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油断

随分と遅くなってしまいました。すいません。

 俺の爪がワイバーンの太い足の骨を切断し、その肉を抉り取る。もはやワイバーンの細い脚は薄皮一枚で辛うじてつながっているような状態だ。


 ワイバーンは片足に全体重を乗せている状態だが、随分ときつそうである。


「結構簡単に切れる、確かにこれならレッドドラゴンより弱いっつうのも納得だ」


 ワイバーンは甲高い悲鳴を上げながらも一心不乱に羽を動かし、空を飛んで逃げようとし始める。だが俺は逃すつもりは毛頭ない。この有利な状況で逃がしたらもったいないどころの話ではない。


 手と足の爪をワイバーンに突き刺し、ロッククライミングの要領で上へ上へと昇って行く。ワイバーンは振り落とそうと躍起になっているが、その肉に引っかかっている俺の爪は絶対に離れることは無い。……と思いたい。


 羽はあるが腕が無いワイバーンの体の構造上、体の側面にくっついている外敵を排除する方法は揺らして落とす以外に存在しない。つまり、俺がここから叩き落される確率は限りなく低いと言うことだ。


「……てめえの敗因は肉体構造の設計ミスだぜ!」


 なんてくだらない台詞を吐けるくらい余裕をかましながら、俺は背中にたどり着いた。


 両翼の付け根に爪を突き立て、足も爪を深く突き刺すことで体をしっかりと固定する。ワイバーンは長い首を曲げることでこちらに噛みつこうとしてきているが、ぎりぎりの所で俺に届いておらず、ザリガニの爪のような挙動を見せている。


 時折ブレスも吐いてはいるがことごとくが俺の真横を通り過ぎてそのまま空中で霧散して消える。ドラゴンのブレスは伝説のように本物の火を吐くわけではなく、何らかの方法で熱された高熱のガスを吐いているだけなので目に見えない。だがその口の向いている方向を見れば何処へブレスを吐いているのかは予想が付く。


 どうやらワイバーンの攻撃は全てにおいて俺に届かないようで、そのことを確認した俺は次の行動に移る。


「それじゃ、()()()()()()


 両手両足が動かせない状況で出来る攻撃と言ったら噛みつくくらいしかない、そうなれば口の中に肉が入るのは道理だ。そうなると必然、少量でも肉を食べてしまうことになるだろう。


 ……と一応言い訳なんてしてみたものの、実際は肉を食べるのが目的で噛みつくようなものなのだが。

 

 どうにも、レッドドラゴンを倒したときに少しだけ食べた肉の味が俺は忘れられずにいた。あの時は半分くらい自我が無く、無我夢中で戦っていたので味なんてそこまで気にしてはいなかったのだが、正気に戻ってよくよく思い出してみるとあの竜の味はとんでもなく美味だったのだ。


 覚悟を決め、俺は口を大きく開いて噛みつく。


 俺の牙がワイバーンの鱗を容易に引き裂き、肉を抉り取った。ワイバーンが悲鳴を上げながら体をひねっている。そんな様子を見ながらにちゃにちゃと肉を咀嚼し、飲み込んだ。


「……なんだこれ、まっず」


 ワイバーンには悪いがレッドドラゴンと比べてワイバーンの肉は硬いゴムか何かのようだ。同じドラゴンだと言うのにここまで味が違うものなのか。レッドドラゴンの味は高級な牛肉のような食感だったと言うのに。


 ワイバーンの味に失望した俺は肉を食いちぎってから捨てる方向へとシフトした。アリのように体の一部をちぎっては無造作に捨てていく。そうしているとやがて白い背骨が見えた。確か背骨には神経が通っているはずなので(普通の生物の場合は)、ここを破壊すれば流石のワイバーンも動けなくなるはずだ。


 俺が噛みつこうと口を開いた瞬間、ワイバーンの体が浮かび上がった。


「お!?」


 と思えば俺の視界は上下が反転していた。どうやら背中を地面に叩き付けることで俺を潰そうと言う魂胆らしい。


 急いで肉から爪を外し、離脱――


「――っああああああああああ!」


 完全に油断していたと言う他ない。なんだかんだ言いながら俺は随分と気を抜いていたらしい、戦うことに集中していればこの程度の攻撃簡単に避けられたはずなのに。


 俺の回避行動はギリギリで間に合わず、右足だけがワイバーンと地面との間に挟まれ、その圧倒的な質量を前に俺の右足はなすすべもなくぺしゃんこに押しつぶされてしまった。肉の潰れる感触、そして襲ってくる尋常でない痛みに俺は悲鳴を上げながらワイバーンの下から足を引き抜く。


 あまりの痛みに眼の端からぽろぽろと涙がこぼれていく。どうにもこの体になってから涙もろくなったような気がしてならない。


 引き抜いた足を見てみれば恐るべきことに右足のくるぶしから先が、潰れた果実のように中身をさらけ出していた。


「お、ええ」


 壮絶な光景を前に口から吐しゃ物が溢れる。それは俺のレザーアーマーを汚しながら地面へと滴り落ちていく。その中には先ほど食べたワイバーンの肉の破片も混じっていて、はたから見れば吐血しているようにも見えるかもしれない。


