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第一話 私がヘリク=ダールです

 私はジャスティン様を壁からお救いすると、我が社の秘書であるツクシ殿をお呼びしました。


「申し訳ございません、またやり過ぎてしまいました。この方に回復魔法をかけていただいた後、いつも通り転送魔法陣で元の国へ帰還させておいていただけますでしょうか。お手数をおかけしまして大変申し訳ございません」

「かしこまりました、ヘリク様。……しかし、いつも申しておりますが私めは一介の秘書に過ぎません。畏れながら、そのように私めに対してへりくだった態度は、どうかおやめくださいませ」

「いえいえ、何を仰いますかツクシ殿。私が仕事に励めるのは、あなた方社員の方々の支えあってこそ。肩書きが上だから礼を失して良い、という理由にはなりません。どうか頭をお上げください。これは私の性分ですので、どうかお気になされませぬよう」

「……かしこまりました。それでは、勇者様の事は私めにお任せくださいませ」

「はい、どうかよろしくお願いいたします。お忙しいところお呼びたてしてしまい、真に申し訳ございませんでした」

「……………………」


 ツクシ殿はまだ何か仰いたそうな様子でしたが、諦めたような表情を浮かべ、勇者様の元へ向かわれました。

 私はまた何かおかしな事を口走ってしまったでしょうか。


「あら~、こりゃまた派手にやったわねぇ、魔王様。相変わらずぶっ飛んだ強さだこと」


 声のする方を振り返ると、そこには私をこの会社の魔王に迎え入れてくださった張本人……魔軍参謀クゥ=ハダーテル殿が立っておりました。


「こ、これはこれはクゥ殿……これはその、私の不徳の致すところでして、真にお恥ずかしく……」

「相変わらずムカつくくらいのへりくだり加減ね、魔王様。時々こいつわざとやってんじゃないかと思わされるんですけど」

「め、滅相も御座いません。私がこの会社に就職出来たのは、クゥ殿の計らいあってこそ。礼を尽くすのは当然の事で御座いますので」


 そうなのです。私は元々は、この世界とは別の世界で暮らしていたしがない会社員でございました。


 ある日突然異世界に転生した私は、クゥ殿に拾われ、「魔王」という役職に就かないかとお誘いいただいたのでございます。どうやら私の世界で言うところの社長のような肩書きらしいのですが、路頭に迷っていた私は、感激のあまり涙を流しながら二つ返事で快諾してしまいました。


 しかし冷静になって考えてみたところ、何故に初対面の私などに社長などという大役を任せられるのか、と当然の疑問に辿り着きました。もしや騙されているのでは、と疑ったほどです。


 ですがよくよく聞いてみますと、どうやらクゥ殿はこの世界を良くするために“世界救済計画”という壮大なプランを立案されており、その代表になってくれる人材を探していたとの事でした。

 しかし、その仕事の壮大さと責任の重さゆえ、誰も引き受けてくれる方がおらずホトホト困り果てておられたとの事。


 クゥ殿自身は、常に様々な仕事に追われ世界中を飛び回らなければならない立場のため、代表という立場に収まる事は出来ないとの事でした。


 私は恥じました。世界の平和を願っての活動に対して、騙されているのではないかなどと勘ぐった自身の浅はかさを。


 こうして私は、“株式会社ダールカンパニー代表取締役魔王・ヘリク=ダール”として、この一大プロジェクトを進めるための新設会社社長に就任したのでございました。


「……まぁいいわ。それで魔王様。“世界救済計画”の方は、魔王様の活躍もあって九割方達成に近づいているわ。そろそろ最終段階に入るから、引き続き勇者様達の説得をお願いね」


