべき場所があるのだから急がねばならない。それ以外にだって――

 とにかく、ここでヘマを踏んだら全てが水の泡だ。

 集中しろ。

 深矢はフッと小さく息を吐き、手元の作業に意識を集中させた。



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