008
この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます
これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます
ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります
「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません
なお、著作権は放棄しておりません
無断転載・無断引用等はやめてください
以上の点をご理解の上、お読みください
目覚めたとき、確かに自分の中に違うものが混じっていることを感じ取った。それは無視できない程度には存在感があり、重視する程の存在感は無い。おそらく、これが連夜の友人、焔火キセトの記憶体なのだろう。
ただの記憶であり、この記憶体自体に力はないはずだ。それなのに、力も記憶も意思も持ち合わせる連夜を圧迫して存在し続けている。それほどまでの存在力をどこから発揮しているのだろうか。
「……変だ」
キセトが変なのか。この記憶体が変なのか。それとも、すべてが変なのか。連夜には分からない。ただ連夜の勘が警報を鳴らしている。
「峰本連夜と名乗っているそうだな」
声をかけられて辺りを見渡した。セインと瑠砺花が連夜の傍にいる。瑠砺花に居たっては添い寝でもしていたのか、同じベッドの中に居た。
「……別に、あんたら術士の前で峰本と名乗るつもりはないさ。冬夜でいい」
「なぜ自分が冬夜か考えたことがあるか?」
「さぁ、馬鹿師匠の思い付きだろ?」
「違う。冬は我々術士にとって北の森。夜とは皆が皆を思う時間のことだ」
極寒の土地である北の森が冬というのは連夜でも理解できた。しかし、術士の文化に詳しくない連夜に、夜という時間の使い道はよくわからない。連夜にとって夜はただ眠るだけの時だ。
「夜に活動するもの、夜には休むもの。さまざまな術士が居る。しかし、皆に共通しているのは心を共有する時間であるということ」
「心を共有?」
「術士はコアで繋がっている。魔力で繋がっている。一人の感情が全体の感情になり、その感情に囚われる集団になるのだ。夜は名も顔も知らぬ仲間を思い、自分を含めた同族全てを大切に思う時間なのだ」
「同族を、大切に思う」
連夜にとって同族というのはやはり人間なのだろう。連夜が人間を思う?そんなふうに感じていた奴がいる?
それを聞かされたのがラガジの住人ならば笑い飛ばしただろう。ただ、今連夜と共に居るのは瑠砺花だった。瑠砺花は笑い飛ばすことはおろか、否定すらしない。
「レー君にぴったりだね」
ゆっくりとした動作で上半身を起こした瑠砺花は、余裕のある表情で、自分の言っている事が正しいと確信しているようだった。
「オレに? 本気で言ってんのかよ」
「うん。だってレー君はすごく仲間思いなのだもん」――私、知ってるよ、と瑠砺花。
一番近い同族にそう言われて、連夜も悪い気はしない。
「はぁ……、ホント、そこまで考えるような師匠じゃないんだけどなぁ」
「どんな人なのだよ?」
「人……てか、術士だから。人型を取るときの名前は峰本深夜。オレが生まれる前から葵のある湖で暮らす変わった人魚だよ。術士としての名はシン・フラゼット。なんか術士の中でも年寄で長生きしてるらしい」
「なんでレー君の師匠になったの?」
「小さい頃なー、訓練すれば師匠を叩きのめし、模擬試合をすれば相手を半殺しにし、注意されれば施設を壊したオレの師匠に名乗り出る人がいなくなってなー。親父が紹介してくれたんだ。一生かかっても勝てないのが師匠だ、って。いまだにあの馬鹿師匠には勝ったことねぇよ」
「いろいろ突っ込みたいのだよ!?」
瑠砺花も薄々感じ取っては居たが、連夜は子供の頃のほうが荒れていたようだ。今の連夜は我侭なものの、一度参加すれば問題は起こさない。バトルフェスティバルでもそうだったが、その催しの規則に従う。問題児に変わりはないものの、起こす問題そのものはかわいらしくなっているようである。
