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 この小説には、連載を通して性的表現(同性愛含む)・グロ表現・鬱展開・キャラクターの死等を含みます

 これらの表現・展開を含んだ記事には、頭に注意書きを載せます

 ですが、その記事を飛ばされた場合、その内容についての上記の表現を避けたまとめなどは用意いたしませんので、ストーリーが分からなくなる場合があります

 「続きが読みたい!」とのせっかくの声を頂きましても、どうしようもございません


 なお、著作権は放棄しておりません

 無断転載・無断引用等はやめてください


 以上の点をご理解の上、お読みください


 仮眠のあと、三人はすぐに帝都ラガジへ戻った。夏盛は冷夏の容態を確かめたいと、いったん解散を持ち掛けキセトと連夜もそれを承諾した。キセトの目立ちたくないという無言の主張も認められたのか、出入り口はナイトギルドに設置し、連夜の気まぐれで出入り口は固定されたので、『異世界の扉』の店員が物珍し気にナイトギルドの食堂を覗いている。

 だがそこに立つ女傑の姿を見て顔を引っ込める。


 「キー君」


 「……久しぶり、瑠砺花」


 「うん、久しぶり」


 出入口の目の前で仁王立ち……ではないにしろ、オーラを纏って立っていたのは松本瑠砺花だった。途中から同行はしていなかったものの、キセト復活に真っ先に賛同し、連夜を動かしたのは彼女だ。

 連夜が瑠砺花を気遣って声をかけようとしたが、瑠砺花が視線で制した。病に倒れていた体はふらつくが、瑠砺花がしなければいけないことがある。


 「キー君に聞きたいことがあるの」


 「ああ。何が聞きたい?」


 「キー君がリーちゃんを殺したの?」


 「……そうだ」


 「どうして?」


 キセトは黙った。その答えを渋ったのか、言葉にできないのか。どちらにしろ、答えなかった。

 だが、答えなかったことに罪悪感はあるのか、その場から動こうとは――逃げようとはしない。簡単に謝罪の言葉を口にするでもなく、口を閉ざして視線を逸らすだけ。

 連夜がキセトの後ろから瑠砺花を見る。キセトを責めるな、という視線だろうと瑠砺花は連夜を見なかった。視線だけとはいえ、連夜に窘められたら瑠砺花はなあなあにしてしまいそうだった。


 「答えてもらう前に受け入れたりはできないのだよ」


 「俺は、苦しみ続けて衰弱死するか、他者から与えられる無慈悲な死か、選べと言われれば後者の方がいいと考えている」


 「はあ?」


 キセトの目線は逸らされたまま。埃もない床に向けられた瞳から意味は読み取れない。


 「瑠莉花は苦しみのあとで死ぬか、あの場で俺に返り討ちにあって死ぬか。どちらかだった。俺は、後者がいいと思ったから、後者を選んだ」


 「キー君がいいと思ったから、キー君がそうしたってこと?」


 「そう、だな。俺の判断であって、瑠莉花に直接聞いたわけではない。間違っているかもしれない」


 今度は瑠砺花が視線を逸らす番だった。

 瑠砺花の目の前に立つ男は、一握りの遺灰から蘇るような規格外の男だ。その体が燃え尽きる前も、人づきあいが苦手なりに仕事は全て完璧にこなす男だった。

 そして、その完璧さに似合わない不安定さを抱いた存在だと瑠砺花は知っている。他者の言葉を疑うことを知らず、他者の決定に従うことを優先するような、そんな男。自分で決めるということをとことん回避する男。命令されたから、それが常識だと教えられたから、お願いされたから。そんな行動原理を持つ男。

 そんな男が、瑠砺花の妹、松本瑠莉花を殺したことだけは自分で判断したという。しかも、そちらの方が瑠莉花にとっていいと判断したらしい。


 「キー君はリーちゃんの何を知ってるのだよ」


 「……最低限のステータスなら」


 「そういうことじゃないってわかって言ってる。なんでリーちゃんは苦しんで死ぬか、キー君に返り討ちに合うかの状態になったのだよ? そもそもなんでキー君を襲っているの? 私にはわからないの」


 妹と一緒に決めたキャラ設定の語尾がつけられない。知りたいという欲が抑えられない。


 「ねえ! どうして、リーちゃんだったの!?」


 「なぜ俺だったかは、わからない。瑠莉花は石家の力を持って現れた。石家以外がその力を使うとその負荷に耐えられない。じわじわと肉体が壊れていくのを待つか、俺に殺されるかだった」


