ゴブリン×1
「あれ、お前ゼノヴィアはどうしたんだ? お前のことだから使い魔にするんなら色んな所に連れまわすだろうと思ってたんだが」
関所に着いてすぐルーシアが男に話しかけられていた、兜を被っているが俺には分かる……間違いなくこの男はイケメンだ。
「ここに居るわよ」
ルーシアが俺を指さしながら言った。って俺? ゼノヴィアってなんだよ。唐突に出てきた謎の単語に俺は首を傾げた。
「は? お前何言ってんだ?」
「だから、この子がゼノヴィアだって言ってるの」
「だってこいつは人間じゃねーか」
「もううるさいわね! ゼノヴィアは獣人だったのよ、獣人!」
イケメンと話していたルーシアは痺れを切らしたように叫んだ、叫ばれた方のイケメンは動じていないのでいつもこうなのだろう。
「そういや耳があるな……なるほど分かったぞ……つまり昨日お前が使い魔にするって言ってたのは獣化した獣人だったというわけだな!」
「最初からそう言ってるじゃない!」
「言ってねーよ……しっかし全身獣化できる獣人ねえ、現実じゃ見たこた無いがラミナ王国の王族にそんな奴がいた気がするな。っと忘れてたぜ、よろしくな。あんた名前はなんて言うんだ?」
俺は唐突に差し出された手に少し一瞬戸惑ったが直ぐに握った。手の皮は厚くてきっと毎日訓練しているのだろう、握った感じ筋肉もそれなりにあるようだ。
「あ、よろしく。俺は岬、上代岬だ」
「ミサキか、良い名前だ。俺はギルバート、基本この関所に居るから困ったことがあれば言ってくれ」
この様子だと性格もイケメンそうだ、俺のイケメンを発見し嫌悪するセンサーが異常な反応示している気がする。
「獣人って手に肉球があるもんなのか、なんか不思議な感触だな」
おもむろにギルバートが俺の手の肉球を揉みだした、自分で触ったときは特に何も感じなかったが人に触られると何だかくすぐったいような……というか凄いくすぐったい!
「ちょ……! く、くすぐったいから、やめろ……!」
「あ、スマン」
そう言ってギルバートは直ぐに手を離した。
「何急にセクハラしてんのよ!」
パシン! と乾いた音がしたので見ればルーシアが手のひらでギルバートの頭を叩いていた、別に俺は気にしないのだが。
「せ、セクハラじゃねーよ! 本人がそう思ってなければセクハラじゃ……無いよな?」
助けを求めるようにギルバートがこちらを見た。まあ俺は気にしていないのでその旨伝えておく。
「……ところでさっき言ってたゼノヴィアって何?」
ちょうど会話が途切れたところで気になっていたことを聞いた、するとルーシアは何かバツが悪そうな顔をして顔を逸らした。
「昨日ルーシアが使い魔にするって言って連れてきたお前にな、俺が付けた名前だよ」
なるほど、そういうことだったのか。俺が納得していると関所の国方面の入口から全身鎧を着た人間が入ってきた、顔も何も見えないので男か女かすら判断つかない。
全身鎧の人物はしばらく何かを探すように辺りを見渡すようにしてから俺に目を止めた。そして直ぐに俺の目の前まで来て
「待たせてすまない、あなたがカミシロミサキで合っているか?」
と言った。声は中性的で男女の区別がつかず、近づいてきて分かったが身長も170以上はありそうなので余計に分からなくなってしまった。
「あ、ああ俺が上代岬で合ってるが……あんたは?」
「おっと、名前を聞くときはまずは自分から名乗らなければいけなかったな。すまない、自己紹介をさせてもらおう」
そう言って兜を外した、長い髪が重力に従って下に落ちた。どうやら鎧の人間は女性だったようだ、重そうな鎧を着ているものだからてっきり男だとばかり思っていたが。
「私はこの度あなたの検査官を務めさせてもらうことになったクラリッサだ、よろしく頼む」