「んー、まぁ、オレも悩んでたってわけよ。親父が紹介した馬鹿師匠はなかなかよかったぜ。馬鹿みたいに強いし」
「シン様は、南や北、西の森にいる三人の王より地位ある術士のうちの一匹なのだ」
連夜の「馬鹿師匠」の説明だけでは足りないと思ったのか、セインが付け加える。連夜では術士ではないため、そのあたりはよくわかっていない。
「えっ、王様が一番偉いんじゃないのだよ?」
「基本はそうなのだが、東の森の主であるララ様、そして北の森の聖域の外にある湖の主であるシン様、そしてララ様の夫であられたルーフ様。その三匹は王より権威があり、王より地位があり、王より特別であるとされている」
「えっと、東の森って、確か明日羅大陸にある森のことなのだよ? あそこに魔物……術士は住んでないって聞いてたのだけれど」
「ララ様以外の術士は居ない。ララ様も滅多に人前には出られないからそうなっているのだろう。ルーフ様が亡くなってからララ様は我々術士の前にも姿を見せられることは滅多にない。ただ、ララ様のコアを感じるから生きてはいらっしゃるだろうが」
「え、旦那さん死んじゃってるのだよ……?」
「知らないのか?現在の人間に至る歴史に関わる話だぞ?」
「それって今知ってるの、賢者の一族だけだぜ。あと専門の研究者とか」
そんなことをなぜ連夜がさも知っているかのように言うのだろうか。瑠砺花の視線に気づいたのか、連夜は苦笑いを見せた。連夜が瑠砺花に耳打ちしたことによると、キセトの部屋に勝手に入ってキセトが所有していた本を読んだらしい。たしかにキセトなら自分の一族についての専門書を集めていてもおかしくはない。
連夜が本を読んだだけ、瑠砺花は一切知らない。それを知ってセインは落胆の色を隠さなかった。
「人間は……その、無知になるのが得意だな……」
「すごい貶されてるのはわかるのだよ」
「説明してやろう、無知の人間たち。トウヤに関しては親から語り継がれていないというのも驚きだ」
「オレ、生まれてから今までずっと反抗期だからな」
「簡単に教えてやるから姿勢を整えろ」
セインがありもしない椅子に腰掛ける。瑠砺花が驚きで連夜の服を引っ張ったが、見るのが二度目になる連夜はそれを無視した。
風を感じ、二人がセインのほうを見ると睨まれている。早くしろとその目が命令していた。そそくさと二人は姿勢を正し、連夜がどうぞ、と声をかける。セインは視線を二人からはずすと淡々とした口調で語りだした。
「古代と呼ばれる時代、この世界は動物と植物しか生物が存在しなかった。皆が生命力を持ち、魔力のない世界で生きていたのだ。そして動物の一種として人間が存在し、人間が世界を支配していた。ちなみに、古代の人間は猿が進化したものだったらしい」
「古代文化きらーい。キー君は好きみたいだったのだけれど」
「人間は魔力なき世界で科学という技術を進化させた。だが、自然界にあるものから自然界に無いものを作り出すその技術では自然とともに生きていくことは困難になっていった。そう時間がたたないうちに、あぁ、人間の時間でいればかなりの時間をかけて、人間と自然が対立した。結果、知っての通り人間は敗北し、滅びた」
「旧人類ってやつなのだよ。古代の文明は今でも応用されるのだし」
「再び人間が生まれるまでの間に、世界は戦いで傷ついたものを癒した。まず人間が捻じ曲げた神を元に戻した。神は元の力を取り戻し、この世界そのものを守り受け継いでいく存在を作った。それが結晶と呼ばれるものである」
「けっしょー……」
「瑠砺花ちゃん、無理に相槌打たなくてもいいんだぜ」
「む、無理じゃないもん!」
「結晶とはいかなる生物であってもなれる存在である。我々術士も、人間でもそうだ。ただ、それは結晶に世界を守るにふさわしいと選ばれる必要があるが。選ばれた生物は背中に石の背中が生える。世界のすべてを映す鏡のようなもの」
