肉弾戦
遅れた上に短くてすいません
「まぁ、俺もアイツらもクズだしよう、殺されたって仕方ねぇと思ってる」
その口調は変わらず平坦で間延びしている、しかし俺はその男から漏れ出ている殺気のようなものを否応なしに感じていた。
「だけれども。仲間を殺されちゃぁ仇を打たないってわけにゃ、いかんだろう」
手で髪を撫でつけながら男は歩いている。俺の周りに居た男どもは俺と男から距離を取り、遠巻きにこちらを見ている。
一度大きく深呼吸をしてから男は両手を前に出し、何か拳法のような構えを取る。そして、俺が気付かない一瞬のうちに間合いを詰めてきた。
「い、いつの間に……!?」
「一」
拳が俺の右頬に突き刺さった。その殴りはおおよそ人間の体から放たれたとは思えないような力で、俺はきりもみ回転しながら吹き飛ばされた。そのまま背中から地面に着地する。見えていないが背中も顔も酷いことになっていることだろう。
首の骨が折れるかと思ったが動かせる以上まだ折れてはいないのだろう。
「二」
体を起こした瞬間にまたしても男の拳が突き刺さる。真正面から放たれたその拳は、俺の鼻に直撃した。
「はあ……まったくこんなのにやられちまったってぇのか」
俺の血で赤いその手で後頭部をポリポリと掻きながら、男はため息をついている。
俺の鼻からはどばどばと鼻血が流れ出ていて、押さえても止まる気配がないうえに、押さえていると行き場を失った血が胃の中に流れ込んでくるものだから気持ち悪いことこの上ない。結局鼻を押さえるのはやめた。
「それじゃあ次だ――」
俺は咄嗟に『見る』ことに意識を集中させた。
どうやら男が一瞬で間合いを詰めてきたように見えたのは、一歩の大きさが異常に長かったからそう錯覚してしまったらしい。殆どジャンプするような歩き方で俺の前の前まで来た男は、先ほどと同じような形でパンチを繰り出してきた。
「三」
辛うじて間一髪で避けることに成功した。そのまま転がるように男から距離を取る。男は追撃を仕掛けてくる様子もなくただ俺のことを見ている。
「あ、危ないところだった」
正直に言って今避けられたのはほとんど反射神経のおかげと言っても過言ではない。
心臓が破裂しそうな程に勢いよく脈を打っている。痛みすら覚えるその動きを抑えるために息を整えながら立ち上がる。
「……避けられたのは久しぶりだなぁ」
空振った腕をひらひらとふって、男がこちらを見た。その表情は先ほどとほとんど変わっていないように見えたが、その口角はほんの少しだけ上がっているような気がした。
俺は出し惜しみすることをやめた。直ぐに全身を獣化させ、完全なライオンへと体を変える。
完全な獣化に関しては意識を失ったりしても大丈夫なように、ルーシアに見張って貰いながら色々と試した。それによって分かったのだが、この完全に獣化した状態だと動体視力や反射神経、嗅覚、聴覚、触覚――様々な感覚が通常の何倍も鋭敏になるようなのだ。魔物相手にも何度か試したのだが、とんでもなく戦いやすかった。
しかし一つだけ難点があり、それはあまり興奮すると段々と思考が単純になって行き、最終的には俺としての意識が無くなり、本物の獣のようにふるまうようになってしまうことだ。
男は獣化で視点の低くなった俺を見下ろしながら口を開いた。
「へえぇ、お前さんみたいな獣人と戦うのは、初めてだ」
言ってから男はまた手で髪を撫でつけて、こちらへ向かって走り出した。その走り方には先ほどとは違って歩幅に妙な手を加えている様子は無い。
数秒で目の前まで来たその男は俺の顔めがけて蹴りを繰り出した。それを横っ飛びで避けた、つもりだったのだが男の足がそのまま横向きにスライドした。丁度顔面を真横から蹴られる形になる。何とか当たる直前に顔を蹴りの方向へ動かしたことである程度衝撃を弱めることには成功したのだが、脳が揺れるような感覚があった。
そしてその次の瞬間、俺は自分でも気づかぬうちに真後ろへと全力で飛びのいていた。グラグラと目が回ったような感覚の中、俺には数瞬前まで俺が立っていた地面に巨大なクレーターができるのが見えていた。クレーターの中心部では男が拳を地面に突き立てたままの体勢で居た。