クラリッサと名乗った女性は綺麗な一礼をした、何だか美人がやるとなんでも様になるな。
「どうも」
「クラリッサぁ!?」
声を上げたのはギルバートだ、ギルバートはクラリッサを指さしながら固まっている。
「何よ、あんた知ってるの?」
「お前知らねーのか? クラリッサって言やあ当代の『剣聖』だ、噂によると歴代最強らしいし……えっと、どうも! 私ギルバートと申します、以後お見知りおきを」
「ああ、よろしく」
ギルバートの説明を聞いてルーシアも驚いている、『剣聖』はそんなに凄いのだろうか。
「では早速試験場所へ向かおうか、確か今回のレッドドラゴンの生息場所はウルーム渓谷だったな。今から向かうとなると明日まで掛かるな、馬車を借りよう」
馬車を借りるのにはいくらくらい掛かるのだろう、まあ馬もいるし高いのは確実だろう。
「そういえば、お前らは試験に行くところだったな……」
この関所で馬車の貸し出しを行っていることをギルバートが教えてくれた、馬車の貸し出しはギルドが行っている物で冒険者が依頼をこなすために借りる場合のみ格安で貸してもらえるらしい。
まだ一文無しの俺に代わってルーシアがその馬車代を出してくれた、本当にルーシアには頭が上がらない。早く稼いで返せるようにしなければ。
「馬車は関所を出て直ぐ右に止めてある、そこにいる男にこの紙を見せれば借りれるはずだ」
ギルバートの説明を聞いて俺たちは関所を出た、ギルバートの言った通り直ぐ右に馬車が沢山止めてあった。そしてその近くに居た男に渡された紙を見せた。
「確認した、好きな馬車に乗ってけ」
男の言葉を受けて俺たちは一番手前の馬車に乗り込んだ。中には毛布が数枚置いてあり、大人三人が寝転べる程度の大きさだ。
「そう言えばこの馬車って誰が運転するんだ?」
「馬車なら私が運転できる」
そう言ってクラリッサは御者台に座った、俺もそのうち運転できるようにならなければいけないのだろうか。
馬車の中は木張りで座り心地はハッキリ言ってかなり悪い、一応毛布を板と自分の間に挟んではいるが……長い間座っていると痔になってしまいそうだ。
馬車が走り出した、道のせいか馬車の車輪のせいかガタガタと上下に揺れる。予想通りだが尻が痛い、俺は泣きそうなほどの痛みに耐えるほか無かった。
「大丈夫? なんだか泣きそうな顔してるわよ?」
「だ、大丈夫だ。これくらいなら多分……ってうわっ!」
急に馬車が停止したので今まで痛みを回避することに意識を向けていた俺は反応できず、前方に投げ出された。
「気を付けないと危ないわよ」
勢いよく飛び出した俺はルーシアに抱きしめられる形で受け止められていた、顔に柔らかい何かが当たっている。
「あ、す、スマン!」
弾かれるように俺はルーシアから離れた、妙な挙動をしている俺をルーシアは怪訝な顔をして見ている。
「どうしたの?」
「いや! 何でもないんだ!」
「そう、ならいいけど」
未だにさっきの感触が顔に残っている、男だったら完全にセクハラで通報されていたことだろう。
「おーい、ちょっと来てくれ」
そんなことを考えていると御者台からクラリッサの呼ぶ声が聞こえた。
「どうしたんですか?」
「ゴブリンだ、道中での魔物討伐も試験の範囲内でな、倒してきてくれ」
御者台から先を除くとそこには緑色の肌を持った子供ほどの大きさの生き物がいた。クラリッサがゴブリンと呼んだその生き物は二足歩行で手には錆びた剣のようなものを持っている、恐らく人間から奪ったものだろう。
「倒してきて……って言われてもな」
「大丈夫、ミサキならきっと倒せるわ。それに見た感じゴブリンは一匹だけね、沢山いたら多少厄介だけどこれなら問題ないわ」
ルーシアの謎の信頼は何処から生まれているのだろうか?
