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不運

 今俺が居る場所は巨大な四角い箱のようなものの中のようだ、簡単に言えばトラックの荷台の中だろうか。周りを見ても木でできた壁だけが目に入って、外の様子はうかがい知れない。


 どうやら俺は誘拐されてしまったらしい。せっかくやっとのことで手に入れたワイバーンの爪も、そのほかの持ち物ごと回収されてしまっている。ついでに言えばレザーアーマーも取られて今は下着だけの状況である。元男な俺としては男に見られたところでかけらも羞恥心と言うものは生まれないのだが、となりで座っている少年――名前はマカードと言うらしい――が一々恥ずかしそうにするのでこっちまで羞恥心が芽生えてきている。


 しかし(見た目だけだが)いたいけな少女がぐっすり眠っている所をそのまま連れて行くなんて随分とあくどい奴らだ。まだ犯人の顔も見ていないけれどきっと悪そうな顔をしているに違いない。……なんて子供みたいなことを考えていても仕方がないので脱出の方法を探ることにしよう。


 いつの間にやらとりつけられていた首輪を腕を獣化させて爪でがりがりと引っ掻いてみたが、あまり削れたりした様子は無い。どうやら首輪はレッドドラゴンの鱗より硬いらしい、もしくはそう言う魔法でもかけられているのかもしれない。


 マカードの首にも恐らく同じものだと思われる首輪が取り付けられていて、その首輪には謎の刻印がなされている、これに何か魔術的な意味合いがあるのかもしれない……俺には分からないが。


「……へえ、獣人ってそう言う風にできるんだ」


 マカードが、獣化した俺の腕を珍しそうに眺めながら言った。俺は自分以外の獣人とあまり交流が無いので知らないのだが、俺のような人工でない、こちら特有の天然産獣人はどんな獣化をするのだろう?


「そう言う風、っていうのはどういう意味?」

「えっと、腕だけ獣に変えたりとか? 僕はあんまり見たことなくてさ」

「ふうん……まあ俺も他の獣人は知らないから何とも言えないけど」


 ……何だか話が続かない。上手く説明できないが、あえて説明するとするなら少しの会話の後、そこから話している話題が一切膨らんでいかない、とでも言ったところか。おかげで無理に話題を作り出そうとしてしまい、妙な空気になる。


 それの原因が何なのかはいまいち分からないが、居心地が悪いのでどうにかしたいところだ。


「いや、そんなこと考えてる場合じゃないんだった」


 このまま脱出できなければ面倒なことになる。マカードに聞いた話ではこのままどこぞの奴隷市場まで連れて行かれて『契約魔法』とかいうのでがちがちに行動を制限された後、売りに出されるらしい。『奴隷』は基本的に違法ではあるらしいのだが、賄賂やらなんやらで半分合法と化しているのだとか。


 奴隷と言うのは割と需要があるらしく、一部の商人から貴族、果ては王族まで買うらしい。それなら法律を変えて合法にしてしまえばいいのに――と、思ったがそう簡単な話でもないらしい。まあ興味もないが。


 脱出しなければ、とは言っても今できることなんて言うのはあまりない、なので一つずつ全部試していっても時間が足りなくなることは多分ないだろう。


「ちょっと向こう向いといてくれ」

「え? ……うん、分かった」


 全身を獣化させたフォルムは俺の人間フォルムと比べて全てにおいて大きい。それは首の太さにおいても同じである。そして今俺に付いている首輪は俺の首にぴったりとくっついている、そんな状態で獣化したらどうなるのか、それが気になったのだ。


 どういうわけだか(恐らくは魔法が掛かっているからだろうが)俺の首に付いていた首輪は獣化して太くなった俺の首に合わせて巨大化した。しかしその巨大化には少しだけタイムラグがあり、一瞬の間首を締め付けられる羽目になった。


「なるほど……」


 このタイムラグを利用すれば首輪から抜けられるかもしれない。


 善は急げと言うし、もたもたしていても良いことは無い。俺はすぐさま獣化を解く。人間に戻った瞬間、俺の首にはゆるゆるになった首輪がはめられていた。その首輪が元に戻るその前を狙ってその首輪から頭を引き抜いた。


「よっし、抜けた! ほれ、見ろマカード!」

「もういいのかい、ミサキ――」


 あ、と俺が言う暇も無く、マカードの首がこちらを向いた。


 獣化した状態から元の状態に戻ると一時的に全裸になってしまうことになる、流石にそんな姿を視られてしまうのはまずいような気がしたからマカードには後ろを向いてもらったのに……


 こちらを向いた直後のマカードは相変わらず微妙な笑みを浮かべていたが、俺の体へと視線を落とした直後から顔を真っ赤に染めて固まってしまった。


「あ、いや、別に()()()()意味で呼んだわけじゃ……」


 何をやってるんだ俺は。こうならないためにマカードを後ろに向けたのに、これでは全く意味が無いではないか。


「いや、なんていうかその――」


 相手が無反応なら俺だってそこまで気にせずに済むのだが、ここまであからさまに反応されてしまうと俺までしどろもどろになってしまう。


「あ、いや大丈夫! 見てないから!」


 今まで固まっていたマカードが手で顔を覆ってそう言った。

 ……流石にそれは無理があるだろう。とは思ったがせっかくの好意を無駄にしてはいけないかと思い、俺はその間に下着を装着する。


「も、もう見てもいいぜ」

「ほんとに? 大丈夫?」

「ああ」


 顔を覆っていた手を恐る恐ると言った感じで外したマカードに首を見せる。


「首輪取れたぜ」

「おお、とれたんだ! どうやったの?」


 マカードの質問に適当に答えておく。マカードは俺が獣人であることは最初から気づいていたようだし、そもそも今さっき俺が獣化するところを見ていたからか説明をすんなりと理解したようだ。