 「なんでキー君を襲ったか、じゃないんだ。なんでキー君だったか、なんだ。じゃ、キー君以外に誰が候補があったのだよ?」


 「オレだ」


 キセトの後ろから、連夜が短く声を挟む。瑠砺花の胸に走った痛み。瑠砺花の頭に浮かんだ天秤は左右にキセトと連夜を置いている。それがどちらかに傾いているかなんて、自覚したくないだけでハッキリしていることだ。

 瑠砺花は、連夜がいつもの飄々とした態度でそういったのだと思った。大事じゃないのだと言いそうな顔で、知らなかったのかとでも言いそうな表情で。だが、瑠砺花を見返していた連夜の目は苦痛に歪んでいた。すぐに謝りそうな顔だった。


 「石家の、お家事情? まーあれだ、オレかキセト、どちらからを殺そうっていう算段だったんだと。ほら、あの時、オレも怪我負ってただろ」


 「レー君か、キー君?」


 「そうだ。当時の石家は連夜を殺そうとした。だが、瑠莉花は俺を殺そうとした。瑠莉花がどうして連夜より俺を選んだのかはわからない。だから、俺にはわからないと答えた」


 瑠砺花は深呼吸した。連夜か、キセトか。その選択肢を前に妹がどのような思考で、どのような結論を出したのかわかったからだ。それは瑠砺花が瑠莉花の姉で、瑠莉花と共依存のような関係だったからわかったことだ。キセトと連夜ではわかるはずもない。

 松本瑠莉花は、姉:瑠砺花が連夜に恋しているから、連夜が生き残る道を選んだのだ。そこに連夜の友もと自分自身がいなくても、姉の感情を優先した。


 「もういい。わかったから、もういい」


 すぐにキセトを許すなんていい人に、瑠砺花はなれない。それでも、理解できなかった妹の行動を理解できた。今は、それでいい。


 「うん。では、改めて。おかえり、キー君、レー君」


 瑠砺花が全神経を集中させて笑った。キセトは何も言えず、瑠砺花を見つめる。連夜が後ろからキセトを押した。


 「ただいま」


 少し照れ臭そうにして、それでもキセトもその言葉を口にした。



 * * *



 フィーバーギルドに戻った夏盛を待っていたのは、仁王立ちの姉だった。ナイトギルドで同じようなオーラを放っていた瑠砺花の横をコソコソと逃げてきたのに、とあらぬ方向を見る。


 「姉貴、病み上がりなんだからもう少し休んでても……」


 「お前、さっさとあの映像をもう一度見せろ! 国の王とその跡継ぎしか入ることが許されない島の内部だぞ! 一回で満足できるはずないだろう! お前の魔力が枯れても再生するんだ」


 「酷いっ! この姉貴酷い!」


 夏盛が持って帰ってきたカメラも没収された。夏盛はセッティングする隊員たちを眺める。こちらはあの死と隣り合わせの激闘のあと、仮眠しか挟んでないんだけど、と抗議の視線を送る。勿論情報屋の集まりであるフィーバーギルド隊員は無視だ。

 夏盛が寝てしまうと再生などできないので、寝かさないように次々に質問がされる。夏盛はテーブルに突っ伏しながらもぽつぽつと返事をしていた。


 「休みたい……」


 「帰ってきたら休みはないと言っただろう! 思ったより早く帰ってきたが、どういう方法なんだ?」


 「峰本のー、なんだっけ、瞬間移動みたいなー」


 「報告書も書け」


 「報告書読みたい、早く書いてください。副隊長」


 「あの石の欠片とか採取してきてないんですが、副隊長!」


 「やー、副隊長生きてます? 生きてます? あれ本当だったんですか、よく生きてますね!」


 いつもなら依頼人と話ができたり、隊員同士で情報を共有するスペースで映像の再生が始まる。夏盛は、そういえば焔火に言われたことがあった、と学校へ通う学生のように高々と挙手する。姉が気づいて、夏盛によってきた。もちろん、他の隊員も夏盛から伝えられる情報に耳をすませている。

 ぼやぼやしている脳をしっかり働かせて、姉と隊員たちにチェックするところを指示する。


 「前半になくて、後半だけあるものとか、そういうの。焔火が言うには純魔力体らしいけど、映像だけじゃ、わかんないし、なんでも気になるもので」


 「副隊長、寝ないで!」


 「うわー、眠いー」


 ぐんぐんと魔力が減っていく感覚が疲労となり、さらに睡魔の威力を強めていく。もうやだあ、もうやだあ、と夏盛がうめくが、また全員知らぬフリだ。


 「焔火さん、明らかに前半って意識がないというか、意志がないですよね」


 「そうだな。客観的に見てもこの石の羽? 翼? に引きずられている」


 「ん、このカメラ! こっちですこっち! 副隊長とめてー!」


 「好きにしてくれ……」


 言われた通り夏盛がカメラの映像を止める。宙から撮っていたカメラで、手前にキセト、奥に連夜と夏盛が映っている場面だ。


 「これ、『結晶』……。なんで……」


 「『結晶』?」


 思わずと言った様子で呟いた隊員の情報を夏盛は思い出す。


 (たしか、哀歌茂の分家に養子縁組してもらったという、鹿島、そう、鹿島だ)