「まあ、一応やれるだけやってみるか」
馬車から急いで降りてゴブリンと対峙する、ダイアウルフの時は無我夢中だったのでマイナスな感情は生まれなかったが、今から命のやり取りをすると思うと少々不安になってくる。
自分でも気付かない内に緊張していたのか荒くなった自分の息遣いが聞こえてきた、足も少々震えている気がする。
「あああああああああ! やってやるぜぇ!」
大きな声を上げることで自分の心を奮い立たせる、多少落ち着いた気がする。
俺が叫び声をあげたことでゴブリンがこちらを敵だと認識したようで、小走り気味にこちらへ向かってくる。
目の前まで来たゴブリンは剣を振り上げた、動きは緩慢でダイアウルフとは比べ物にならない遅さだ。これなら余裕をもって行動できる。振り下ろされた剣を横に避けて手に持ったナイフを横に振る、ナイフはちょうどゴブリンの頸動脈を切り裂いたようで(人型だとは思っていたが構造も人に似ているらしい)。ゴブリンは首から血を噴き出しながら地面に崩れ落ちた。
「ゴブリンの討伐証明部位は角よ、まあゴブリン討伐の報酬なんてたかが知れてるけどね」
「なるほど」
ゴブリンの死体の横に座り込んで言われた通り角を根元からナイフで切り取る、固そうに思えたがそれほど固くなかった。ゴブリンの角が柔らかいのかそれともナイフが良い物なのか。
「一応ゴブリンは倒せるようだが……レッドドラゴン討伐に本当に行くのか? 今ならまだゴブリン討伐に依頼を変更してもいいんだぞ?」
「いや、一応できるところまでやってみたいと思う」
見るだけ見て無理そうなら帰るっていう手もあるし、と言おうとも思ったが何だかルーシアに何か言われそうだったのでやめておいた。
「そうか、いや君がそう思うならいいが」
「確か試験の時検査官は特級ポーションを渡されてるんでしょ? あれなら何があっても大丈夫よ」
「特級ポーション、ってどんなのなんだ?」
「そうねえ……簡単に言えば即死じゃなければどんな傷でも治るポーションよ」
「四肢欠損さえもたちまちに治してしまう最上級のポーションだ。まあその代わりこれを使った場合莫大な料金を請求されることになるが」
なるほど、そんなものがあるなら安心できる。とは言っても料金の方は安心できないが。
「じゃあまた出発だ、二人とも馬車に乗ってくれ」
「「分かった(わ)」」
人と話しているとき言葉がハモるとなんだか変な空気になるので嫌いだ、ルーシアは別に気にしていないようだが。
俺たちが馬車に乗ると同時に馬が歩き出した、初の戦闘のインパクトが強くてすっかり忘れていたがまたあの地獄を味わうのかと思うと涙が出そうだ。
それからしばらく進んでいったが魔物が出ることもなく、日が暮れて夜となった。
「今日はここで野宿だ」
「草原のど真ん中だけどこんなとこで寝ても大丈夫なのか?」
「大丈夫だ、夜の間は私が番をしておく」
はたしてクラリッサは夜が明けるまで寝ずに番をするつもりなのだろうか、まあ『剣聖』とか言われるくらいだし、そう言う面も強いのかもしれない。
止まった馬車の中で干し肉を黙々と食べる。今頃考えても遅いが干し肉だけでなくパンとか買っておけばよかった、この程度の時間ならまだ腐ることもないだろうし。
食事を終えて俺たちは馬車の中に最初からおいてあった毛布に包まる、毛布は結構厚みがあり体を程よく温めてくれる。
なぜだか誰も喋ることは無く、そのまま俺は眠りについた。




