治療院にて
ふと気が付くと遺跡の石畳ではない柔らかな布の感触に包まれていた。寝起きのまどろみと暖かい布の感触が合わさった心地よさは相当なもので、そのまま二度寝したくなるがそれに抗い俺は目を開けた。
目を開けて最初に見えたものは長い赤髪とその頂点に生えるピンと立った犬耳だった。
「起きたのね」
犬耳の女性は俺が目を開けたことを確認するとおもむろに椅子から立ち上がった、別に見るつもりは無かったのだが立ち上がるときに一瞬胸が揺れた。
「ルーシアがあなたを抱えて駈け込んで来た時は驚いたわ……あんなに焦ってるルーシアは初めて見たわよ」
遺跡で倒れた後何があったのかは知らないが、ルーシアがそんな風になっているところは全く想像できない。俺の勝手な想像だがルーシアは常にクールで何事にも動じないイメージがある。
「私はセシリア、ミサキちゃんと会うのはこれで二回目になるわね」
「セシリア……さん、えーっと、俺は初対面だと思うんですけどどっかで会いましたっけ」
目の前の女性セシリアは会うのは二回目だと言っているがしかし、こちらに来てからの記憶を全力で呼び覚ましてみても会った記憶は無い。
「ああ、そう言えばあの時ミサキちゃんは寝てたわね。じゃあ一応初めましてってことになるのかしら」
……恐らく最初にルーシアが俺をこのソヴィ公国に連れてきた時のことだろう、記憶が確かなら俺が寝てる状態で人と会うようなことはあの時以外起こっていないはずだ。
「じゃあ、初めまして」
一応の礼儀として挨拶をしておく、若干遅すぎた感が否めないがそれでもしないよりは幾分マシだろう。
「何処か体に違和感はない? 一応出来るだけのことはしたのだけど、解毒薬を用意するのに時間が掛かっちゃったのよ」
言われて体を動かしてみる、特に違和感は感じられなかった。
「特に……無いな、です」
「別に敬語は良いのよ、話によるとミサキちゃんの方が年上みたいだし」
ということはセシリアは25歳以下ということか、まあ人の年齢なんて俺は気にしたことないが。
「……じゃあここは何処だ?」
「ここは治療院、それで私はこの治療院の院長よ。って言ってもここには私しか働いてる人間は居ないんだけど」
その後治療院についての詳しい説明を受けた、簡単に言えば病院だった。強いて地球の病院と違うところを上げるとするなら魔法を使った治療も行っている所だろうか。
「一応その辺の治療院よりは腕が良い自身はあるのよ? でも何故だか知名度が低いのよね……」
あまり人は来ないらしく、そのおかげもあってかずっと俺につきっきりで居れたらしい。
「……あ、そろそろルーシアが来る時間ね」
ふとセシリアが時計を指さしながらそう言った、時計を見れば今の時刻は午前11時だ。これはこちらに来てからすぐに分かったことなのだが、一日はこちらでも24時間らしくそれに合わせて時計も地球と同じ見た目をしている。
「あの子ミサキがここに来てから毎日この時間に来るのよ、それでミサキちゃんの顔を見て自分のせいだ―って後悔してるわ」
ルーシアはそこまで気にしているのか、冒険者なんて仕事柄こう言う出来事は少なからずありそうなものだが。
「って毎日……? 俺はどのくらい寝てたんだ?」
「そうねえ、大体5日くらいかしらね」
5日もの間俺は寝ていたのか、どうやら相当竜蛇の毒は強いようだ。さっきミラベルが言っていた血清を用意するのに時間が掛かったというのもそれに関係しているのだろうか。
「随分長く寝てたんだな、俺」
「むしろ起きるのが早い方だったとも言えるわ、竜蛇の毒に効く解毒薬なんて滅多に手に入るものじゃないから」
滅多に手に入らないということは相当値段も高いのだろう……あまり高かったらルーシア辺りに借りることにしよう、今の俺の貯金を超えるようなことが無ければいいのだが。
思案していると扉の外からトントンと靴が床を叩く音が聞こえてきた、人数は一人ではなく三人くらい居るだろうか。近づいてきた足音は部屋の前で止まりスライド式の扉がゆっくりと開いていく。
「よう、ルーシア」
最初に部屋に入ってきたのはルーシアだ、それに続いてスペンサーとミラベルが顔を見せた。
「あ……」
俺の顔を見たルーシアは呆けたような顔をして突っ立っている。
「どうした?」
「目、覚めたのね」
そう言ったルーシアの目にじわじわと涙が溜まっていく、今にも決壊してしまいそうだ。
「良かった……!」
殆ど聞き取れないほどの大きさでそう呟き、ルーシアは俺のベッドの真横まで歩いてくると俺の胸に顔をうずめるようにして抱き付いてきた。
「……! …………!」
そのまま声にならない嗚咽を漏らしながら、しばらくの間ルーシアはそうしていた。
「本っ当に心配したわ」
真っ赤に目を腫らしたルーシアが腕を組みながらそう言った、その顔には怒りではなく安堵に近い感情が浮かび上がっている。
