30 考えの浅い愚か者Ⅱ
次の日、都内でトラックの横転事故が『起きた。』
トラックから漏れ出たガソリンが引火し、下敷きになった通行人は全身火傷を負ったという。
その通行人は、持ち物から奥本圭と判明した――
***
その日は久々に、あの日の夢を見た。
夢というには現実的で、昔にタイムリープしているような感覚の夢だ。
あれが起きたのはちょうど今と同じような時期で、でも今と違って、自分には何でもできると思い込んでいた。
自分には才能があって、他の人間とは違う生き方をしていると。
そんな青二才な頃の、過信が崩れる瞬間の夢。
気付くと小さなホールに深矢はいて、暗い観客席から舞台を見上げていた。
隣を見ると、同じように無心に舞台の一点を見つめる由奈がいた。
深矢の視線に気付いた由奈が、ん?と小さく首を傾げる。
何でもない、と頭を横に振って視線を戻す。
照明に照らされた舞台の上では、壮年の男が一人マイクを持って淡々と話している。
前代の大学長だった。
警備の任務は退屈なものだ。特に講演中の人の動きが目立つ空間では。
ただでさえこのホールの出入り口にはそれぞれ警備員が待機しているし、舞台袖にはスタッフに紛れてプロの工作員が数人待機している。深矢達と同じように聴衆に紛れているのも数人いるはずだ。
こんな中で何かが起きる訳がない。
初めてフィールドワークとして組織の任務に就くと聞いて期待していたのに。
なんて簡単で退屈な任務なんだろう。
目を細めるとともに視線を落とす。
その視線を上げると場面が変わっていて、赤い絨毯の敷かれた廊下にいた。
隣に由奈はおらず、一人でどこかに向かって歩いていた。
急いでるわけでもなく、暇つぶしに歩いているわけでもなく。
どこに向かおうとしていたんだっけ。
とにかく、任務中の単独行動はよくない。
そう思い、由奈がいるところに戻ろうと振り返る。
すると突然、首筋に衝撃が走った。
何かは分からない。誰かも分からない。
だが瞼の裏にフラッシュのような火花が散って、
世界が真っ暗になった。
次に目を覚ますとまた場面が変わっていて、
深矢は冷たいコンクリートの上に俯せになっていた。
右手に違和感を覚え、見ると何故か拳銃を握っていた。
自分のではない。
そして前に頭を上げると、男が一人同じように横たわっていた――大学長だ。
その体からは、赤い液体が流れ出ていた。血だ。
状況が何かを物語っていた。
この拳銃は、大学長を撃ったものだ。
でもどうして俺が持っている?
気付くと周りは黒い人影に囲まれていて、言葉のない雰囲気に圧迫された。
何を言っても通じない。むしろ何も言わせてくれない。
迫る人影の中から一人が出てきて、深矢を冷たく見下ろし、何か言葉を発する。
いつもはそれが聞き取れないのだが、その日は聞き取れた。
「――事故処理班だ。お前が犯人だな」
そこからはいつもの悪夢に戻った。
違う、と叫んだが届かない。
それどころか急速に地面に吸い込まれるような感覚に襲われ、蟻地獄のように深矢の身体は沈んでいく。
周囲の人影が遠のいていく。
不意にその中に由奈の姿が見えた。
由奈だけではない。海斗や茜の姿もある。
手を伸ばすも身体はみるみるうちに沈み、反対に由奈達は遠くに消えていく。
全てが呑まれた時、周りは暗闇に覆われ、深矢は独りになっていた。