 社長としての私に与えられた仕事はただ一つ。“世界救済計画”に反対する過激派組織・フィリオンの幹部である“勇者”という肩書きの方々を説得する、というものでした。

 こういう事は、社のトップである社長が直々に交渉した方が効果が高いとのクゥ殿の提案でございました。


 しかし、私はこれまでに十八人の勇者様方に対し説得を試みましたが、どの方も過激派の名に漏れず武力行使に出ようとする方々ばかりでした。

 私が「おやめください!」と自分の身を守るため抵抗すると、少し触れただけで勇者様方は吹っ飛んでしまわれます。


 どうやら、異世界から来た私の力はこの世界の方々の力を遙かに上回っているようなのです。


 結果的に過激派の幹部は次々と再起不能になり、活動は徐々に縮小しつつあるのですが、本来ならば傷つける事なく話し合いで解決せねばならないところ……

 それが上手くいかないのは、ひとえに私の至らなさゆえです。


 次こそ、次こそは話し合いで解決しなければなりません。

 世界平和のためとはいえ、暴力では根本的な問題の解決など出来ないのですから。


「承知いたしました、クゥ殿。なかなか説得は上手くいきませんが、このヘリク、最善を尽くして参ります」

「……ん。それじゃ、よろしくね。計画の細かいところは、全部私が進めておくから」

「それなのですが、本当に私がお手伝いしなくてよろしいのでしょうか? 足を引っ張る事になってはと自重しておりますが、やはりクゥ殿お一人にお任せしてしまうのは……」

「あ~、いいのいいの。面倒な事は私のような下々の者にさせときゃいいのよ。魔王様は、勇者様方を説得する事にだけ全力を注いでちょうだい」

「……承知いたしました。ご期待に添えますよう、精進いたします。それでは、これにて失礼いたします」


 私はクゥ殿へ深々とお辞儀をし、自室へと向かいました。

 ひとまず本日の反省文を書いて、気持ちを引き締めねばなりません。




 * * *




「……くくっ、くっくっくっ」


 笑いが止まらない。

 私は何という幸運の持ち主なのだろう。


 たまたま道端で見かけた異世界転生者は凄まじい戦闘力を誇っており、その上超がつくほどのド真面目、そして低姿勢だった。


 これほど扱いやすい逸材はそういない。

 私の世界征服を成功させるための駒として、是非とも活用しなければ。

 そう考えてヘリクを騙し、魔王として君臨させた。


 大陸全土を統治する一大国家である“フィリオン王国”は、名のある勇者を多数抱える強国だ。


 世界征服のためにはその勇者達を全て倒さなければならないが、今までのこちらの戦力では到底勝ち目などなかった。

 そう、ヘリクが現れるまでは。


 私はフィリオン王国全土に対して、伝達魔法と変声魔法を使ってこう言った。


「我が名は魔王ヘリク=ダール。余はフィリオン王国を滅ぼすため、闇の底より出でし魔王の中の魔王。止められるものなら止めてみるがいい、虫けらどもよ! 我はダール城にて貴様らを待つ! ワッハッハッハッハッ……」


 そして、この城はゴキブリホイホイと化した。

 多くの勇者がヘリクを倒すために派遣されたが、ヘリクが全て返り討ちにし、再起不能にしてくれた。


 幸い、ヘリクの言う“会社”だとかいう異世界の知識は私も異界見聞録で学んだ事があり、ヘリクを騙すための材料として大いに機能してくれた。


 フィリオン王国の勇者も、残すところあとわずか。

 世界征服実現は目前まで迫っている。

 笑いがこみ上げて来るのも当然といえよう。


「……クゥ様、ニヤニヤし過ぎて気持ち悪いですよ」

「あぁんっ!?」


 私が睨みを利かせると、ツクシは目を逸らして仕事へと戻っていった。

 ヘリクは、「返り討ちにした勇者にはツクシが回復魔法をかけて国へ返している」と信じているが、それは大嘘だ。

 実際には勇者達は、縛り上げてドラゴンの餌にしている。


 これらの事実を知っているのは私と、ツクシを含めた少数の部下達だけだ。

 他の下っ端共はヘリクを“魔界より出でし魔王”と信じて、勝手に志気を上げている。

 その方が私にとっても都合がいいから、そのままにしておく事にした。


 さて、いよいよクライマックスだ。

 追いつめられたフィリオン王国は、残りの勇者と共にかなりの兵力をダール城へ差し向けてくるはず。


 そっちはヘリクに任せて、私は軍を率いて手薄になったフィリオン王国を侵略する。要するにヘリクは囮というわけだ。

 完璧な作戦だ。我ながら惚れ惚れするほどに。


「さぁ……派手にいくわよ!」


 私は世界という盤上でのチェックメイトを思い描きながら、相貌を鋭く細めて不敵に笑った。

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