 涙で不鮮明になった視界の中ではワイバーンがゆっくりと起き上がろうとしているのが見えた。このまま襲われては死は免れない。


 辛うじて動く左足と両腕を使ってできるだけワイバーンから距離をとろうと後ずさる。カタツムリ並みの速さでしか動けない俺に、余裕で追い付いたワイバーンは目の前まで近づいて口を大きく開いてこちらを見据えていた。その瞳は強かな怒りを湛えていた。


「……」


 ブレスで殺されてはどうにもできないがそうでないならまだ手はある――俺は両腕を獣化させて意識を集中する。


 ……大丈夫だ、必ず成功する、だからあわてるな、意識を研ぎ澄ませろ、チャンスは一瞬だけだ、動きをよく見ろ、ミスってる場所は無いな? 自分自身にそう問いかける。


 やがてワイバーンの首が動いた。


 俺の頭を狙ったその攻撃を上半身を傾けることで辛うじて避け、倒れながら腕を前へと突き出した。俺の腕は角膜を超え、水晶体を貫いて硝子体へと到達した。そして勢いそのままに目の奥の組織を超えて、ワイバーンの脳みそをかき混ぜる。


 ぐんにゃりとした初めての感触に、また胃の中身が食道を駆けあがっていく。

 悲鳴も上げずにワイバーンは体を倒した。口からは舌ベロがだらしなく垂れていて、潰れていないもう片方の目からは一切の精気が感じられない。


 何とか嘔吐しそうになるのを呑み込んで、息を大きく吸った。


「はあああ、勝ったああ」


 大きくため息をついて俺はワイバーンの死体の横に座り込む。


「……!」


 緊張の糸が完全にほどけると、足の痛みが襲い掛かってきた。またしてもボロボロと涙をこぼしながら懐からポーションを取り出す。これは本当に非常用の高価なものだ。正直使うのは死ぬほど気が引けるが、背に腹は代えられない。


 コルクで出来ている蓋を引き抜き、濃い緑色をした液体を右足へ振りかけた。少しだけ粘性のあるその液体はまとわりつくように俺の右足を包み込む。そしてみるみる内に傷が塞がっていき――とはさすがにならない。前レッドドラゴン退治の時に使ったモノならそのくらいできただろうが、あれより少しランクの落ちるこのポーションでは精々足が元のカタチを取り戻す程度だ。まあそれでもかなりの効果はあったと言えるだろう。


 適当に治療を施した後、辺りを見渡すと既に誰も居なくなっていた。どうやら俺が死闘を繰り広げている間に馬車に乗った連中はどこかへ行ってしまったらしい。次の街に無事到着していればいいのだが。そうでなければこれだけ戦ったのに報酬がワイバーンの素材のみになってしまう。


 ひとまずはこのワイバーンの素材を採ろう。


 確か一番金になるのは爪と牙だったか。爪は俺のコレクションになる予定だが興味の対象でない牙は売ることになるだろう。人差し指のみ獣化させて素材をはぎ取って行く。


 大方剥ぎ取り終え、俺は草の上に大の字に寝転がった。


 歩けないこの足では街へ向かうのは無理だ、だが幸いなことにここはそれなりに人通りのある道である。少し待てば誰かが通りがかるだろう。


「ふわああ」


 なんだか眠くなってしまった。


 このワイバーンの匂いによって大抵の魔物は近づいてこないだろう(とそう本に書いてあった)し、一眠りしてしまう。流石に通った人間全員が俺を無視して行ってしまうと言うこともないだろう。誰かが助けてくれることを祈りながら俺は重くなっていく瞼に逆らうことなく目を閉じた。






 ゴトゴトと鳴る車輪の音がわずらわしい。


 未だに重い瞼を無理矢理こじ開けて辺りを確認する。周りには複数人の子供が座っていて、きょろきょろと辺りを見渡している。


 今のこれはどういう状況なのだろう。


 立ち上がろうと体を動かすとガチャン、と俺の首につなげられた()が音を立てた。のけぞりながら俺は元居た場所に戻された。そして気付いた、今俺の首には首輪が取り付けられていて、動けないようにされていることに。


 ……なんだか嫌な予感がする。


 俺の頬を大粒の汗が流れていくのを感じる。


「あ、やっと目が覚めた?」


 唐突に真横から掛けられた声に驚きながらも、そちらへ目を向けるとそこには一人の少年が座っていた。人懐っこい笑みを浮かべているその少年は俺と同様に首輪が着けられている。


「……なあ」

「なに?」

「これはどういう状況なんだ?」


 どこかでぶつけたのか目の周りを青く腫らしているその少年は、俺の言葉を聞いて目を伏せた。


「これは奴隷売りの馬車の中だよ。……それが分からないってことは寝てる間に誘拐されてきたのかな、君は」


 かわいそうに、と最後に付け加えて少年は俺の顔を見た。


 ……どうやら嫌な予感が的中してしまったようだ。


「俺って……運、悪すぎ……」


 がっくりと肩を落とした俺の目の先にはグルグルと包帯が巻かれた自分の足が映っていた。

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