10 空白の三年、危うい均衡Ⅱ
「由奈のことが気になってんだろ?」
背後に気配がしたと思ったら海斗の声が降ってきた。
志岐大学にある大教室の一つ。大学生活に関するオリエンテーションだとかで茜はそこにいた。まったく、大学生を演じるのも面倒なものだ。
海斗が一段上がった席に座り、茜に話しかける。周りはそれぞれ友達作りに勤しんでいて二人の会話に耳を傾けようとする者はいない。
「気にならなかったらそれは鈍感。優秀な奴を集めたのが梟なら、由奈がいないはずがない。深矢までいるんだから」
「俺はその深矢の方が気になるけどな」
海斗が一段声を低くする。その指摘ももっともだった。
突然現れた昔のワケあり同期に素直に喜べるほど、単純な思考回路は持ち合わせていない。
「あいつには絶対何かある。でなけりゃ先代の大学長暗殺容疑者で且つ唯一の青嶋の脱走者が、そうスムーズに戻ってくるわけがないからな」
「団長にしろSIGの幹部にしろ、何を思ってあいつを戻したんだろうな……いくら成績優秀だったっつっても、三年間あれば腕も鈍るだろうし急にエリート集団だとかいう梟に配属ってのも……」
そこまで考え、ふと考えるのをやめた。
沼に嵌まる気がしたからだ。
「まぁ、あたしとしては任務に支障が出なきゃどうでもいいけど」
のけ反って言うと、上から海斗の苦笑が降ってきた。
「お前はな。けど俺は今のあいつを知らないとそれだけで支障が出かねない」
そう言う海斗は分析マニアであり、情報を分析しそれに基づいた正確な予測をするのを得意としている。そのせいか予想外の事態にめっぽう弱く、それを避けるためにも身の回りの人物の行動パターンは把握したいらしい。
「……探り入れるつもり?」
「あぁ。まずはあいつがこの三年間何をしていたのか、だな」
「任務の邪魔にはなるなよ」
「俺がそんな下手な真似したことあったか?」
その減らず口に舌打ちするのはいつものことである。
茜の反応にふふんと鼻で笑った海斗がお、と小さく声を漏らした。それと同時に教務課の男が気配なく二人の横を通過し、その拍子にメモ用紙が茜の前に落とされる。
茜はそれに目を落とすと、思わずその口角を緩ませた。
「どうした?」
覗き込もうとする海斗にメモ用紙を差し出す。
「お呼び出しだよ。早速任務につけるらしい」
その伝言に、海斗も同じようにニヤリと笑みを浮かべるのだった。