「ルーシアは流石に大袈裟過ぎるけど、僕も心配したよ」
「私も……」
スペンサーは少し困ったような笑顔をしていて、その後ろにいるミラベルもなんだか微妙な笑顔を浮かべている。
「別に大袈裟じゃないわ、これが普通よ。むしろあんた達が異常なのよ!」
頬を膨らませながらルーシアはそっぽ向いている。スペンサーは苦笑いを浮かべつつ俺の(ルーシアとは反対側の)隣に歩み寄ってきた。
「とりあえずミサキがどこまで覚えてるか分からないけど、あの後の話をしとこうか」
ここからはルーシアが自分から語ろうとしなかったので、スペンサーに聞いた話になる。まずあの時いた蛇は俺の予想通りというかやはり竜蛇だったらしく、吐いた液体からルーシアを守ったのは正解だったと言えるだろう。
竜蛇はほぼゼロにまで魔力を抑えることができ、音も殆ど立てない移動方法を使うので普通の人間には目視する以外にその存在を感じることはほとんど不可能で、特に殆どの索敵を魔力探知任せにしているルーシアにとっては天敵ともいえる存在だ。
そのことを知らなかったルーシアはまんまと竜蛇の策に嵌ってしまったわけで。一応スペンサーは竜蛇のそう言う性質、習性を知ってはいたのだがすっかり忘れていたというか本当に竜蛇がいるとは思ってなかったらしい。
まあ俺がルーシアを守ったことで最も強い人間を無力化するという竜蛇の目論見(そう考えての行動かは分からないが)は失敗に終わったのだが。
俺が倒れた瞬間キレたルーシアは特大の火魔法によって一瞬で竜蛇を焼き尽くし、そして倒れている俺を抱きかかえて全力疾走で国まで戻ってきたのだとか。ルーシアは風魔法を使いながら走り、行き2時間掛かった道のりを15分で駆け抜けたそうだ。
ソヴィ公国に着いたルーシアはそのままの速さを維持したままこの治療院まで来て、俺をここに入れらしい。しかし俺を治療院に入れるまでは良かったのだが、肝心の解毒薬を手に入れることが中々できず、三日間全力疾走で国中を回った結果なんとか一つ見つけることができたそうだ。もっとも竜蛇の毒自体は死ぬ毒では無いようなので(竜蛇が生きたまま丸のみにするのを好むらしい)時間はいくら掛けてもよかったそうだが。
「そんなことがあったのか……」
スペンサーの話を聞いて俺は激しく動揺した、それはルーシアがそこまでしてくれるとは思ってなかったからだ。別にルーシアが薄情な人間だと思っていたわけではなく、時間が掛かっても大丈夫なことをそこまでほとんど最短距離と言えるような手段を用いて俺を助けてくれたことに驚いたのだ。
「ありがとう、ルーシア」
「別に気にしないでいいわ……私もミサキに助けられたわけだし」
そう言ってもらえると精神的にかなり安心する、それに助けた甲斐があったと言うものだ。ふと気が付けばセシリアがこちらを見ながら何か言いたげな顔をしていた。
「セシリア、どうしたんだ?」
「治療費の話をしておかないとと思ったのだけれど、中々言い出す暇がなくって」
治療費、そう言えばまだ聞いていなかった。解毒薬はルーシアが手に入れてくれたのだしそれはルーシアに払えばいいのだろうが、こちらの治療費はいくらくらいなのだろうか。
「いくらなんだ?」
「占めて3000万ゴルでいいわよ、これでもかなり割引してるのよ?」
「3000万、って結構するな……」
俺は五日間寝ていただけのはず……一体どこにそれだけの金が掛かったのだろうか。
「あのね、寝たきりの人間の生命維持には特別な魔道具が必要になるの。本来なら五日使うだけで何億ゴルも請求できるほど貴重な物なんだけど、今回は特別に使うための費用だけでいいわよ」
この世界は地球ほど化学が進んでないこともあり、元の世界では簡単にできたことが魔法に頼った超高度な道具を使わねばならなかったりすることもある。恐らく今回生命維持に使われたそう言う類の物だったのだろう。このことを鑑みればセシリアの提示した3000万という値段はむしろ相当良心的であると言えるかもしれない。
「仕方ねえか……」
とりあえず家には払えるくらいはあるので大丈夫だろう。それと俺はもう一つ聞かなければならないことがあることを思い出し、ルーシアへ向き直った。
「なあルーシア、解毒薬は幾らだったんだ?」
この解毒薬の値段によって俺の今後の活動方針が決まると言っても過言ではない、値段が3000万を超えるようなことがあれば俺の貯金はほとんど0になってしまうので、早急に新しい依頼を受け無ければいけなくなるだろう。
「……ゴルよ」
なぜか小さな声で言うので肝心の値段部分を聞き取ることができなかった。
「も、もう一回言ってくれ」
俺がそう言うとルーシアは少しの逡巡の後口を開いた、なんだか妙に申し訳なさそうな顔をしている。
「――12億ゴル、よ」
どうやらしばらくの間俺は頑張らなければならないようだ。
恐らく次の更新は遅れます、すいません。