「……ふうん、そんな簡単に取れるモノなのか」

「俺みたいなやつじゃなきゃあ、無理だろうけどな」


 しかし首輪を外したところで、馬車から出られなくては何の身動きもとることができない。なので馬車が止まって扉が開くまでマカードと適当に雑談を交わして暇をつぶすことにした。


「次にあそこのドアが開いたらこの馬車を運転している奴を殺しに行く、ついでに他の仲間も皆殺しにしてくる」


 無謀かもしれないが、他につかまっている子供たちを認識してしまった手前このまま俺だけ逃げるなんてことは俺にはできない。別に正義漢ぶるつもりはない、危なくなったら逃げるつもりであることだし。


「大丈夫? 人数は結構多いみたいだったけど……」


 心配そうなマカードの台詞に思わず決意を揺さぶられる。が、俺の決意が変わることは無かった。


「大丈夫大丈夫、きっと勝てるさ」


 悲観的になっては勝てるものも勝てなくなってしまうだろう、と思って軽い口調でそう告げる。


 しばらくの間ぺちゃくちゃと喋っていると、唐突に馬車がその動きを止めた。慣性の法則に従って前方へと体が揺れる。


「……そろそろか」

「頑張ってね」


 マカードの小さな激励の言葉を聞いて、俺は内の闘志を燃やす。外からは下卑た笑い声が聞こえてきていて、女の味見をしようだの、獣人の娘がどうだのと寒気のするような会話が繰り広げられている。


 そのうちに扉がゆっくりと開かれた。観音開きの扉から顔を出したのはやせぎすの、体調の悪そうな男だった。迂闊にも中をよく見ていなかったその男は俺の鎖が外れていることに気付く様子は無い。


「お前ら、飯の時間だ、ぞ――ぐっ」


 言い終わる直前に俺の爪が男の喉笛をかき切った。現行犯なら罪人は殺しても良い、という話はルーシアから聞いていたのでこいつらを生かして置く気はさらさらない。


 首から血を吹きだしながら後ずさっていく男。首から噴き出るその血の勢いも始めこそ蛇口を全開にしたかのように激しかったものの、段々と勢いを失っていき、仰向けに倒れ伏した。男が死んだことに気付いたのか辺りからざわざわと声が聞こえてくる。俺は意を決して馬車の中から躍り出た。辺りに見えるのは木、木、木――辺り一面木ばかりだ、ここは恐らくはどこかの森の中なのだろう。


 中にいるときは天井に取り付けられた小さなランプしか光源が無かったうえに、外の見える隙間が無かったせいでおおよその時刻すら分からなかった。


 どうやら空を見た感じ今は明け方、ないしは夕方と言ったところだろうか? とは言っても夜の間中馬車を走らせるわけなんて無いだろうから、夕方なのだろう。


「おっと、今は時間なんてどうでも良いんだった」


 俺を囲むようにして集まってきた男たちを一瞥する。男たちは各々散々なことを口うるさく喚きたてている。ざっと見渡したところ剣や槍や斧など近接武器で武装している人間が殆どのようだ。魔道具の類は持っていないようなのでひとまずは安心、と言える。


 しびれを切らした男たちが一斉に切りかかってきた。俺は足を獣化させて勢いよく真上へ飛ぶ、眼下では男たちがお互いの武器で血を流していた。


「っと、随分と俺も人間離れしてきたもんだ」


 これも体重の軽さと獣化による筋力の強化がなせる技だろう。


 一人の頭を踏み台に、男たちの包囲網から逃れ出る。今の一瞬の間に相手の戦える人間は三分の一ほど減らせてしまった。


 男たちが動揺している間にスパスパと大きな血管のあるあたりを切り裂いていく。


「……ルーシアたちに比べて歯ごたえが無さすぎる」


 良くも悪くも俺が今まであった人間たちは皆人間離れしていた、そのため普通の人間を見てしまうと随分と弱く感じてしまう。


「まあ、ルーシアたちを比べるのは酷か」


 奴隷売りの連中も残りわずかとなった時、一人の男が姿を現した。


 現れたその男は布のズボンだけをはいていて、上半身は裸だ。その鍛えられた上半身からはその男が相当な強さを持つであろうことがうかがえる。長めの髪をオールバックにしていて、顎には無精ひげが生えている。


「あらら、随分とまあ派手にやられちゃったもんだぁなあ」


 辺り一面血の海と言っても良いような惨状を目の当たりにしながら、男はいたって軽い口調で顎を擦りながらそう言った。唐突に表れたその男を見た男たちは口ぐちに「お頭」とその男を呼んでいる。この男がこの集団の中で一番偉い人間のようだ。


「まぁったく。根性が足りてねぇぞぉ、お前らよう」


 間延びした口調でそう言うと、男は俺を睨みつけてきた。

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