盗賊退治
遅れてすいません
――死――ボクの脳内を埋め尽くしているのはそんな一文字だった。
「むぐぅ……!」
腕に突き刺された短剣がぐりぐりと傷口を抉るように動かされる、それは消えかけていたボクの意識を再浮上させるのに十分な刺激だった。ぐちぐちと肉の千切れる音が耳に響く。痛みは許容量を超える寸前で、視界には火花が散っている。悲鳴を上げようにも布で抑えられていて大きな声は上げられない。
「ぁぁあぁぁああ……!」
頭上からは下卑た笑い声が聞こえているが、しかしこの痛みからどうすればいち早く抜け出せるのかそのことを考えることに考える力の大部分を割いているボクには、そんなことを気にしている暇はない。
「……!」
自分の悲鳴と肉の引き裂かれる音に支配されていた耳が一瞬、何かを捉えた。そして気が付けばボクの腕に笑いながら短剣を突き刺していた山賊のリーダーは短剣だけを残して視界から消えていた――
朝の日課のゴブリン退治を行うため、早朝に起きてギルドでゴブリン討伐の依頼を受けていた。
「相変わらずやっすい依頼だ……」
安くはあるが時間は掛からないので準備運動代わりに毎日行っている。それでも一回の報酬が月の子供のお小遣い程度の値段程度なところが悲しいところだ。
「あー、はいはいいつものね」
既に俺のことを把握している受付嬢はてきぱきと手際よく処理を済ませてくれる。
「いつもどうも」
やる気のない俺のお礼を聞いて受付嬢は軽く会釈を返してくれる。それに満足した俺は踵を返して出口へ向かう。
「ちょっと待てよ」
出口直前で肩を掴まれ足を止める、見ればそこには見るからにチンピラと言った風貌の巨漢が立っていた。絡まれたのが俺の容姿のせいか、それとも俺が新人であるからかは分からない(恐らくは両方だろう)が、こういうことは今までもよくあった。
「なんか用か?」
できるだけ威圧のようなものを籠めたつもりではあったのだが、俺のこの見た目では効果が薄かったのかチンピラはさして気にした様子もなく(むしろ何か喜んでいるようにさえ感じる)口を開いた。
「俺達ちょっと金に困っててさあ、金貸してくんね?」
典型的なカツアゲだ、これほど露骨なカツアゲには地球でもあったことが無い。といってもそもそも地球でカツアゲなんぞに会ったことは無いのだが。……って今俺『達』といったかこいつは、一人でもめんどくさいと言うのにそんな奴らが何人もいるのか。
「何黙ってんの?」
段々と口調がイライラした物へと変わってきている、さっさと対処しなければ危ないかもしれない。俺の体力は普通の少女並なのだから真正面から戦ったら勝てるわけが無い、獣化すれば話は別だがそうなるとうっかり殺してしまうかもしれない。獣化しても攻撃方法が爪で引っ掻くだけなのでどうしたって血を見てしまうことになる、流血沙汰は色々と面倒なのだ。
「俺ら急いでんだけどさあ……!」
……面倒だなあ、いっそ血が流れた方がこれから暮らす分にも楽かもしれない。
「――ちょっとあんたら道塞いでんじゃないわよ!」
唐突に聞き覚えのある声と共に目の前のチンピラが吹き飛んでいき、壁に叩き付けられた。ずるりと地面に寝転がる体制になったチンピラはピクリともしない。そしてさっきまでチンピラが居た場所にはルーシアが立っていた。
「し、死んでねえか、アレ……?」
チンピラの仲間がそう呟いた、ルーシアも殺すほどの力は籠めないだろう……多分。
「ゲッ、『万能』だ! ……がぁ!」
チンピラの仲間と思われる男たちがルーシアのパンチ一発で壁に叩き付けられていく、魔法を使っているのかそれとも純粋な腕力なのか。
「あ、ありがとうルーシア」
「別にちょっと邪魔だからどかしただけよ」
いつも通りのルーシアだった。基本的にルーシアが近くにいるときはああいう輩の処理はルーシアに任せているのだ、今日は居なかったので危なかったが偶然来てくれてよかった。
「いつものでしょ、早く行って来たら? 時間無くなっちゃうわよ」
ルーシアも俺が毎日ゴブリンを狩っているのを知っているので、そう言ってくれた。
「そうだな、じゃ行ってくるよ」
適当に挨拶を交わして俺はギルドの建物から出る。
そしてそのままの足でゴブリンの生息地へ向かう。なぜだか知らないがゴブリンがあの場所から完全に居なくなることが無い、俺としては良いことなのだが少し気になる。
いつも通りの道、しかし圧倒的に違うものがあった。いやあったと言うよりは聞こえてきたと言うべきか。それは悲鳴のようだったが何処かくぐもっていて聞き取りにくい、前より高性能になっているこの耳でなければ聞き逃してしまっていた事だろう。
「誰か襲われてるのか?」
一応確認のため、見に行くことにした。手におえそうに無かったら逃げよう、そう心に決めて。
聞こえてきた音を頼りに森の中に入っていく。音の場所は案外遠く森の奥まで来てしまった。
「これはちょっとヤバそうだ……」
木の陰に隠れて現場を窺う、こういう細かい警戒が命を救うこともあるのだ。見えた物は何人もの山賊らしき集団だった。
「……っ!」
