表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スナイプ・ハント  作者: 柚希 ハル
決別編
3/74

3 三年Ⅱ

 

 その日見た夢の中で、陽一は霞の中にいた。

 燻んだ白い世界で、立っているのか寝ているのか、逆さになっているのか、それすらも分からない。


 ただ、其処にいた。


「……い、おい」


 霞の向こうから声が響く。


「おい、***」


 ()()()()()()()()()()()は分からない。

 だが、自分を呼んでいることは分かる。


「……誰だ?」


 質問に呼応するよう、霞の中から人が現れる。

 自分だった。


「お前、いつまで『普通』でいるつもりだ?」


 目の前の自分は、()()()()なのだろう。


「……俺は『普通』に生きなきゃいけない」


 答えると、自分が皮肉を浮かべて嗤う。


「泥棒なんかに成り下がった奴がが、よく言うよ」

「それ以外に俺の居場所なんてない」

「諦めろ。お前の居場所は陽一(そこ)にはない」

「やめろ!」


 圭との日常を否定された気がして、嫌だった。


 すると自分は何も言わず、ただ皮肉を浮かべたまま後退り、霞の中へ紛れていく。

 慌ててその姿に手を伸ばした。


「待て……待てよ!」


 霞の中を探る手が、ふと、温もりを感じる。


「待てって!」


 その温もりをしっかり掴んだ、その瞬間――




「いてててて!」

 やけにリアルでデカい声がして、目が覚めた。

「よっち痛いって!びっくりしたー」


 見ると陽一は左手で圭の腕を掴んでいた。


「……なんだ、圭か」


 自分のベッドに、窓から射し込む日光で明るい部屋。そして泊まりに来ている圭。

 いつも通りの風景だ。


 ……あれ、何の夢を見てたんだろう。


「なんだよそのガッカリした反応は?!」

「圭こそ何覗き込んでんだよ。夜這いか?」

「ちっげーよ!なんか苦しそうだったから……」

「楽にしてやろうと」

「だからちげっつーの!」


 隣でギャンギャン吠える圭をあしらい、窓へ目を向け太陽の位置を確認する。

 高さからして昼過ぎといったところか。いい時間だ。


「圭、お前今日はどうする?」

「帰るよ。夕方に沙保と買い物行くんだ」


 よっちは?と圭があくびを噛み殺しながら聞いてくる。

 その口が閉じられる時には、既に陽一は着替えを済ませていた。


「隣町まで行ってくる」


 そして手に昨日の黒いポーチを持ち、圭に向かってニヤリと笑ってみせた。


「昨日の報酬を貰わないといけないからな」


  ***



 午後三時。陽一は待ち合わせ場所に来ていた。

 陽一と圭の『雇い主』に、獲物を渡すためだ。


「……今回の仲介役はお前か?」


 事前に指定された時間通りに、指定されたカフェの席に着く。

 背中合わせに座る男が今回の仲介役なのだろう。


「見ない顔だな。新入り……には見えないけど」

「……数秒違わぬ時間ぴったりのご到着、気味が悪いな。聞いていた通りだ」

「いい癖だろ。時間に遅れる奴よりは」


 雇い主が送ってくる奴は頻繁に変わる。

 前回までの奴は時間に遅れることが多かったし、加えて何かと目立つ格好だった。

 こういった作業はいかに地味に行えるかが重要だ。だから真昼間の公園に真っ黒なお堅いスーツで現れた時は帰りたくなった。


「前の奴よりは格好にこだわりがないようで安心したよ」


 今回の使いは、きちんとカフェという場をわきまえた格好をしている――前の奴に比べれば。

 滲み出る厳つさはヤクザの手下特有のものなのだろう。


 そう、陽一達の雇い主は、松永組という小さな暴力団の会長(ボス)だ。


「無駄話は要らない。獲物は」


 催促され、椅子の下で一つの鍵を手渡す。


「駅のロッカーに入れてある。そちらで取りに行ってくれ」


 後ろ手で受け取った男は、馬鹿にするように鼻で笑いながら席を立った。


「会長から聞いてはいたが、随分と用心深いな」

「普段の清廉潔白なイメージを壊したくないんでね」


 陽一の用心深さは圭の為である。

 独り暮らしでフリーターの陽一と違い、圭は家族がいて大学に通う普通の大学生だ。裏仕事が露見しては表の生活に支障が出る。

 この場に同行させないのも、圭を松永組の奴ら裏の人間と一線を記するためだ。


 まあいい、と男は通りすがりに陽一のテーブルに封筒を落とした。


「報酬だ。それと会長から、お前が欲しがる情報も入れてあるそうだ」

「それは嬉しいな」


 男が店を出るのを見届けてから、封筒の中身を確認する。

 万札の束一つと、写真が一枚。

 今回盗った金貨相当額の十分の一しか入っていない。


 しかし残りの価値を埋めるほどの価値が、この写真にはある。

 これが陽一の欲しがる情報――三年前の事件、『組織』に関わる情報だ。


 写真は、大きな門を通る、一人の頼り無さげな男性にピントが当てられていた。


「この男が、ね……」


 じわじわと湧き上がる興奮を感じながら、神妙な面持ちで写真を眺める。


 それは三年もの間、陽一が松永組と手を組んでやっと手に入れた、『組織』に繋がる大きな手がかりだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