「……冗談じゃねえ」
そんなつぶやきが俺の口から漏れていた。あの男は純粋な腕力だけで地面にあれほどの大穴を開けてしまったと言うのか。
「テメェ、さっきまではまるで本気じゃなかったんだな」
「そりゃそうさ。いっつも本気じゃ疲れちまう。適度に力を抜くのが長生きのコツだからな」
最初とは違う、感情の籠った声で男が言った。その呼吸は少しも乱れている様子は無くって、まるで疲れていないようだった。
「お前さんだってそうだろ? まだまだ本気じゃねえはずだ」
「そんな期待されると……困る」
そんなことを言われても今の俺は正真正銘本気を出している。これ以上何かしろと言われたって不可能だ。しばらく睨み合っていると、先に男が動いた。俺の側面まで一瞬で近づくと、俺の胴体を割るような形でチョップを繰り出した。
「ふっ……」
サイドステップでそれを避ける。行き場を失ったチョップは地面に大きな穴を穿った。……こいつの手は鋼鉄か何かで出来ているのだろうか? 俺があの真似をしたら手首の骨がへし折れてしまうことだろう。
男は直ぐに地面から手を引き抜いて、素早い突きをこちらへ放った。それを当たる寸前で横に避け、その手首に食らいつこうとしたが男が腕を引いたことで俺の歯は空しくガチンと音を立てた。間髪入れずに逆の手で放たれた正拳突きを姿勢を低くすることで避ける。
「――くっ」
俺の顎めがけて飛んでくる男の足をサマーソルトキックのような形で避けつつ少し距離をとる。俺は走って距離を詰めて男の胴体に爪を叩き付ける。だがその爪は容易く避けられた、走る速さは落とさずにそのまま脇を通り過ぎて振り向く。振り向いた瞬間俺の目の前には男の拳があった。
避けるのは不可能だ――そう判断した俺は全力で後方へと飛びのきながらその手に噛みついた。牙の刺さる感触の後鉄の味が口の中に広がる。自分の物とは違うその味に思わず嘔吐きそうになるが我慢して力を籠める。だがその骨に阻まれて噛み切ることは叶わず、もう片方の腕が攻撃してきそうな動きを見せたので直ぐに離すこととなった。
「……自分の血を見たのぁ本っ当に久しぶりだぜ」
「そりゃよかった」
後ろに飛んだとはいえその威力は完全に消せたわけではなくて、俺の喉には鈍い痛みが残っていた。
男は俺が動くのを待っているのか動かない。そのまま俺も男も動かず、数秒の間見つめ合っていたのだがある時一つの声が保たれていた均衡を破った。
「お頭ぁ! こっちに何かが向かって来てます!」
それは俺たちの戦いを遠巻きに見つめていた連中の内の一人だった。その男は俺と戦っている男の居る場所とは反対側の山道を指さしていて、とても慌てている様子だった。
何かが向かってきていると言うのはどういうことだ? それが人間で尚且つ俺たちのような人間を助けに来たものであるのならばうれしいことこの上ないのだが。
「もっと詳しく報告しろ!」
そう男が叫ぶと声を上げた主は「すみません」と大きな声で言ってから再度報告をする。
「でかい馬車がこっちに一直線に向かって来てます!」
それを聞いた俺の前の男は一瞬考えるようなそぶりを見せたかと思うと、まっすぐに俺を指さした。
「時間切れみてぇだな……」
短くそれだけを言うと男は直ぐに俺から視線を外し、咆哮とさえ呼べるような声を出した。
「馬車は放棄し、全員分かれて森へ退避!」
男の指示に従って人間たちは一斉に森の木々の中へと姿を消した。人間たちが発しているらしい音は直ぐに途切れて聞こえなくなった、獣化の影響で聴力がかなり強化されている俺の耳でさえ聞こえないのだから相当森の中で逃げるのに慣れているのだろう。
「俺の名はギグル、ギグル・デルデロイだ。次にあった時は必ず殺す」
ギグルと名乗ったその男は目にも留まらぬ速さで森の中へと消えていった。
これから人生を決定付ける重要なイベントが有るのでしばらく更新はできません。
本当にすいません