よく見てみれば一際偉そうな男が、下種な笑いを顔に張り付けて少年の右腕にナイフを突き立てていた。少年は口に布を詰め込まれていて、そのせいで悲鳴も満足にあげられないようだ。
「流石に放っとけない、か」
善人なつもりもないが、ここまで凄惨な光景を見せられてしまうと……
「クソッ! 仕方ねえ。……うおおおおおおお!」
叫び声を上げつつナイフを刺している男に体当たりを仕掛ける、全く警戒してなかったその男は俺の体当たりをまともに受け吹き飛ばされた。
「早く立て! 逃げるぞ!」
少年の手を掴んで無理やりに立ち上がらせる、少年は困惑しているようだったが何とか状況を理解したのかすぐに立ち上がった。唐突な俺の登場にその他山賊の連中は固まって動かない。
俺に腕を引かれて走り始めた少年のもう片方の腕にはナイフが突き刺さっていて痛々しい、すぐに大事に至るわけでもなさそうだが早めに治療しないといけないだろう。
「アイツら結構早え……! しかも全然疲れてねえ、俺はそろそろ限界だっつうのに!」
後ろを見れば山賊が全力疾走でこちらを追いかけてきている、何かしらの魔法か道具を使っているのかその呼吸には少しの乱れも見られない。
「これはちょっと選択を間違えたかもな……」
山賊をまけないかと出来るだけジグザグに森の中を動き回る、しかしあまり効果は無いような気がする。少年の体力が如何ほどかも分からないし、何か策を練らなければ――
山賊のリーダーを退かしたのは一人の少女だった。年はボクと同じくらいか少し下ほどだろうか。レザーアーマーを着ていて腰には小さな短剣を下げている。
「早く立て! 逃げるぞ!」
少女はそう言いながら僕の短剣の刺さっていない方の手を掴み、僕を立ち上がらせた。少女に腕を引かれて一緒に森の中へ走る、一歩踏み出すたびに腕が痛み足が止まりそうになるが、止まった瞬間山賊に殺されるのは目に見えてるので足を前に出す。
「アイツら結構早え……! しかも全然疲れてねえ、俺はそろそろ限界だっつうのに!」
少女らしからぬ一人称と口調に少しばかり驚く。少女の言葉通り全く疲れていない山賊たちは恐らく何かしら『祝福』のかけられた装備を着ているのだろう。『祝福』のかけられた装備はかなり高額なことから力のある山賊であることが分かる。
「これはちょっと選択を間違えたかもな……」
恐らくボクを助けたことを言っているのだろう、しかしそれでもボクの手を掴んだまま離さない。きっとこの少女は根から優しい人間なのだろう。ボクは口を押さえている布を外して口を開く。
「助けてくれてありがとう!」
「今そんなこと話してる場合じゃねーよ、それにお礼は助かってから言うべきだ」
少女はそう言っているが、山賊から距離が離れていてボクの口には言葉を遮る布は無い、この状況はほとんど助かったも同然だ。
「もう大丈夫」
「は? 全然大丈夫じゃねーだろ!」
僕は言葉を紡ぐ、逆転の呪文を。
「召喚『グラムヘルド』!」
ぽたぽたと腕から垂れている血を対価に異次元の魔物を呼び出す。地面にできていた血の跡は光って消え、そして次の瞬間僕の前に巨大な一本角を生やしたオオカミのような魔物――グラムヘルドが現れた。
『オオオオオオ!』
一度大きな雄たけびを上げると、グラムヘルドは虐殺を開始する。
「な、何だこいつ!」「た、助け……ぁあ!」「全員武器を構えろぉおおお!」「無理だ、勝てるわけねえ!」
森に山賊たちの悲鳴が響く。数分でその声は全て無くなった。
「な、なんだありゃあ」
未だ僕の腕を掴んだままの少女が素っ頓狂な声を上げた。見れば口を開けて目を丸くしていた。その年相応の表情に思わず笑顔になってしまう。
「今のは――」
今使ったのは『召喚術』だと少年が言った。
「へえ……そんなんがあるならさっき使えばよかったじゃねーか」
「不意打ちを受けたんだ、詠唱できないようにさせられるとボク達召喚士は何もできなくなっちゃうから。猿轡とかね」
確かに詠唱を必要とする戦闘スタイルの人間は不意打ちに相当弱いだろう、これだけの強さの魔物を操ることができるのにやられているのにはそんな理由があったのか。
「ふうん……って、おい!」
唐突に、少年が倒れこんできた。何とか抱き留めることはできたがその顔色は悪く、今にも死んでしまいそうだ。
「ちょっと血を流し過ぎたみたい……」
「い、今治療してやる」
バッグから応急処置のための道具を取り出す、まずはこのナイフを抜かなければ。
「ナイフを抜く、我慢してくれ」
「うん……」
ナイフの柄を掴み、力を強くこめて引き抜く。ナイフが抜けると同時に腕から血が溢れでる。少年は苦しそうに顔を歪めた。抜いてから止血を施して包帯を巻きつける。
「ポーションがあれば良かったんだが……あいにく持ち合わせが無くてな、スマン」
「別に良いよ、大丈夫」
脂汗を額に浮かばせながら少年はそう言った、まだ傷口が痛むのだろう。
「国に戻りたいが……歩けるか?」
「一応……」
俺は少年を抱えて歩き出した。
「そうだ、まだ名前も聞いてないや。ボクはサンドラ、君は?」
サンドラ、そう名乗った少年に俺も名乗り返す。
「ミサキ……ミサキか、良い名前だね」
「そう言ってくれると嬉しいぜ」