「――結晶は自らの翼を砕き、そこに不思議な力を込めた。神より預かりし神の力の一部だ。すると翼の欠片は我々のコアとなり、結晶の使命を手伝う立場となった。故に、我々は世界を守る役目を持っている種族である」
「――だが、神の知らぬところで再び人間は生まれた。コアを持たぬ術士が最初だったといわれている。神の力無くして生きる、神の力の及ばぬ生物。それがこの時代における人間である」
「――神は神の森に姿を隠した。そして結晶に決して人間を神の森に入れぬように言いつけるとお休みになられた」
「――コアを持たぬ術士、つまり人間のうち一人が術士の王と契りを交わしたことが全ての始まりだったのかもしれない。ララ様とルーフ様のことだ。ルーフ様はもともとコアを持たぬ術士であった」
「――ララ様とルーフ様の間に四人の御子がお生まれになった。名をアオイ、シラヌイ、アスラ、ラスナという」
「そ、それって」
「そうだ。今の人間の四つの国の創立者となる四人のことだ」
瑠砺花が連夜を見た。術士、瑠砺花にすればまだ魔物と違いが分からないもの。そんなものの血を連夜は受け継いでいる。連夜だけではない。今、この世界で賢者の一族と呼ばれる者全員だ。姉弟皇帝と呼ばれるようになった羅沙皇帝の二人も、キセトの息子である龍道も。
瑠砺花は少し寒気を感じた。
「その四人の兄弟は、ある日、ある大陸で迷子になる。空腹に耐えかね、誰も入ってはいけないといわれた森に食料を探しに入った。その森は、神の森であった」
「――森の中央にあった湖にきれいな石があった。四人の兄弟はその石に見とれ、それぞれ石を砕いて欠片を持って帰った」
「――その石は神そのものであった、とされている。なぜ神が石の姿であったのかはわからないが。神の森に入り、神を砕き、神を手に入れた四人の兄弟は、その身に神の力を宿すようになった。神の力が及ばない者でありながら神の力を操る存在となったのだ」
「――のちにコアを持たぬ術士が増え、各々に人間と名乗りだしたころ。神の力を持つ四人は賢者として祭り上げられた。結晶は神の僕。神の力の前にしては手の打ちようがない。だが、結晶は神より預かりし使命をあきらめなかった。人間のある一族に自らの体を与えることで配下とし、人間の一部を支配した。それが現在の石家である」
「ショー君の家?」
「そうそう。だからあいつらは賢者の一族の敵みたいな立ち位置になりやすいんだよ。ってどっかの本に書かれてた気がする」
「しかし、神の力を持った人間は強大であった。結晶は我々に魔術を与えられたが、人間はそれすらも魔法という複製を作り上げた」
「複製のほうが劣ってるのは仕方ないわな」
人間の使う魔法が術士の使う魔術より劣るのは明らかなのだ。
ただ魔法の原理も魔術の原理も理解するセインはあえてそのことに触れなかった。どちらも魔力というものを使いながら、全く別の原理の下に発生する現象である。あくまで伝承を口にしているセインは、自らはその伝承を否定的に見ていることを押し黙っておく選択したのだ。
「人間同士が争うようになり、結晶は考えた。石家だけではなく、人間という種族全体を支配する方法。それは、人間の支配者を結晶化させてしまうことだった」
「――しかし主たる神の力を持つ四人の兄弟たちを結晶化させることは不可能だった。神の力が結晶化を拒むからだ。故に、結晶は四人の兄弟たちの父親にして始まりの人間を対象に選んだ。ルーフ様が、次の結晶に選ばれたのだ」
「――ルーフ様は結晶化を拒まなかった。しかし、ルーフ様は神を嫌っておいでだったのだ。両腕を切り落とし、御子たちにそれを送ってこう言った」
「――『人間としての体を大切に守ってほしい。人間であることを失うことは悲しみである』と」
「――それから、四人の兄弟たちは結晶を悪とみなした。しかし自らが独裁者になることを危惧されていたため、石家には一定の権利を持たせた。そして父でもあるルーフ様を守らせたのだ」