 「……ここ、人影が。すいません、それ以上はわかりません」


 「『結晶』とは?」


 「すいません、なにも」


 鹿島は頭を振って、再生してくださいと弱々しく呟いたので、夏盛も映像を再び流す。鹿島が見たという人影は気のせいとも思えたし、確かに人にも見えたような気がした。夏盛よりさらに後ろだ。気配がしたかどうかも覚えてない。

 鹿島はその後の映像を確認しなかった。おぼろげになっていく夏盛の視界の中で、フィーバーギルドから走り出ていったのだ。



 * * *



 おれは見たことがない。自分がもともと属していた一族の主ともいえる存在だが、声を聞いたこともないし姿を見たこともない。初めてその姿を見るのが、夢を叶えて家を出た後に、こんな映像でだとは。

 フィーバーギルドの隊員たちには、そう言われればそうかもしれない程度にしか見えないらしい。だが、おれは間違いないと思った。もう、もう、なんでおれだけが気づくんだ。

 峰本連夜を殺し損ねた。それも峰本連夜が犯人を公言しなかったからなかったことにしてのうのうと仕事も続けてきた。峰本連夜が犯人を公言しなかったのも、おれを庇ったのではなくおれの共犯者であった男を庇うためだ。共犯者が峰本の友人だったから、そのおこぼれだ。それに、おれが家の仕事をし損ねたというのに、家の者ではないものが焔火キセトを襲撃した実績をかっさらう形で家とも蹴りを付けた。その物は石家ではないのに石家の術を使った。なら結末は死以外にあり得ない。

 誰かが死んだのも分かっていて、怪我を負った峰本が黙ってくれていた温情だと知っていて、それでも叶えた夢も捨てられなくて、ここに居たのに。


 (あれは『結晶』だ。間違いなく『結晶』だ。石家の主。おれたちが優先すべき、おれたちが忠誠を誓うべき、おれたちの命を握っている主だ。なんで、なんで世界会議島に『結晶』がいるんだ。いや、むしろそこに居ないことのほうがおかしいのか。『結晶』の差し金だったのか? 焔火に寄生していた? いや、あの『結晶』の翼は、明らかに焔火を『結晶』にしようとしていた。新しい『結晶』として焔火が選ばれた? まさか、まさか、まさか! 賢者の一族は『結晶』にはならないはずだ!)


 放送されていないカメラの映像だった。気づいたのはおれだけだ。なら、おれが石家の連中に伝えるべきだ。そのためにおれは今走っているんだ。


 (でも、もう石家に関わりたくない)


 そこに誰の死があろうと、誰の温情があろうと、もう石家に関わらずに生きていける。戻りたくない。

 動かない肩なんて、手に入れたものと比べたらずっとずっと軽い罰だったのに。足りないからって罰を追加されるのだろうか。

 涼しい顔をして、何もないフリをして、目的もなく街を早歩きで進む。あの映像について街中が噂をしているが、石家の主についての噂話は聞こえない。哀歌茂に行ってしまおう。哀歌茂の仕事でも入れてもらって、忘れてしまおう。

 突然動かせない肩を掴まれて、進行を妨げられた。振り返ると街中では少し浮くぐらいにセクシーな服を着た情欲的な女性が立っていた。


 「……晶平?」


 「この姿の時はマスターよ、坊や」


 「きも」


 魔法で女の姿を取っている羅沙の石家の仲間は、無言でおれを目立たない場所へ引っ張り込み、改めて向き合った。無視して欲しかった。おれと同じように石家から逃れたいと願い、おれと違ってまだ石家に属している晶平だけには、見つけられたくなかった。

 だが今相談できるのは晶平以外に居る気がしない。おれが石家をやめたということを配慮しつつも、石家に関わる話を聞いてくれるのはこいつしかいない。


 「どうしたの? 真っ青よ」


 「石家の主が、次の主として賢者の一族を選ぶ可能性は、どれぐらいだ?」


 「ありえない」


 「無理やりでもこじつけでもいい!」


 「……全身を石家の術で構築した器とかなら。でもそれこそありえないでしょう? 賢者の一族の体を石家の術で構築するはずないもの」


 「本家には、言わないでくれ。あの映像の中に、主を見た。寄生じゃない。あれは結晶化だ。間違いない」


 篠塚晶平は神妙な顔でおれを見ていただけだった。痛みなどとっくに忘れていた肩がぎしっと鳴ったような気がした。

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