「――ルーフ様が結晶となられたということは、それまでの全てを捨てられたということだ。ララ様の夫であったルーフ様ではない。四人の兄弟の父であったルーフ様ではない。コアのない術士として我々術士の仲間であったルーフ様でもない。人間の始祖として語られたルーフ様でもない」
「――今までそうであった存在が居なくなるということ。それが結晶化。それを我々は亡くなると表現したにすぎない」
「えっと、つまり……」
「オレの遠い遠い先祖が世界を守る特別な存在になった、と。でもその存在になることは悪だって子孫に残した。だから子孫たちはその存在そのものを悪とした。ってあたりか」
「この話も、あの石家の嫡子なら知っているはずだ。本当にあの者が嫡子ならな」
「どういうことだ?」
「不知火家の嫡子の名前、ショウヤと紹介したな? だが、我が石家の長から紹介を受けた嫡子はそんな名前ではなかった。あの者は結晶のペンダントをしていたから、石家は石家だろう。だが、嫡子かどうかは定かではない。あまり信用すべきではない」
我からはそれだけだ、とセインは風になって姿を消した。
「レー君。ショー君を疑うの?」
「……そーだな、まぁ、調べてからにするか」
とりあえず帰ろうぜ、と連夜が差し出す手を、レー君がそういうなら、と自然な流れで瑠砺花は取る。誰一人、サルから進化した古代の人間と、術士より劣化した現代の人間の差に気づくことなく。
BNSH世界に出てくる古代文明が現在の私たちが生きているこの地球の文明のことなのですが、「古代語」については曖昧にしてあります。
現在、この地球で人語(=言語)は数千の種類があるといわれています。
(参照:wikipedia 「言語」のページ、世界の言語の項目)
BNSHでいう古代語は英語であったり日本語であったりフランス語であったり、現在の言語のどの言葉でもありうる設定です。BNSH世界でも英語の文献が多く残っているので英語が主として扱われます。そして一つの学習科目として成立していますが需要がないので学習者はとても少ないです。ちなみにBNSH1も含め、古代語を読むことができる登場人物はいません。キセトも読めません。ただ(BNSH世界の)現代語に訳してある文献を読んでいたというだけです。古代文化、古代文明についての知識を持っていることと古代語を読めるかどうかは別の話として扱っています。
古代文明についても学習科目として成り立っています。ですがこれも古代語と同じく、現代のどの国の文明のことか、どの地域の文明のことか、など限定していません。ですから学習科目として曖昧過ぎるものです。需要がなく、さらに学習者も少なく、専門職に就いているものも少ないため、詳細にする必要がないのです。そのまま発展せず、ただただ過去の便利なものを消さないためだけの、細々とした研究が続けられる分野でしょう。
電車や携帯電話などなど、BNSH世界でも再利用されている技術もあります。しかし科学の発展していないBNSH世界では科学において解き明かされた原理を理解しないまま、魔力を動力にしています。なので機体事態が激しく損傷したり、エンジンなど中核部分が破損した場合は破棄するしかないのです。何がどのような役目かわかっていないから。
ライグス(造語です)という、いわゆるパソコンがこの世界にあります。ですが画面は宙に浮き出る光でしかありませんし、それを操作する側に必要なのは電力ではなく魔力です。ただ「画面がある」「人間の代わりになにか動作をしてくれる」「インターネットでつながることができる」などのアイデアをそのまま利用した別の道具と考えるほうが早いかと思います。できることは大体同じです。
現代の一言にはできないさまざまな文化について「古代文化」、文明について「古代文明」、言語について「古代語」と一括りにしているせいか、古代というものの中身がぶれているように感じられると思います。
ぶれているのではなく、総称として「古代」を使用しているとご理解ください。